記憶④
「少しあの村里へ寄っていってもいいか?」
かつて俺が要塞都市から追放され、15歳から30歳まで暮らしていた村里である。
ああいった村里は要塞都市の周辺にいくつか点在しており、俺の暮らしていた場所は壁外区画四番地と呼ばれていた。
「あそこに何かあるのですか?」
「いや、多分何もない」
「何もないことを確認しに行くのかしら」
「ま、そうだな」
一応、余計なトラブルを避けるためにミイラ男に扮して、壁外区画に立ち入った。
不思議な感覚だった。
道や建物の位置は知っている村里なのに、色合いや形が別の物に置き換わっていた。
本当にここが300年後の世界なのだと、改めて実感することができた。
壁外区画の町並みは300年前より幾分かましになったとはいえ、要塞都市で暮らすことを許されなかった人々の住まう場所ということに変わりはないようだ。
皆、表情に陰があり、目が死んでいた。
ところ構わず騒ぐリリカたちも何かを察しているようで、口数が減っていた。
そして、村里の中心部に差しかかったところで、俺は足を止めた。
流石に300年前に住んでいた家は残っていなかった。
代わりに、大きな石碑が立っていた。
当然、そこに刻み込まれているのは新玉剣星の名だった。
『英雄新玉剣星の暮らした場所』
「もしかして、ここが剣星の生まれ育った村里なの?」
「いや、生まれ育ったのは要塞都市の中だ」
そこも後で訪れる予定だ。
「ここでどんな暮らしをしていたのかしら」
「そうだな。どんなといわれても、ほとんど何もしていなかったな」
草をむしって、賃金をもらって、市場で安い食材を仕入れて、料理して、食って寝るだけの生活を15年間続けてきた。
ぺたんこになった布団に入りながら、叶いもしない妄想に耽ったまま眠りに落ちるのだ。
「聞いたことがあるわ、無の境地というやつね」
「つまり、剣星さんはここで修行していたのですね」
リリカたちにかかれば、どのような言葉もポジティブなものに変換されてしまう。
「妄想に耽って、悟りを開いたとでもいうつもりか?」
「瞑想って妄想みたいなものじゃない?」
「いや、それは違うだろ」
何かを期待してかつての自分の家に足を運んだわけでもなかったので、そろそろ行くとしよう。
要塞都市の壁外では、300年経っても草むしりをしている人の姿が確認できた。
300年経っても、画期的な方法は考案されなかったようだ。
俺は何気なく草むしりの様子を眺めていた。
感覚的には、つい先日まで草むしりをしていたので、複雑な心境だ。
俺が草むしりをしなくなったから、代わりにあの人が草むしりをさせられているような気がしてしまった。
ふと、草むしりの人と目があった。
草むしりしている人物の顔を見て、俺は下顎を落っことしそうになった。
その顔は俺の学生時代の同級生、
光満は親が貴族で、自分より劣っている人間はとことん見下し、とにかく高慢だった印象が残っていた。
しかし、ここはあれから300年後の世界だ。
人間の光満はとっくの前に亡くなっているはずだ。
「ちょっといいかな」
俺は声をかけていた。声をかけずには居られなかった。
「ミイラ男が何の用?」
声質やトーンまで金成そっくりだった。
「金成光満っていう名前を知っているか?」
「俺も金成だけど、光満なんて名前は聞いたことがないな。親類にも居ないと思う」
金成は面倒臭そうに答えた。
「そうか。変なことを聞いて悪かったな」
「いや、別に」
金成は草むしり作業に戻った。
「知り合い?」
「いや、他人の空似だった」
名前を確認した時点で、俺の目的は達せられていた。
苗字が金成なので、恐らく光満の子孫か血縁者だろうが、反応から察するに光満のことは伝わっていないし、こちらからそれを伝えても仕方のないことだからだ。
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