記憶⑥

 孤児院の敷地内の庭では、子供たちが追いかけっこしていた。


「ねえねえ、あれって剣星の銅像じゃない?」


「とても精悍な顔立ちですね」


「確かに俺の銅像だけど、少し美化されている気もするな」


「中に入って、もっと近くで見ない?」


「こういう場所は、恐らく部外者以外は立ち入り禁止だと思うぞ」


 子供たちの安全を考えれば、見ず知らずの第三者は立ち入れないようになっているはずだ。


「剣星様はここの孤児院の出身だから、部外者ではないかしら」


「孤児院を出て1年も経てば部外者だ。俺がここに居たのは300年以上も前の話だ」


「でも、ウーちゃん、入っていっちゃいましたけど……」


「何だと!?」


 ウーは孤児院の子供たちに混じって、追いかけっこをしていた。


 子供たちはウーを本能的に自分たちよりも強い種族だと認識し、逃げ回っていた。


 ウーが鬼役である。


 けれども、ウーと人間の子供たちでは運動能力に差がありすぎて、次々に捕まっていった。


「おーい、ウー、戻ってこーい!」


 同年代の子供と遊ぶのが楽しいのか、ウーは夢中だった。


 どうしたものか。


 俺が孤児院の中に入ってウーを連れ戻そうとしても、それこそ不審者が侵入してきたとなって、子供たちは悲鳴をあげるだろう。


「別に構いませんよ。悪い子でもなさそうですし」


 いつの間にか俺たちの傍に立っていた孤児院の老婆が、微笑みながらいった。


(こいつ、できる……!)


「お婆さん、精霊族の血が入っているかしら」


「おや、シルフのお嬢ちゃんにはわかるのかい。この珍しい血のおかげで、こうして100年も子供たちの世話ができて、わたしゃ幸せ者だよ」


「恵まれない子供たちのために100年も、尊敬致します」


「他人にはそういって敬われるけど、わたしにとってこれは普通のことだからね」


 老婆は飄々ひょうひょうといった。


「ところであなた方、先程風城剣星様の銅像について話しておりませんでしたか?」


 やはり、聞かれていたか。


「ええ、ここがかの有名な伝説の冒険者の出身地だと耳にして」


「はい。風城剣星様は魔王を討伐した報奨金で、自分の生まれ育った孤児院を建て直したのです」


「本当ですか?」


「はい。この逸話は孤児院で働く者の間に、連綿れんめんと受け継がれてきました」


「剣星様、偉人かしら」


「私の目に狂いはありませんでした。剣星さんは素晴らしい殿方です」


 ユメミは目をとろんとさせていった。


「俺がこの孤児院をなあ」


 正直、信じられないというのが本音だ。


 ただ、絶対にあり得ないかといわれたら、断言もできなかった。


 孤児院での思い出は、俺にとっての大切なものの一つだったからだ。




 次に俺たちが足を運んだのは、塔の書物庫である。


 塔の書物庫は初めから書物庫として作られた物ではなく、元々は要塞の見張り塔だったのだが、壁を作ってからはお役御免となって、要塞都市中の本が収められることとなったのだ。


「たかーい」


「万年樹より大きいかしら」


「うー」


 リリカたちは口を開けて塔の書物庫を見上げた。


「ところで、リリカは本を読むのか?」


「ほん? 何それ、美味しいの?」


 リリカは冗談ではなく、マジでいっている様子だった。


「文字がいっぱい書いてある紙束のことだ」


「自慢じゃないけど、あたしまったく文字は読めないの」


「私も読めないかしら」


 リリカは予想通りだが、ニアーナまで戦力にならないのは予想外だった。


 ま、いわれてみれば、シルフの森に本棚なんて置いてなかったか。


「私は本を読むのは得意ですよ。むしろ、これくらいしか取り柄がないので」


「本当か? 頼りにしてるぞ」


「はい、精一杯がんばります!」


「おう、ほどほどにな」


「ねえ、あたしにも文字の読み方を教えて欲しいかも!」


「あー、ずるいかしら。私も教えて欲しいかしら」


「ユメミと張り合っているのか? いっとくけど、そんな教えてすぐ読めるようになるものじゃないからな!?」


「でも、あたしは頭いいんだから!」


「ま、スライムの中だとリリカは賢いよな」


「ふふーん」

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