うーうー(愛情表現)②

「白のまどかときが満たされるとき、世界は漆黒に染まった」


 ニアーナが古の予言の一節を口にした。


「確かその続きは、音もなく、皆安らかな眠りに就いた、だろ?」


「どうして剣星様がその歌を知っているのかしら」


 ニアーナはかなり驚いている様子だった。


「どうしても何も、それは人類が初めて作った大衆小説の出だしだからだ。俺が眠っていた300年を足すと、もう1000年以上も昔の作品になるな」


「それじゃあ、予言の歌でも何でもないってこと?」


「授業だと、満月の出ている夜を、そういう回りくどい表現にしたっていってたな」


「そのお話が、巡り巡ってシルフ族に予言の歌として伝わったのでしょうか?」


「ま、そんなところじゃないか?」


「茫然自失かしら」


 ニアーナはがっくりと肩を落とした。


「世界を滅ぼす混沌龍じゃなかったんだから、むしろ喜ばしいことじゃない?」


「リリカのいう通りだ。ニアーナがその予言の歌のことを俺に伝えなかったら、世界はまあどの道滅んでいなかっただろうけど、この子の命を救うことに繋がったんだ」


「そういわれると、元気になってきたかしら!」


「それでは、この子は一体何の子なのでしょう?」


 ユメミは俺にべったりと引っ付く混沌龍もどきを見ながら首を傾げた。


「確かに、ドラゴンっぽくもあるんだよな。角も尻尾も生えているし。ドラゴン……、ドラゴニュート、そうだ、この子はドラゴニュートじゃないか!?」


「何それ?」


「名前だけなら聞いたことがあるかしら」


「実物も絵も見たことはありませんが、あらゆる能力に秀でた龍人族だったでしょうか」


「俺の記憶も朧気おぼろげだが、町中でドラゴニュートを見たことがあると自慢げに話していたおっさんが居たんだ。この子にはその特徴があるようなないような」


 ドラゴニュートは精霊族以上に他種族との交流を持たなかった。


 そのため、どこに住んでおり、どのような生態をしているかなどの情報が圧倒的に不足していた。


 人によっては龍人族と混沌龍を同列に語る者まで居た。


「それより、どうしてこの子はずっと剣星に引っ付いているの?」


「最初に見たものが剣星さんだったので、親だと思っているのではないですか?」


「そんなドラゴニュートをひよこみたいに」


「だったら、名前を付けないといけないかしら」


 ニアーナが余計な提案をした。


「剣星、何かいい名前ない?」


「ない」


 俺は即答した。


 女の子の名付け親になるのは、流石に荷が重すぎるからだ。


「こういうのは言い出しっぺの法則というのがあってだな」


「んー、どんぐりかしら!」


「それは安直すぎやしないか?」


 木の実でたとえるならどんぐり一択だが、もう少しまともな名前の方がいいだろう。


「う~」


「ほら、唸ってる。不満みたいだぞ。ユメミは何かいい名前とかあるか?」


「マロン」


 ユメミはぽろっといった。


「マロンか。ちなみに、何の名前だ?」


「昔飼っていた犬の名前です。去年、死んでしまいまして……」


「うん、その名前はやめておいた方がいいな」


 マロンの名を呼ぶ度に、ユメミがはかなげな表情を浮かべることになってしまう。


「ちなみに、剣星だったらどんな名前を付けるの?」


「そうだな、うーうー鳴いてるし、ウーとかどうだ?」


「どんぐりより安直かしら」


 ニアーナは口を尖らせた。


「うーうー!」


「あれ、でもウーちゃんは嬉しそうにしていますよ」


「よし、お前は今からウーだ、いいな?」


「うーうー!」


 返事は良かったが、果たして理解していることやら。


 今度こそ張り詰めていたものが途切れ、リリカたちは深い眠りに就いた。


 ウーを今後どうするかについては、起きてから話し合うことになった。


 一難去ってまた一難だが、こっちの一難の方が俺としては対応に困ってしまう。


 ま、話し合うといっても、リリカたちの言い出しそうなことは大凡察しが付いた。


 ウーもみんなが眠りに就いてから程なくして、心地のいい寝息を立て始めた。

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