1章2話 - 鋼鉄の処女
まるで夢だわ。
シャロンはそう
夢は夢でも、とびきりの悪夢。
地獄の鐘が鳴っている。石畳には髑髏が散らばり、そのどれもが剣や斧で貫かれていた。無数の
現代日本は言わずもがな、たとえ数百年前の欧州とて、絶対に有り得るはずのない光景。
だが、それこそが〈
戦えば修羅道、戦わねば畜生道となるこの場所に、いつまでも彼女を留め置いていられない。そんな気持ちが天に通じたのだろうか。十字路を曲がったさきに黄金の閃光があった。空間のほころびだ。
「見えたわ! もうすこしよ、パンドラ!」
あそこに飛び込めば、ここから離脱できる。繋いだパンドラの手を、いま一度、強く握りしめた瞬間。
「――逃げるだけじゃ事態は好転しねェぜ、騎士様よォ!」
「がッ、ああっ……!?」
衝撃が、腹部をつらぬく。
よろめいた。それでも歯を食いしばって踏みとどまる。
恐る恐る下腹部をみやれば、鳩尾から剣が生えている。血で彩られた刀身に、驚愕の表情をうかべる自身が映った。
「シャロン……っ!?」
「だい、じょ、ぅ、あッ……!」
ここでとまるわけにはいかない。無理矢理にでも走りだそうと足を踏みだして――また膝から
唇の端からこぼれおちる血潮をそのままに、前を見た。シャロンという命は
ゆえにシャロンは
学園はすぐそこだ。
「……行って、パンドラ。学園はもう目の前よ」
「やだぁっ! シャロン、死んじゃうよ……っ!」
「勘違いしないで。私は殺されにいくんじゃない、勝ちに
繋ぎとめていた手で、指先で、今度は少女の背中を押す。今にも泣きだしそうな顔をしたパンドラは、
それでいい。騎士たる
ここは今から戦場と化すのだから。
「……
「ええ、待たせたわね。――カイン!」
腹の剣をひきぬき、背後にむかって大きく振りかぶる。血濡れた
金髪、
金鉱石のごとき重厚な存在感とは裏腹に、どこまでも装いは薄っぺらい。無地のシャツ、タイトなストレートデニム。腰まわりには貴金属のアクセサリーが群れをなしている。現代人のシャロンよりよほど俗世じみた格好をしているが、彼こそ創世記にその名を残す〈
「感謝の言葉なんざ要らねェぜ。オレ様にも事情ってモンがあるからなァ」
「なにを企んでいるのか知らないけれど、その余裕、すぐ後悔に変えてあげるわ!」
「ハッ、そうかよ。なら土壇場からの逆転劇――しかとこの目で見届けさせてもらうぜェ!」
カインはおもむろに腕をひろげた。
石畳を、
号令一下、彼を同心円状にして
落雷も恥じいる神速だ。かすめるだけで致命傷になりかけない凶刃だ。
だがシャロンは踏みとどまる。背はむけない。目も
「はああああッ!」
剣をふりかぶり、圧倒的な
光が裂け、爆轟音が響きわたった。
爆風が晴れるにつれ、たがいの獲物の
「私は王城の騎士シャロン・アシュレイ! ここから先には進ませない!」
今の一撃で、腕の
「私を突破することは王城を破壊するに等しいと知りなさい!」
「王城? 騎士様ァ? 笑わせてくれる。てめえは
カインは左手を掲げ、高らかに指を鳴らす。
一音は高く、遠く、はてしなく。天をつらぬき、雲を割り、彼方から雷を呼び寄せた。
まるで
「
左手をふりおろすと同時、
ゆえに気付かなかった。
カインが手短な猟銃を
「だァから、動かねえ獲物なんざ格好の的って言っただろうが」
雷鳴を隠れ蓑に、弾雨のごとき魔弾は放たれた。
魔弾。――そう、まさしく魔弾だ。
弟殺しの罪により、いかなるものも生み育てることのできない彼の生は、狩猟によって成立している。獲物という言葉も、標的という意味も、鼻で笑ってしまえる
増した
殺意は速度を後押しし、
鬼も、竜も、金髪の少女も。石畳も、家屋も、教会も。あらゆるものをことごとく粉砕する。
「……ヤったかァ?」
煙をあげるだけとなった銃口に息をふきかけながら、カインは無感動に呟いた。
発砲音でわかりづらいが、生き物の悲鳴が
晴れ渡るにつれあらわとなったのは、狩人にとっては順当で、黄金の騎士にとっては屈辱の光景。
石畳につきたてた剣は
「……は、あっ、……はっ、……ぅ、く……よくも、やってくれた、わね……!」
「そこは
――と来たら〝
「……ッ、ふざけ……!」
衝動のままに
落ち着いて考えろ。敵は単騎、かつ元人間。生まれつきの
しかしただ防衛するだけでは、今のように一方的にやられるだけ。なによりシャロンの性に合わない。ならば。
「……いいえ、そうよ。私は純潔。
殺されにいくのではない。勝ちに
勝機はある。死地のなかにこそ。
「世界よ、今ここに宣誓する!
私は純潔の乙女――〈
「……なにィ!?」
そう、肯定するのだ。カインに押しつけられた定義をそのまま受け入れる。押しても駄目なら一度引いて、それでも駄目なら――さらに深く貫いてみせる。
「
我が魂、我が真紅こそ
ゆえ汝もまた
シャロンの意志にこたえ、黄金の光がほとばしった。
発射された幾万の兇弾と、失われた大量の血液が、シャロンの戦闘服を覆っていく。敵にとっての
「原初の咎人よ、
命令をうけて、いくつもの拷問器具が召喚された。血の雫のように丸く、鉄錆のように黒く、なにより――すべてを
「処女の騎士っていやァ、ジャンヌダルクあたりだろォが。んな雑な〈
「火刑を狙えなくてざまあみろだわ!」
「ぬかせ、
カインが残る刀剣を投げつけると、ただ一振りしかない刃が幾筋にも分裂して襲いかかった。銃も同様だ。発砲は一音にもかかわらず兇弾が遠望千里をうめつくす。
だが
「……
攻撃がそのまま相手の防御に繋がるとみてとったカインは、ふたたび指を宙に掲げ。
天に地あらば、
「これで
この切り替えの
シャロンが雌ならばカインこそが雄というわけか。まるで犯して孕ませて囲い込まんとする、
だからこそ絶対に負けられない。
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