令嬢は旅に出たい⑦

 ユメミが「少し席を外してください」といって、二人のガードマンは退室した。


「剣星さん、もう包帯は外しても大丈夫じゃないですか?」


「ユメミの両親が、俺の顔を見るなりいきなり襲いかかってきたりしないか?」


「その心配なら要りません。両親は虫も殺さないような温厚な性格です」


「なるほど、ユメミのほんわかした感じは両親譲りってことか」


「両親に話せば、剣星さんの誤解も解けると思います」


「だったら、確かに包帯は外した方がいいな」


「ねえ、これって食べ物よね?」


 リリカはローテーブルの上に差し出されたお皿の上に興味津々だった。


「クッキーだな」


「美味しいですよ」


「私はそこで栽培している木の実を食べたいかしら」


 ニアーナは窓際に置かれた花瓶を指差した。


「あれは栽培しているわけじゃないと思うぞ!?」


「観賞用ですが、少しくらいなら食べてもいいですよ」


「感謝かしら」


「このクッキーという食べ物、めちゃくちゃ美味じゃない! 体がとろけそうだわ」


「リリカは元々蕩けているだろ?」


 本当にマイペースなやつらだ。


 身構えているのが馬鹿らしくなってきた。


 そんな感じで待つこと一時間弱、ドタドタという忙しない足音が一直線に応接間へと近付いてきた。


 そのまま突き破るような勢いでドアが開け放たれた。


「ユメミ!」


 ドアを開けるなり、口髭を生やしたエルフがいった。


「もう心配したのよ!」


 次いで、ユメミの大人バージョンのようなエルフが入ってきた。


「お父様、お母様、ごめんなさい。それと、お話ししたいことがあります」


 ユメミはソファから立ち上がりながらいった。


「その前に、そちらの……スケルトン!?」


 ユメミの父親はこちらを二度見した。


「お父様、剣星さんは普通のスケルトンではありません! とても知的で親切で素敵な殿方です!」


 ユメミは熱く反論した。


 ユメミは自分で話を付けるといっていたので、俺は静かに見守ることにした。


 それでも、いざという時には助け船を出すつもりだ。


「まさかこの辺り一帯を騒がせているスケルトンというのは、君のことかね?」


「結果的にはそうなってしまいました」


 騒がした覚えはないが、ここはこう答えておくのがベターだろう。


「剣星さんは決して悪いスケルトンではありません。私が助けを求めて巻き込んでしまったのです」


 ユメミはタウンジョイントへ到着する直前に、護衛の目を盗んで脱走してからここに至るまでの経緯を話した。


「――なので、身勝手なのは承知ですが、今回の縁談を断らせていただけないでしょうか」


 ユメミの話を黙って聞いていた父母は、突然吹き出した。


「そのことならもういいんだ」


「ユメミが出発して一時間後くらいかしら。向こうからお断りの手紙が届いたのよ。入れ違いになったのね」


「何かあったのですか?」


「好きな子が居て、自分の気持ちに嘘をつけなかったそうだ。だから、ごめんなさいと」


「結婚を認めてくれないなら、商会は継がないといったそうよ。強引よねぇ」


 ユメミ母は頬に手を当てて、うっとりといった。


 どうやらユメミ母はこういう情熱的なものがお好みのようだ。


「しかし、そうなると新しい縁談の話を用意しないとだな。ユメミも今年で十八になるわけだし」


「あの、お父様、そのことでお話があります。私は、剣星さん、リリカさん、ニアーナさんと一緒に冒険したいです!」


 ユメミが俺たちと一緒に冒険したいと口に出すのは初めてだったが、何となくそう言い出すのではないかという予感はあったので、大した驚きはなかった。


「一緒に剣星を支えようじゃない」


「大歓迎かしら」


 リリカもニアーナも同じ感想のようだ。


「冒険って、本気でいっているのか?」


「あらまぁ」


 対するユメミの両親は、娘がそんなことを言い出すなんて微塵も考えていなかったようで、一様に狼狽の色を示した。


「ユメミは知らないだろうが、この世界には危険な生物や場所がごまんとあるんだぞ」


 ユメミ父はなだめるようにいった。


「それ以上に楽しい町や美しい景色、素敵な出会いもあります」


「ぐ、それはそうかも知れないが……。剣星君といったかな。君からも何かいってくれないか。一人娘を旅に送り出す親の気持ちはわかるだろ?」


 童貞なのでわかりません、とも言い出しにくい雰囲気だったので、俺は唸り声を出して誤魔化した。

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