令嬢は旅に出たい⑥

「お客様、そろそろ目的地のタウンハンエイです」


 ハンエイ湖に到着したのは、野鳥すら思わず微睡んでしまうような、ぽかぽかとした昼下がりだった。


 リリカ、ニアーナ、ユメミは互いに支え合うように夢の中だった。


 この三日間、いつも通り楽しそうに振舞い、口にこそ出さなかったが、追われているという緊張で疲れが溜まっていたのだろう。


「少しだけ遠回りしてもらえませんか」


 これだけ気持ち良さそうに眠っているのを起こすのは、気の毒だった。


「それでは、町の周りをぐるっと半周して、西門から入りましょうか」


 これは後から知ったことだが、この時、タウンハンエイの東門にはユメミの捜索隊が張り込んでいたそうだ。


 些細な思い付きで危機を回避したことなど露知らず、俺は仲間の寝顔を眺めて暇を潰した。


 生前では考えられないような、ゆったりとした時間を過ごした。


 そうして、送迎馬車はタウンハンエイに入った。


 地理的に近いということもあり、タウンハンエイの町並みはダウンジョイントとどことなく雰囲気は似ていた。


 しかし、町全体がごちゃごちゃしていないというか、落ち着いているというか、秩序ある感じがした。


 人間とエルフの町というだけあって、道行く者たちの大半は人間とエルフだった。


 無論、俺はこっちの町の方が断然好みである。


「長旅お疲れ様でした」


 西門を潜り、しばらく進んだところにある広場で、俺たちは送迎馬車を下りた。


「お世話になりました」


「スチュワート、もし気が向いたらあたしたちと一緒に――むぐっ」


 リリカがまた良からぬことを言い出しそうだったので、俺は透かさず口を塞いだ。


「ところで、スチュワートさんはいつまでこの町に滞在するんですか?」


「予定がなければ、明日の昼にはタウンジョイントへ向けて出立します。何か御用がありましたら、それまでにお申し付けてください」


「わかりました」


 もう一度お礼をいって、スチュワートとは別れた。


 さて、少し気が抜けているが、ここからが本番だ。


 ユメミはまだ自分の意思を伝えるのが怖いらしく、勇気を持てるように、俺たちに傍に居て欲しいといった。


 リリカもニアーナも意気込みまくっていたので、断る選択肢はなかった。


「ユメミの家はここから近いのか?」


「はい、すぐそこです」


 ユメミのいうすぐそこは、本当にすぐそこだった。


 五分ほど歩いたところに、大きな庭付きの屋敷が建っていた。


 しかし、大きな庭があるというだけで、持て余している風に見受けられた。


 名家らしく、門扉のところにはガードマンらしきエルフの男が二人佇んでいた。


 ガードマンの一人がこちらに気が付き、目を大きく見開いた。


「ユメミお嬢様!?」


「お騒がせしました」


 ユメミはまず謝罪した。


 できた子だ。


「皆心配していましたよ。一体、どちらへ行かれていたのですか?」


「それも含めて、きちんとお話しします。ここでは何なので、屋敷の中に入ってもいいですか?」


「はい、もちろんです」


「それと、彼らを屋敷に招待したいのですが」


 ユメミは俺たちを示しながらいった。


「どういったご関係でしょうか」


「私の大切な友人です」


「友人、ですか?」


 ガードマンは一瞬だけ眉を顰めた。


 そりゃ、見たこともないミイラとスライムとシルフを連れてくればそんな顔にもなる。


「はい。くれぐれも失礼のないようにしてください」


 ユメミは普段とは違い、鋭い声で注意した。


 門扉を潜り、大きな扉を開けて屋敷内へと立ち入った。


 応接間は、二階の北西の角部屋だった。


 ソファもローテーブルもなかなか年季が入っていた。アンティーク家具というやつだろうか。


 ユメミ、俺、リリカの順番でソファに腰掛けた。


「お父様とお母様は?」


「ユメミお嬢様を捜索するために、出向いております。今し方連絡を入れたので、小一時間ほどでお戻りになるかと思います」


「わかりました」

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