記憶⑤

 少し寄り道をしてしまったが、いよいよ要塞都市へ立ち入る。


「混んでるな」


「何かあったのでしょうか」


 俺の意気込みを挫くように、門壁のところでは長蛇の列ができていた。


 こういう時は、列に並んでいる行商人の様子を窺うのが一番だ。


 行商人は馬車の上で頬杖をつきながら、大きな欠伸をしていた。


 何かトラブルがあったわけではなく、これが平常運転なのだろう。


「ただ単に人が多いだけのようだな」


「すごーい、どうしてわかるの?」


「ま、勘だな」


 やがて列は進んでいき、門壁のところで衛兵に止められた。


 人の出入りがこれだけ激しいのに、門壁で検閲を行っている衛兵は十人にも満たなかった。


 そりゃ、渋滞も起こすわけだ。


「要塞都市へはどういった御用で?」


「観光です」


「滞在日数のご予定は?」


「ん~、三日くらいかな」


「それでしたらこちらのカードに名前を記入してください」


 俺はいわれるがまま名前を記入した。


 もちろん、新玉剣星の名である。


 このカードは自身が旅行者だと証明する時と、要塞都市を出ると時に必要な物だと説明された。


 要塞都市への通行料として、一人につき銅貨10枚、計50枚を支払った。


 そして、感覚的には15年振り、実際には315年振りに要塞都市へ足を踏み入れた。


「うわー、人がいっぱい」


「目が回りそうかしら」


「大きな建物が沢山ありますね」


「うーうー」


「色々と見て回りたいだろうが、とりあえず、三日間寝泊まりする宿を確保するか」


「はーい」


 リリカたちは声を揃えて返事した。


 まるで子供たちを引率している先生の気分だ。


 宿は高くも安くもない、老舗旅館的な場所を選んだ。


 心なしか、宿泊客は落ち着いた雰囲気の人が多かった。


「ここの大浴場、温泉のお湯を持ってきているらしいかしら」


「滋養強壮に効くそうですよ」


「へー。リリカ、滋養強壮の意味はわかるか?」


「体に良いってことじゃない?」


「ま、間違ってはいないな」


「夕食前にお風呂に入るかしら」


「賛成です」


「うー!」


 本当に、みんなお風呂が大好きだな。


 例によって、俺とリリカとウーが混浴へ、ニアーナとユメミが女湯へ、などと呑気に構えていると、衝撃の事実が発覚した。


 この旅館の大浴場には、暖簾が一つしかなかった。


 大浴場は混浴オンリーだった。


「混浴しかないなら仕方ないかしら。剣星様、一緒に入るかしら」


「はい。親睦を深めましょう」


「お前たち、はかったな!?」


 俺が旅館であれこれと宿泊手続きをしている裏で、こそこそと作戦会議をしていたのだ。


「大丈夫です。私、剣星さんの裸を見ても何も思いませんから」


「逆だ逆。ユメミは俺に見られても平気なのか?」


 これは愚問だった。


 ユメミは俺との混浴に乗り気だったからだ。


「はい。タオルも巻きますので」


「わかった。今晩はみんなで入ろう」


 俺は観念していった。


 向こうがいいといっているのに、年上の俺が恥ずかしがっているのは変な話だ。


 しかし、俺はすぐにこの判断を後悔することになった。


 誰が俺の体を洗うかというどうでもいいことで争い始め、最終的には四人で体を順番に洗うというわけのわからないところを落としどころとしたからだ。


 大浴場から出てきた俺の体は、真珠のような光沢を帯びていた。




 一晩明けて、俺たちは要塞都市の南地区の一角へとやって来た。


 この辺りは住宅密集地なので、お店もなく旅行客もほとんど来ないので、静寂に包まれていた。


「みんなは別に俺に付き合わなくて、買い物とか行っていいんだぞ?」


「だって気になるじゃない?」


「今から向かうのはどういった場所なのですか?」


「俺が幼少時代を過ごした孤児院、のあった場所だ」


 流石に300年前の建物は残っていないだろうが、せっかく要塞都市を訪れたのだから、見ておこうと思ったのだ。


「確かこの辺りにあったと――」


 かつての孤児院があった場所には、その面影を残した立派な孤児院が建っていた。

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