2章2話 - 愛と希望
目覚めると、目と鼻の先にまろい
なんだろう。アイマスクにしては大きく離れすぎている。かといって天井には近すぎるし、材質だってまるで違う。そう、これはもっとやわらかい――……。
ぼんやりした意識が答えを導きだすより早く、ふわりと
「あら、お目覚めになられましたか。ご気分はいかがです?」
「……ッ!」
――
気付いてすぐに
「美しいでしょう。これは
ローズはこちらの
「これこそ彼らが
「……、……」
なぜか涙があふれた。身体を動かせないのに泣くことはできるだなんて妙な話だ。けれど、とまらなかった。とめられなかった。
こぼれて、
「どうかなされましたか? 怖い夢でもみましたか?」
違う。そうじゃない。いつもの悪夢をみたわけではないのだ。
あなたたちが、今までずっとあんなふうに戦ってきたことが、僕には悲しい。あなたたちや、神魔とよばれる者たちの犠牲があったことが苦しい。音を発することができたなら、そう答えただろう。
誰にも信じてもらえないような夢物語が存在するのに、どうして〝闘争〟という
幼い頃から疑問に思っていた。
人の嫌がることをしてはいけない。
〝正しいこと〟といえば
――人は生まれながらにして罪を背負っているからです
シスターはそう言った。つまり、どうしようもない、ということではないか。初めから間違っているのだから、いまさら努力したところで、誰かを犠牲にして生きることから
けれど。それでも。誰も傷付けないで生きていく方法をきっと
どうして、今、この身体は動かないのだろう。
「
「――彼は起きた?」
扉の開け放つ音と同時、シャロンの
ローズは
「はい、今しがた。ですが身体は動かせないようです。正騎士になるための訓練をうけていないのですから無理もありませんが……」
「そう甘いことを言っていられる状況じゃないのは、あなたもよくわかっているはずよ。今夜もう襲撃がおきない保証は誰にもできない。〈世界再構築〉した以上、次の敵は
シャロンは
「――
どうやらヒロの涙を、騎士になることへの
違うと言いたくて唇を震わせる。だがシャロンは不快げに
「とにかく時間がないの。ローズ。
「かしこまりましたわ」
薔薇の名を
「紘さま。特異領域とは我らの心がかたちづくる精神世界のようなもの。アシュレイ卿は〈矜持〉ゆえに黄金を、わたくしは〈慈愛〉ですので紅を
指先を噛むようにして
「――世界は愛で満ちている」
まるで薔薇の
「誰かが誰かを愛さなければ、次代の生命は産まれない。だからわたくしたちが存在するのは愛の結果なのですわ。
必要は発明の母という
だが
「……ッ!?」
「心が反映されるとは、心が
「…………ローズ、」
「あら、アシュレイ卿。どうかなされましたか?」
「……遊んでいる余裕はないと言ったはずよ。早く終わらせなさい」
「ふふ、
どこか
唇をもてあそぶ指は頬にもどり、
「二度お眠りになられているあいだ、
「腕がちぎられ、命すら果てても
そのまま二の腕に流れ、
「これが〈
「あなたに自覚はないのでしょうけど、特異領域に存在できることと、特異領域をつくりだす――ましてや他者のそれを、なんの訓練を
「よって、それを利用させていただきます。人を救おうとするとき、なにも真正面から戦うだけが手段ではないという紘さまのお考えに、わたくしも
ローズがてのひらを
だがヒロの
「……!」
「ふふ、女性経験はおありでしょうか? ここは女にとって最も大切な器官――子宮を
「……、……!」
彼女はヒロの手をつかって
嫌だと叫びたい。手を振り払いたい。
相手が本気かどうかなんて関係ない。ただ
ヒロの身体はまだ動かない。シャロンの視線は感じるけれど、
今までの言動から察するに、〈幻想痛〉を現実に持ち越さないこともできるのだろう。
けれどシャロンたちの戦いを見てわかった。この世界で負った傷そのものはなかったことにできても、戦った記憶は残る。傷をうけた瞬間の痛みや苦しみすべてを
「さあ、紘さま。わたくしを貫く
ヒロの手ごとナイフが振り下ろされた。
まるで心という心を
「――……ぁ……」
声がでた。
そうだ、ここは毎夜おとずれる悪夢じゃない。
今のヒロには、彼女の
もう誰も傷付きませんように。もう誰も、僕のせいで苦しみませんように。未来
その願いのためなら死すらも
「……ぃ、やだ、」
誰かを傷付けることはできなくても、世界を変えることはできる。誰かが誰かを傷付け、犠牲という名の
そんな信念を
できなくてもやってみせる。そう言い切ったはずだ。
その理想のかけらを、
「――誰かが傷付くのは……誰かを傷付けるのは、もう嫌だっ!」
意識が。視界が。世界がはじけた。
ヒロの
生命の再生と復活。楽園を象徴する色。
「……そう、それが紘さまの願い。紘さまの色。〈希望〉と呼ばれるもの」
ローズの説明も
「お見事ですわ。まだ実感が追いつかないでしょうが、あなたさまは今、ご自身の心に
「声がでたでしょう。切っ先を振りきることができたでしょう? もう身体はなんともなっていないはずよ。ローズも早くどいてあげなさい。
「あら。最後まで雰囲気を大切にするのが男女の
シャロンの
「……僕の、世界。……〈希望〉……」
誰の犠牲もださずに
誰も傷付けない世界。生命に祝福をあたえる領域。
まさしく……なによりも、誰よりも、ヒロにとっての希望だ。
指先と
嬉しい。――そうだ、嬉しい。これならきっと。
そんな言葉にできぬ
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