3章 Ghost Opera
3章1話 - 裏切りの騎士1
夜を越えて、朝を迎える。
昨日など存在しなかったように、いつも通りの朝だった。
「はよ、ヒロ。俺は食堂行ってくるけど、お前はどうする?」
カーテンを開け、朝陽を浴びながら親友が問う。中学や養護施設ならばヒロが
「えっと、僕は……」
返事をしようとしたそのとき、ひかえめな
誰かと思い扉をあけると、ローズだった。背後には、
「おはようございます。新入生の
シャロンの存在に気付いたナオは、あからさまに嫌そうな表情をうかべた。だがローズという大人がいる手前、すぐになんでもない調子をとりもどす。
「あー、はいはい。わりぃなヒロ、ちょっと行ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃい」
笑顔でふたりを見送る。うまく笑えただろうか。きっとこれが最後だ。
「……どう? ちゃんとお別れできた?」
ぽっかりと
恐らくシャロンがヒロについたのは自分が逃げださないよう
「行こう、シャロン」
それが自分なりの返事だった。
「……どこに行くか、知らないくせに」
「そういえばそうだね」
「どうして一晩
「そうかな」
「そうよ。……最初から変なやつだったわ。騎士になりたくないって泣いて
「そんなに変かな」
目の前にいる誰かが傷付いたら悲しい。目の前にいる誰かにも、どこか遠い場所にいる誰かにも、幸せに笑っていてほしい。
それはごく普通の気持ちではないだろうか。彼女だって目の前の誰かや、見知らぬどこかの誰かにも幸せでいてほしいから、王城の騎士になったはずだ。
けれどその返答は
「変よ。絶対変だわ。……もし私がここで、やっぱりあなたは騎士にむいてない、どうせすぐ
「そうだね。僕のやるべきことが見えたから。やりたいことができたから」
「
「……そういう君も、なんだか泣きそうな顔になってる」
「うるさいわね、ただの勘違いでしょう。……行き先だけど、井の頭公園、第二駐車場よ。ローズたちがそこで待ってる」
手を繋ぎながら寮をでるふたりを、何人かの
出会いと別れは表裏一体、というシスターの言葉を噛みしめる。
親友におかえりなさいも、ありがとうと言うことすらできない
ただの人間としての。
――皆守紘の生を捨てていく。
若草が、あるいは
春
映る景色がそれだけならば、どれほどよかっただろう。たとえ
この光景ほどヒロを苦しめるものはない。
相手だけがそうと気付かない別れを、今しがたしてきたはずなのに。
「……どうして日高直紀がここにいるの?」
おなじく
公園でふたりを待ちうけていたのは、ローズ、パンドラ、機関の構成員らしき白衣の男。そして――彼らに
「よう、ヒロ。さっきぶり」
状況がわかっているのかいないのか、ナオがへらりと笑う。しかし普段通りの笑みをうかべる顔には、数度
「なによ、これ……どういうことなの、ローズ! ミルディン!」
「ちゃんとヒロを連れてきたわ! 彼は逃げなかった! 騎士になるとも言ってくれた! なのにどうしてこんな……一般人を巻き込むような真似を……!」
「ひひ。どうしてもなにも、こういうことさ。――やれ、ローズ」
「
ローズがナオの
「やめっ……!」
「ナオ、逃げて!」
血という花びらが、
春という生命が
「今どういう気分かね?」
紙のように薄く青白い
「また死んだぞ、もう死んだぞ。キミのせいで。――キミのせいで!」
「……ぁ、」
「逃げられると思ったか。一世紀もすればヒトは
そう、このふたりは。日高直紀と
しかし、この場にはまだ状況を冷静に客観視できる者が残されている。――それは。
「やっぱ、お前が」
「やはり、あなたが」
唇が
「やっぱお前が――今まで〈アベル〉を
「やはりあなたが――我が子〈バベル〉を弄んできた張本人なのですね?」
確信ありきの、
彼の薄い胸板に
「……ヵ……ッ」
苦痛に舌をたたき鳴らし、ミルディンは
「ふたりとも、こっちに来て……!」
ミルディンが
だが
否、相手は個にあらず。
ミルディンをしかと標的にさだめたのは、ふたりぶんの声だったはずだ。
「あら、
ローズの声に、足下の
「あなたたち……人間に
特異領域でしか存在しえぬはずの〝薔薇〟と〝魔人〟が現世に
一体いつから。どうやって。いや、そんなことはどうでもいい。やるべきことに変わりはないのだから。
「人類に
「おいおい、誰の
「――……え、」
否、事実そうなった。カインにあたえるはずの
剣の
「まだ俺を人間だと思ってんのか?」
「……なに、なんで、」
ローズに首を
ではなぜミルディンのように死んでしまわないのか。
「日高直紀――あなた、一体……!?」
「まだわっかんねえの?
「――し、
にたり、と彼が
「半分正解で、半分ハズレだ。俺はな、〈
カインが魔に転じた元人間、すなわち
「もっともお前にとっちゃ、こっちの
「王城
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