令嬢は旅に出たい②

「少し遠回りになるけど、問題ないかしら」


 ニアーナは親指を立てて、白い歯を見せた。


「急がなくていいのかよ! ニアーナの命もかかっているんだろ?」


 まさかシルフの長老とのやり取りを忘れたわけではあるまいな。


「300年以上も孵化しなかったんだから、一日くらい遅れても誤差かしら。急がば回れかしら」


「その一日が命取りにならないといいけどな」


 俺はやれやれと降参のポーズを取った。


 そんなこんなで、俺たちはタウンジョイントの露店街へと足を運んだ。


 みんな町を歩きたいということで、三人とも『収蔵』から出てきていた。


「剣星、良い物があったわ、こっちこっち」


「何だ? ミミズでも売ってたのか?」


 リリカに呼ばれて、俺は然程期待も持たずにそちらへ行った。


「これこれ」


 リリカが指し示していたのは、青いカウルだった。


「服が欲しいのか?」


「これ水を通さない材質で作られているらしいの。あたしでも着られるんじゃない?」


「かもな。別に買ってもいいぞ」


「やったー!」


「まいどあり」


 俺は獣人の露店主に銀貨3枚を支払った。


「どう、似合う?」


 リリカは早速人型モードになり、青いカウルを被った。


「うん、なかなかいいんじゃないか」


 青色というのが、スライムのリリカにはよく似合っている気がした。


「お客さん、こちらの靴なんかはいかがですか。ゴム製で水気を通しませんよ」


 獣人の露店主は目敏く商品を勧めてきた。


「剣星……」


 リリカは潤んだ瞳でこちらを見た。


「買っていいぞ。靴がないと、せっかく服があっても歩けないからな」


「ありがとう! 剣星、大好きー!」


 リリカは人目もはばからずに抱き付いてきた。


「おい、嬉しいのはわかったから。見られてるから、離れろ」


「まいどあり」


 俺は獣人の露店主に追加で銀貨2枚を支払った。


 るんるん気分のリリカを連れて露店街を見回っていると、ニアーナを見付けた。


 雑踏の頭上を飛んでいるので、非常に見付けやすかった。


「ニアーナも何か欲しい物があるなら買っていいぞ」


「私は美味しい木の実と野いちごがあれば十分かしら。それより、ユメミちゃんがこの服を気に入ったみたいかしら」


 ニアーナが指し示したのはレモン色のワンピースだった。


 派手すぎず地味すぎない感じが、ユメミっぽい。


「えっと……、その……」


 厄介になっている身で、自分からは買って欲しいと言い出せないのだろう。


「それが欲しいのか?」


「はい。でも、いいのでしょうか」


「二つのスキルを会得させてもらったことに比べれば、安いものだ」


 俺はミイラ女の露店主に銀貨3枚を支払った。


「ありがとね。同じ種族のよしみで、これはおまけにしといてあげる」


 ミイラ女は何らかの薬品が入った小瓶を渡してきた。


「これは?」


「あら、あんた知らないのかい? 香水よ。私たちの干物みたいな臭いが苦手っていう方も居るんだから、これで上書きするんだよ」


「なるほど、気を付けるよ」


 俺は肉すら腐り落ちたスケルトンなので、無臭なわけだが。


 その後はせっかく『スナイパーショット』を会得したので弓と矢を購入し、保存食をある程度買い込み、準備完了だ。


「ハンエイ湖まではどうやって向かえばいいでしょうか。きっと、私の行方を追って多く捜索隊がうろうろしていると思います」


「さっき看板を見掛けたんだけど、送迎馬車というのに乗ってみないか?」


「そんな目立つ物に乗ったらすぐ捕まっちゃうんじゃない?」


「向こうはユメミが無一文だと思っているはずだ。そのユメミが送迎馬車に乗っているなんて考えるかな?」


「剣星様、頭いいかしら!」


「逆転の発想というやつですね」


 タウンジョイントの北門壁から程近い場所に、送迎馬車の企業があった。


 送迎馬車も宿の時同様に、一台を一日単位で借りるという料金体制だった。


 ハンエイ湖までは二日の道のりなので、6枚の銀貨を支払った。


 改めて、昨夜の旅館がどれだけ高かったのかわかる。


 送迎馬車の御者は女のケンタウロスだった。

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