令嬢は旅に出たい⑤

 その後、オーク族からのちょっかいもなく、のんびりと夕食の一時を楽しんだ。


 そして、気が付けば就寝時間である。


 先程、みんなで張ったテントに入っていく。


「思ったよりも狭いな」


 寝るだけなら問題はなさそうだが、寝返りを打ったり、手を広げたりすると誰かにぶつかってしまう。


「俺は外でも平気だし、三人で使ってくれ」


「剣星さん一人が外で眠っていると、私も気持ちよく眠ることができません」


「そうそう、気にしなくていいの。スライムは自由に形を変えられるんだから、狭いなんて思わないもん」


「仲間は同じ屋根の下で眠るものかしら」


「そこまでいうなら、しょうがないな」


 俺は必死ににやつきを堪えながら、クールを気取った。


 とまぁ、そんなやり取りを経て、テントで寝ることになったわけだが。


「この配置はおかしくないか?」


 俺が中央に寝て、左隣がユメミ、右隣がリリカである。


 ちなみに、ニアーナは寝ている時もふわふわと宙を浮いている。


「全然思いませんけど」


「普通じゃない?」


「堂々と構えていればいいかしら」


「ニアーナ、俺のことをいじってないか?」


「気のせいかしら」


「こういうの初めてなので、とてもわくわくしています」


 ユメミはいつものテンション三割増しでいった。


「楽しいのはわかるけど、寝ないと明日の朝が辛いぞ?」


「それでしたら、一つお願いしてもいいですか?」


 ユメミは改まった感じで口を開いた。


「ん?」


「私、何かに抱き付いていると寝付きがいいんですけど、剣星さんに抱き付いてもいいですか?」


 はい、喜んで、と即答したいところだが、寸前のところで踏みとどまった。


「ちょっとユメミ、抜け駆けは許さないわよ! 抱くならあたしを抱きなさいよね!」


「リリカさんを抱いたら、びしょびしょになって風邪を引いてしまいます」


「そうだわ、あたしも剣星を抱いて寝れば解決じゃない?」


 リリカがおかしなことを言い始めた。


「リリカ、眠いならもう寝た方がいいぞ」


「わかりました。それで手を打ちましょう」


「ユメミも眠いみたいだな」


 そんなわけで、俺はリリカとユメミに挟まれて一晩過ごした。


 えていう必要もないが、何事も起らなかった。




 翌朝、テントを片付けると、馬小屋へ向かった。


「おはようございます」


 スチュワートはシャキッと挨拶した。


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


 夕暮れ時とは違い、朝のユメミは包帯を巻いていても肉感が凄かったので、オークでなくても気付かれる恐れがあった。


 野営地に長居は無用ということで、俺たちはそそくさと出発した。


 野営地を離れてから程なくして、ユメミは俺の肩を二回とんとんと叩いてきた。


「どうした?」


「包帯を取ってもいいですか? 暑くて、蒸れてきました」


「取っても大丈夫だと思うぞ。ここまで来れば人目も少ないだろうし」


 包帯を取ってやると、ユメミの肌は紅潮していた。


 旅館で風呂上がりの時も、こんな感じの色だったなと思った。


不躾ぶしつけな質問で申し訳ないのですが、家出したエルフの令嬢というのはユメミ様でしょうか? 昨晩、冒険者が噂しているのを耳にしまして」


 スチュワートは前を向いたまま、そう尋ねてきた。


 無論、その質問を投げかけられた俺たちの警戒心はマックスまで跳ね上がった。


「そう警戒なさらないでください。犯罪者の逃走に手を貸すというのであれば話は別ですが、私はお客様を売るような真似は致しません。無理矢理に連れ回している風にも見受けられませんので」


 スチュワートは澄んだ声でいった。


 スチュワートは誇り高く、根っからの騎士だった。


「ありがとうございます」


「感謝されるようなことでもありません。ただ、私が知っているのと知っていないのでは、旅の安全面に関わってきますので」


 そういって、スチュワートは口を閉ざした。


 これ以上こちらを詮索せんさくするつもりはないという意思表示だろう。


「いい人で助かったかしら」


「まったく、心臓に悪いぜ」

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