2章7話 - 罪
寮の相部屋にたどりついても、ナオは部屋の灯りをつけなかった。就寝時刻が近いこともあるだろうが、施設にいたときからそれが当たり前だったからだ。
明るい場所が嫌いだとか、暗い場所が好きだからじゃない。むしろ悪夢を
もう養護施設をでたのに、……もうなにも知らなかった頃のままではいられないのに、変わらないものもある。それがなんだかせつない。
「俺、上な」
親友は月影を頼りに、慣れた様子で二段ベッドの
ぼんやりと窓の外を見つめる。
ぴたりとあわさった
「倒れたんだって?」
「……あ、えっと。そのときのことは、その、あまりよく
「保健室に行ってたんだな。いやさ、どこ行ったんだろうなって思ってはいたんだけどさ、こっちもごたごたしててそこまで頭がまわらなかった」
「うん、僕こそごめん」
「
「そうだね」
「生徒って言えばさ、――なんであいつは外にいたんだろうな?」
思わず息がとまる。
しらを切ろうにも完全にタイミングを
嫌な汗がてのひらに
「だってそうだろ? 全寮制で、許可なく敷地外にでられない校則があるのに、なんであいつは公園で倒れていたお前を見つけられたんだ?」
「それは……きっと部活動かなにかで……」
「ああ、なるほどな。部活動で外にでていた。他に部員がいたから、救急車を呼ぶよりもお前を
「お前、最後になにか言いかけてたよな。こんな時間に女が一人歩きしたら
「……」
「俺たちは男だし、ふたりいるんだからさ。女子寮まで送り届けるのに
ふたたび
完全に嘘がばれている。……いや、そもそも隠し通せると思っていなかった。ただ今回もどこ吹く風と聞き流してくれるものだと思っていた。そうでなければ、もう終わったものとして水に流してくれるに違いないと、勝手にあまえ、期待していた。
――違う。あのときは本当になにをどう言えばいいかわからなくて。
そう言いたいけれど、なにを言っても
けれどいつだってそんなヒロに助け船をだしてくれるのは彼だった。
「
「……え?」
「俺があのシャロンってやつと相性悪そうだから、おたがい嫌な思いをしなくてすむようにここで別れたほうがいいって判断したんだろ? お前はああいうピリピリした空気、苦手だからな」
はっとした。彼は怒っているのではない。
嘘をつくことすら苦痛なヒロが、隠し事をしていることを
「ナオ……」
「さてと、そろそろ寝ろよ。明日から忙しくなるんだからな」
――明日。
その明日にヒロはいない。具体的になにがどうなるのかわからないけれど、すくなくとも〝消毒〟によって彼の記憶から
そのまえに感謝と……謝罪をするべきだろうか。
いや、しなくてはならない。
ヒロは人殺しなのだから。
シャロンは言った。十五年前、東京バベルタワーを戦場にして、神魔と騎士が争ったと。神魔は人間に
あの瞬間、すべてが
毎日のように見る悪夢がある。物心ついたときから繰り返される無限の地獄だ。大勢の人々がヒロを
人よりも胃が小さいのだろう。草花を踏むことを恐れてまともに出歩かないから、お腹がすかないのだろう。今までずっとそんな理由で片付けてきたけれど。そう信じて疑わなかったけれど。ヒロが人間ではなかったとしたら、そういった異常さに説明がついてしまう。
「……ナオ、寝る前にちょっといいかな」
「ん?」
「もしも十五年前の事件が、僕のせいだとしたらどうする?」
けれどこんな
「ああ、あれか。俺はお前と違って変な夢とか見るわけじゃないから、いまだに実感とかないんだけどさ。……そうだな、罪を憎んで人を憎まずって言うだろ?」
「うん。でも〝罪の価は死なり〟とも言うよ?」
「残念だったな。そもそも俺は宗教の『
「〝わたしから離れては、あなたがたはなにひとつすることができないのだから〟?」
「そうそれ。そんなのは
――大体ね、彼はあなたの所有物じゃないの!
シャロンに言われた瞬間、彼の雰囲気は一変した。
あの一瞬だけは、親友が、まったく知らない別の誰かにみえた。
彼はいつだって自由気ままの自然体だ。だからこそ
「だから俺さ、ヒロになにか俺には言えないようなことがあるって知って、すげえ嬉しいんだ。だってそれは
自由であれ。
地獄に
そんな彼が、今までずっと本心から
――だから、つらい。
「でも、僕は――ナオを裏切っているのかも」
彼はそう言ってくれるけれど。かつて騎士アベルを裏切り、今は過去に
「僕は、本当はものすごくひどいやつで、極悪人で、……生きている価値もないようなやつなのかもしれない。ナオはそれを知らないだけで、知ったら、僕を殺したくなるかもしれない」
きしり、と音がして、ナオが上段から顔を
室内の暗闇に目が慣れてきたとはいえ、表情まではうまく読み取れない。それでも
「言っただろ、罪を憎んで人を憎まずって。俺は神様なんて信じちゃいねえけど、お前なら信じて、
「――……」
けれど今になって思う。シャロンが太陽ならば、彼は夜闇なのかもしれない。見たくなかったものを
「それに俺も、ヒロに言ってないことなんか山ほどあるぜ。友達だから言えることがあるなら、友達だからこそ言いたくないことだってある。そのせいで相手を傷付けてしまうかもしれない。……でも、それでいいんだ。神様じゃないならお互い様。間違えながら、失敗しながら、何度だってやりなおしていけばいいんだよ」
彼にしては
「十五年前の事件が僕のせいだったらっていう問いの、これが俺の答えだ。どんどん迷惑かけろ。どんどん傷付けろよ。そのかわり俺もお前に迷惑かけるし、傷付ける。今から覚悟しとけよな?」
「……うん、ありがとう」
人だから間違えることもある。
――きっと自分は人間ではなくて。
友達だから言えないことがあってもいい。
――
皆守紘だから信じられるし、その結果、
――これから異なる世界で生きることになる以上、彼の
「……ありがとう、ナオ」
泣き声を感謝の言葉にかえて、ヒロは笑った。
月
騎士と
「……言っただろ。――俺もお前に言ってないこと、山ほどあるって」
その言葉は闇に
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