1章8話 - vs グレンデル2
「……まずいですわね」
ローズは親指の爪を噛みながら、戦況を判断する。
そこからは金属のようだった。普段はとても
「はやく助けに行かないと……!」
「それはできぬ相談です、
取りつく島もない
「わたくしにできるのは結界の維持、ならびに彼ら〈
「……ッ」
つまり見捨てる――見殺しにするということですか。
そう詰め寄ることはできなかった。戦っているのは彼女たちだ。戦場という
だから、この
「わかりました。じゃあ……僕にはなにができますか」
「……?」
冷ややかな
「シャロンは、僕にも騎士の素質があると言いました。だったら僕にだって、彼女を救うためのなにかができるはずだ!」
「では彼女の
必死に食いさがるヒロとは真逆に、ローズはどこまでも冷静だった。
「……それは……、……できません。僕は誰も傷付けたくないし、誰にも傷付いてほしくない。誰かの命を救うために、また別の誰かの命を奪わなければいけないなんて、僕には
わかっている。どれだけ馬鹿なことを言っているのか。自分がどれほど甘えた人間なのかなんて、ちゃんとわかっている。
泣いて、
「でも、あなたが教えてくれたんです。騎士がこの世界に存在できるだけじゃないこと。僕の
「……ええ、そうでした。そうでしたね。ではこのように言い換えましょう」
ふ、とローズの
「彼女の
――世界を変える。
その言葉の意味を、正しく
「……、……っ、……ひろぉ……ッ」
すぐ隣で、顔をぐしゃぐしゃにしながら
いま一番苦しいのはシャロンだ。一番不安なのはパンドラで、一番
だったら、どんな
この現状を変えたい。
「やります。できなくても、やります」
シャツをつかむ、
「……ぁ、……あ、ぁっ……!」
やめて。行かないで。死なないで。
音なき
どうかシャロンをたすけて。救いだして。
声なき悲鳴がした。
「……あ、ああっ……や、め……ヒロ、ちが、……あたし、こん、な……っ!」
ほどかれた指は
「大丈夫。かならずシャロンを連れて帰るよ」
もう泣かなくていい。助けてなんて言わなくていい。
頼まれたからじゃない。他ならぬヒロの望みだ。強く願う
「アシュレイ
「武運なんていりません。僕は戦いに行くわけじゃない。……でも、ありがとう」
一歩を踏みだし、結界に触れる。透明な壁が行く手を
これはローズがうみだしたもの。ならば、この世界の覇者にヒロを置いたなら。
「待ってて、シャロン。今いくから」
破光とともに、結界の外へ身を投じる。
そこは彼女たちの戦場ではなかった。何度もみてきた悪夢の光景。ぐしゃりとつぶれて、ねじれて、ゆがんで、もはや生物としての形をなさない
どうしてだろう。ヒロは考える。誰だって傷付きたくない。死にたくない。愛されたいし、幸せになりたい。なのになぜ他者を
なぜこの地獄が存在しているのかわからない。
なぜこの地獄に存在しているのかも知らない。
なぜおまえだけが。おまえのせいで。その問いや
ああ、けれど。ずっと祈っていた。願っていた。夢のなかで、現実で。なにをしていても、していなくても。僕が僕であるまえから、僕が僕になってからも。
この地獄を変えたい。
「シャロン」
無数に散らばる
髪は
「シャロン、もう大丈夫だよ」
しかし
――
他の犬たちが
「ごめんね」
音になったか、わからない。唇は動いただろうか。言葉にできただろうか。骨の
「ごめんね。怖がらせて、ごめん。怖い言葉をいわせて、ごめん」
怖がらせたくなかった。心が
誰かを傷付けてしまったとき、傷付けられた相手も痛いけれど、傷付けた当人もおなじくらい痛い思いをしていると知っているから。傷付けられることよりも、傷付けてしまう方が苦しいことを知っているから。
だから、おのれを傷付けた黒妖犬の頭をなでようとした。
しかしその腕に、別の黒妖犬が喰らいつく。肉が
「大丈夫、僕は平気だから。君たちも、もう大丈夫なんだよ」
それが一体どういうことなのか、理解できぬ者は誰ひとりとして存在しない。
巨鬼グレンデル、氷狼フェンリル、夜魔ヘルハウンド。千世紀以上も語り継がれる
誰も傷付けない、傷付かないというヒロの理想。
「
――貴様
残る氷狼がヒロに相対する。黒妖犬とは異なり、魔に優れたこの
――手足、
――傷付き、果てに死に
ああ、そんなこと、誰に問われるまでもない。
「もしこの世界が、誰かの
生まれ落ちた瞬間から罪を背負い、光の届かない場所に影があって、正しさや思いやりだけでは救えない犠牲があるのなら。
「すべての犠牲は、どうか僕だけのものであれと願うよ」
崩壊していく。これまでの世界が。
構築されていく。これからの世界が。
ここはもう、ヒロ以外の誰も傷付かなくていい世界だ。
――
――この界にあふれる
こういうものを
ずっとこの
「……
いつのまにかローズたちがすぐ
「
その問いに答えることができなかったのは、失血のためか。
あるいは最初から答えなど持ちあわせていないせいかもしれない。
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