第四章

令嬢は旅に出たい①

 ユメミがエルフ族王家の血を引く令嬢だと打ち明けてから一晩が経った。


 とりあえず、朝食の時にそのことをリリカとニアーナに伝えると、案の定というか、期待通りの反応だった。


「お姫様なの? ユメミってお姫様なの? すごいすごーい!」


「初めて本物のお姫様と話したかしら!」


「えっと、王家の血を引いているというだけで、王位継承順位も下の方ですし、家もあまり裕福とはいえません」


 ユメミは申し訳なさそうにいった。


 ユメミの格好は俺と同じようにぼろ切れを羽織はおっているだけかと思いきや、その下には純白のドレスを着ていた。


 ドレス姿のユメミは、いかにも深窓の令嬢という感じだった。


「ユメミがいいところのお嬢さんなのはわかったけど、どうして家出なんてしたんだ?」


 俺は率直に質問した。


「今日、この町のノウン様のお屋敷に招待されていたのです」


「ノウン様って?」


「タウンジョイント商会の御曹司です」


「あー、あそこの。つまり、ユメミはその御曹司のところへ嫁ぐために来たけど、途中で嫌になって逃げ出したと」


「そういうことになりますね」


「ユメミを追っていたのは?」


「私の護衛兼見張りの冒険者さんたちです」


「なるほど、大体の事情はわかった」


 ユメミが見ず知らずの悪者に追われて助けを求めているならともなく、これはユメミの家の問題である。


 俺が手を出したり、とやかくいう筋合いはなかった。


「あの、もう一つ謝らなければいけないことが……。ここまで送っていただいた報酬の件ですが、今手持ちがなくて……」


「ああ、その件については気にしなくていいというか、既にもらったというか」


 ちょうど追っ手の冒険者二人と戦闘している時に、俺はスキル『スナイパーショット』とユニークスキル『マナ効率化』を会得していた。


『スナイパーショット』はほとんどのエルフ族がまず初めに会得するもので、弓矢を狙ったところへ射ることができるようになる。


『マナ効率化』はスキルによるマナの消費を押さえるものである。シンプル故に強力なスキルである。無尽蔵のマナを持っている現状で必要かと問われれば微妙だが、あるに越したことはないはずだ。


「どういうことですか?」


 首を傾げるユメミに、俺はユニークスキル『収蔵』の特性をざっくりと説明した。


「――そういうことだったのですね」


「ねえ、ユメミ、何もかも忘れてあたしたちと一緒に冒険しない?」


「おいこらリリカ、ユメミを不良娘の道に誘い込もうとするな」


「やはり、王家の血を引く私は、家のために嫁ぐしかないのでしょうか」


 ユメミは寂しそうな眼差しでこちらを見詰めた。


 まるで俺の返答に、ユメミの人生がかかっているような雰囲気が漂った。


「ユメミはどうしたいんだ?」


「私は、もっともっとこの広い世界を冒険したいです!」


「だったら、その意思を伝えないと。両親はユメミよりも家督かとくが大切な感じなのか?」


「その、それとなく伝えたつもりですが……」


 こりゃ、伝わってないな。


 ユメミのこの控えめな口調でいっても、嫌がっている風にはなかなか受け取ってもらえないだろう。


「よし、それならやることは簡単だ。自分のやりたいことを大声で両親にぶつけるだけでいい」


「はい、何だか勇気が湧いてきました!」


 ユメミは胸を挟むようにぐっと拳を握り締めた。


「そうと決まれば、まずは腹拵えね」


「賛成かしら」


 二人の食いしん坊はさておき、俺はユメミと話を進めた。


「ちなみに、ユメミはどこから来たんだ?」


「ハンエイ湖にあるエルフと人の町、タウンハンエイからです」


 地名をいわれても、俺にはさっぱりだった。


「方角は?」


「タウンジョイントから見て西北西の位置にあります」


「俺たちの進路からは外れているな」


 俺たちの目的地は、南の森にあるドライアドの里だった。


 同じ精霊族のドライアドから、始まりの火山への道筋を聞く予定だったのだ。


 道中にあれば送っていくのもやぶさかではなかったが、俺たちには混沌龍の卵を『始まりの火山』の火口に投げ入れる責務があった。


 全人類、魔族、亜人族、精霊族の命がかかっているのだ、寄り道をしている暇などなかった。

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