令嬢は旅に出たい④

「この中で、テントを張ったことある人は?」


「あるわけないじゃない?」


「初体験かしら」


「ありません」


「ま、そりゃそうか。そんなに難しくないから、三人にも少し手伝ってもらうぞ」


 別にテントの設営は一人でもできなくはないが、人手があると格段に楽になるのだ。


 ま、今日のところは手取り足取りになるので、それほど効率的とはいえないわけだが、今後のことを考えると教えておいて損はないはずだ。


 リリカとは故郷に帰るまで、ニアーナとは始まりの火山まで、ユメミに至っては明日までの関係だが、この時の俺は別れが訪れることなんて一切頭になかった。


 半時間ほどかかったが、無事テントの設営が完了した。


 何か斜めになっている気もするが、細かいことは気にしない。


 今晩の寝床も確保したところで、夕食の時間である。


 食事の時間は、俺にとって最も楽しみにしているものの一つだった。


 変に思われるかも知れないが、リリカたちが美味しそうに食事をしている光景を眺めているだけでも満たされた。


 みんなで食事をとるというのは、孤児院時代にもあったのだが、シスターが厳しく食事中の私語は厳禁。楽しかった思い出はなかった。


 要塞都市を追放されてからは、ずっと一人で食事をとっていた。


 だから、食事の時間というものが、こんなにも大切なものになるとは、自分でも正直意外だった。


 タウンジョイントで新鮮な食材も買っておいたので、今晩は俺が腕に寄りをかけた料理を振舞うとしよう。


 マッチで火を起こし、焚火を作った。


 火を扱っているので、ニアーナはテントの中で待機中だ。


 料理の下拵えに取りかかったところで、野営地とは反対側、森の奥から話し声が聞こえてきた。


「あ~、疲れた。エルフのご令嬢も凶暴なスケルトンも、こんなに捜してもどこにも居やしねえ」


「他の冒険者に先を越されちまったのかもな」


「いい匂いがするな」


「あ~、腹減ってきた」


「あそこで飯作ってんのか」


 声は三人、違いはあれどどれも野太かった。


 匂いに誘われたのか、三人の足はこちらへ向いていた。


 俺たちに直接絡んでくるつもりはないようだが、何を作っているのか通りすぎに確認するようだ。


 焚火の灯りに映し出された三人の顔は、どれも深緑だった。


 オーク族である。


 俺たちの間に、緊張が走った。


 タウンジョイントの露店街でも普通に見掛けたので、今更オーク族と出会したくらいで警戒しているわけではなかった。


 問題はオーク族の持つ嗅覚である。


 俺とユメミ、そのどちらからもミイラ特有の干物のような臭いがしなければ、俺たちがミイラではないと気付かれる恐れがあった。


「ミイラとスライム、変わったパーティーだな」


「ミイラか、んん?」


 いぶかしむような唸り声と共に、オークの顔色が変わった。


 ユメミは俯いたまま、石像のように動かなかった。


 リリカはそんなユメミに寄り添い、ぎゅっと手を握り締めた。


「もし、そこのエルフのミイラ、少しだけ話を――」


 その瞬間、オークたちは目を見開いて、口元を押さえた。


「やば、この臭いは!?」


「近頃、ミイラ共が馬鹿みたいに振りかけているくっせえ香水だ」


「ダメだ、鼻がひん曲がっちまう」


 三人のオークは逃げるようにプレハブ小屋の方へ走っていった。


「何だかよくわからないけど、助かったわ」


「この匂いはどこから……?」


「ミイラ女露店主からの頂き物だ。『収蔵』から直接焚火の上へ取り出した」


 瓶の中の香水を霧状に全て散布したのだ。


 液状の物であれば、『収蔵』から取り出す際に細かくすることもできるのだ。


 焚火の熱によって発生した気流に乗って、臭いは一瞬で周囲に充満した。


「今日冴えすぎじゃない?」


「剣星さんはお優しい上に聡明なのですね」


「買い被りすぎだ」


 俺は照れ臭くて気取ってしまった。


 昔から悪知恵は働く方で、先程の機転もその延長線みたいなものだったが、人生で初めて役に立ったと褒められたからだ。


「この香ばしい匂いは何かしら」


 ニアーナは焚火が終わるまではテントから出ないと豪語していたくせに、あっさりと出てきていた。


「香水の匂いだ。だから、御馳走があるわけじゃないぞ」


「意気消沈かしら」


 ニアーナは空中で両手両膝を着く体勢をとって、落ち込みを表現した。

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