記憶③

 初日はニアーナに道案内をしてもらい、森の中を突き進んだ。


 どうにも不安だったので、時折方位磁針を確認していたが、きちんと方角は合っていた。


 俺にはさっぱりだが、この森で生まれ育ったニアーナにしてみれば、木々ごとに特徴があり、違った景色に見えているのだろう。


 この経験によって培われた感覚だけは、スキルだけにはどうにもならないものである。


 夜、俺はカロの羽根からスキル『火球』を会得した。


 その名の通り、マナで炎を生み出し、飛ばすことのできるものである。


 これで道具も使わずに楽々と焚火を作れるかと思いきや、俺はナイフで木を削っていた。


 リリカの熱い要望で、ウーに火起こしの方法を教えているところだった。


「――後はこうやってできた火種でおがくずを燃やして、枯れ葉や小枝なんかで育てていって、焚火の完成だ」


 果たしてこの説明でウーに伝わったのだろうか。


 一応、大人しく俺の作業を見ていたが。


「うーうー」


 ウーは何かを理解したようで、大きく息を吸い込むと、火を噴いた。


 ウーの噴いた炎は、焚火に使おうと思って取り出していた木材を見事に燃やしていた。


「はわわわわ。ウーちゃん、それ絶っっ対、私に向かって噴いたらダメかしら!」


 ニアーナは顔面蒼白で注意した。


「ウーちゃんがどのように育つのか、楽しみですね」


「まったく、末恐ろしい子だよ」


 夕食後はテントを張り、みんなで仲良く眠りに就いた。


 二日目、三日目と獣道を歩き続けた。


 体が骨だけでできている俺や、ほとんどが水分でできているリリカは、一日中歩き詰めでも疲労は感じていなかった。一晩寝て起きれば完全快復だ。


 ニアーナも浮力は羽衣なので、歩くほどはしんどくなさそうだった。


 ウーは元気が有り余っている様子だった。


 一番辛そうにしているのはユメミだった。


 ユメミはいわゆる箱入り娘だ。


 過保護気味に育てられてきており、カボチャよりも重たい物は持ったことがないそうだ。


 カボチャって結構重たい気もするけど。


「ユメミ、足が痛いのか?」


「はい、少しだけですけれど」


「俺が負んぶしようか?」


「いえ、大丈夫です。皆さんの足手纏いにはなりません」


「その心掛けは立派だけど、悪化してしまうと反ってみんなに迷惑をかけることになるぞ。俺の体のことを気にしているなら、気にしなくていい」


 俺は諭すようにいった。


「あの、それでは、甘えさせてもらってもいいでしょうか?」


 ユメミは上目遣いでいった。


 毎晩テントで抱き付かれているので、ユメミの感触には慣れているつもりだったが、起きているせいか、変に緊張してしまった。


「剣星さんの体、とても硬いです」


「そりゃ、骨だからな」


 筋肉が硬いと褒められたら嬉しくなるが、骨が硬いといわれてもいまいちピンとこなかった。


「ねえねえ、あたしも足を捻ったみたいなんだけど」


 リリカは足首をさすりながらいった。


 ちゃんと足首だけ膨らませてあった。なんと芸が細かい。


「歩けないなら『収蔵』してやるぞ?」


「そうじゃなくて、ユメミの次はあたしも負んぶしてもらいたいんだけど」


 ま、そんなことだろうと思った。


 そもそも、関節を持たないスライムが足を捻るわけがないからだ。


「また今度な」


「約束だからね」


 四日目は遂に森を抜けて、見渡す限りの草原に出た。


 森の途切れ方が不自然だったので、恐らくは人の手によって伐採されたのだろう。


 人里が近い証拠である。


「雲みたいな白いもこもこがいっぱいかしら」


「羊だな。人も居るだろ、あれは羊飼いだ」


「ねえねえ、あれって食べられるの?」


「何でもすぐ食べようとするんじゃない、食いしん坊。ま、要塞都市の市場に行けば食べられるとは思うが」


 そうして、シルフの森を出立してから五日目の正午、遠目に人工物っぽい物が見えてきた。


 俺の記憶にある要塞都市を覆う無機質な灰色の壁は、300年経っても外からの侵入者を拒むようにそびえ立っていた。

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