記憶⑦

 後日、リリカとニアーナに読み書きを教える約束を交わしたところで、俺たちは塔の書物庫の扉を開けた。


 塔の書物庫に立ち入ると、アーモンドに似たあの古本独特の匂いが鼻腔に流れ込んできた。


 受付で要塞都市に入る際に受け取ったカードを提示して、書物閲覧の許可が下りた。


 それとなく伝説の冒険者に関する書物が収められている場所を聞いてみると、歴史書は最上階にまとめて保管されているそうだ。


 部屋は円形で、外周に沿って螺旋状の階段があった。


 俺たちは最上階まで階段を上った。高さは八階くらいだろうか。


 最上階はそこそこの人で賑わっていた。


 皆、歴史書に興味があるわけではなく、この塔の書物庫からの景色目当てである。


「うわー、良い眺め」


「壮観かしら」


「うーうー!」


 本を読めない三人組はさぞ退屈するのではと懸念していたが、杞憂に終わった。


 この景色だけで日暮れまで暇を潰すだろう。


 俺とユメミは、早速伝説の冒険者に関する書物を探し始めた。


 そして、お目当ての物はすぐに見付かった。


 大陸の歴史書は山ほど存在したが、人類だけに絞ると歴史書は本棚一台に収まる量だった。


 その中で伝説の冒険者に関する物となると、両手の指があれば足りるほどしかなかった。


 内容はどれも似たり寄ったりだった。


 作り話ではなく、実録なので当然っちゃ当然か。


 書物には、俺が30歳の時に第三の目を開眼し、数々の戦場で戦果を挙げ、最終的には四人の仲間を引き連れて魔王城へと攻め入って、魔王を倒したと記されていた。


 リッチクイーンのカロから聞いた話と一致している。


 チズリエルの名前と肖像画が載っている書物もあった。


 エルフと女神のハーフというだけあって、絶世の美女の姿が描かれていた。


 ま、収穫はこれくらいか。


 どの書物も大体内容が同じだったので、そろそろ切り上げようとした時だった。


「これ、剣星さんの手記ではありませんか?」


 ユメミは興奮気味に一冊の書物を差し出した。


「なになに? 面白い物でもあったの?」


 リリカはすっかりこの塔の書物庫に来た目的を忘れている様子だった。


「暗号だな」


 風城剣星の手記には、文字と数字が羅列してあった。


 一見すると、規則性がないように見えるかも知れないが、俺にはすぐにその意味がわかった。


 ま、俺が書いた物だしな。


 数字が意味しているのは草むしりの仕事の休日だ。


 あの時代の俺にとって、一番の楽しみは休日にシュンカイ草から『精製』したポーションを、市場の商人に買い取ってもらう日だった。


 商人がやって来るのは、第二と第四の土曜日だ。


 つまり、この意味不明な文字と数字の羅列から、第二と第四の土曜日に当たる部分の文章を繋げて読めば、俺が俺に伝えたかった何かが浮かび上がってくるはずだ。


「この暗号を読み解いているのは、恐らくスケルトンになった未来の俺のはずだ。色々と知りたいことがあるだろうが、第三の目が開いてからのことは割愛させてもらおう。記憶も消去する。記録としてどう残っているかは預かり知れないところだが、あの惨劇を未来の俺に背負わせたくはないと判断したからだ」


 相手のことを気遣おうとしているが、気遣いきれずに自分本位な選択を取るところは実に俺らしい。


「結論から書くと、魔王を倒して俺は全てを手にしたが、同時に虚しくなった。結局、俺は仲間と出会って旅した一年にも満たないあの時間が永遠に続いて欲しかったんだ」


 俺だって、リリカたちとの旅が永遠に続けばいいと思っているので、この言葉は重たかった。


「前置きが長くなってしまったが、ユニークスキル『収蔵』には一つ細工が施してある。気付いていないかも知れないが、封印の扉が『収蔵』してある。中には精霊王から賜った『転生の雫』が入っている。合い言葉は封印解除シールアンロックだ。それで新玉剣星は人間として蘇ることができる。どんな世界で目覚めたかわからないが、仲間を作って冒険に出てみろ。きっと、想像している100倍は楽しいぞ。追伸、風城剣星という名前に意味はない。何となく、そう名乗った方がかっこいいと思っただけだ」


 ああ、知っている。




 宿に戻った俺は、封印解除で扉の封印を解き放った。


 みんな、俺が人間に戻ることは反対しなかった。


「剣星って思ったよりも若いのね」


「ピチピチかしら」


「勝手に30歳くらいかと想像していました」


「うーうー」


「さっきから何をいって……」


 俺の声が若かった。


 俺は『収蔵』から手鏡を取り出して、自身の姿を確認した。


 そこに映し出されたのは、要塞都市から追放される前、15歳の時の俺だった。


「剣星の復活を祝して、またみんなで一緒にお風呂に入らない?」


「いいですね」


「待て待て、人間の体で混浴はまずい。もう前の体とは違うんだからな?」


 どれだけ平静な振る舞いをしても、誤魔化せない体になってしまった。


「そんな細かいこと気しなくていいんじゃない?」


「剣星様は剣星様かしら」


「はい、大切なのは心です。それに、その姿の剣星さんも素敵です」


「うーうー!」


 スケルトンから人間になったくらいで、俺たちの関係は変わりそうになかった。


 かくして、俺はこのかけがえのない仲間たちと、冒険を続けるのだった。

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のんびりと300年後の世界を旅するスケルトン~要塞都市を追放されて天涯孤独だったけれど、死んでから仲間ができました~ しんみつ @sinmitu64

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