エルフと行商人⑨

 脱衣所でマント代わりの布切れを脱ぎ、宝刀『イカヅチ』を隠すように置くと、少し逡巡しゅんじゅんしてから顔と手に巻いた布切れも取った。


 凶悪なスケルトンがお尋ね者となっているが、誰もスケルトンの区別など付かないと考えたからだ。


 幸いなことに、混浴風呂の方はガラガラだった。


「剣星、ここに座って、綺麗にしてあげるから」


「急にどうしたんだ、って、どうして人型モードなんだよ!」


「こっちの方が色々と便利なの。ほら、初めて会った時に、約束したじゃない?」


「そういえば、そんなこともあったな」


 俺は一週間前のやり取りを回顧した。


 四六時中一緒に居るから、もう長い付き合いになると思っていたが、たった一週間前まで俺は独りだったんだよな。


 俺がしみじみとこの一時をありがたがっていると、隣の女湯からそれをぶち壊すような騒がしい声が響いてきた。


「きゃっ。もうニアーナさん、いきなり触らないでください」


「ユメミちゃん大きい、何センチあるのかしら」


「98くらいだと思います」


「吃驚仰天かしら!」


「いいなぁ」


 伊佐美の羨ましがる独り言もしっかりと聞こえてきた。


「私は教えたのですから、ユメミさんのも教えてくださいよ」


「それは別にいいけど、絶対誰にもいったらダメかしら」


 こっちに丸聞こえだけどな。


「はい、言いません」


「29センチかしら」


 具体的な数字をいわれても、大きいのか小さいのか全然伝わってこなかった。


「千道さんもいい体ですよね」


「変じゃないですか? 女なのにこんな筋肉質で……」


「全然変じゃないです、素敵です」


「うわー、すごいカチカチ、ただ者じゃないかしら」


「ちょっと、くすぐったいです」


「伊佐美ちゃんは冒険者だったのかしら?」


「私は結局、冒険者になれませんでした」


 伊佐美は答えにくそうにいった。


「行商人のお仕事は楽しいですか?」


 ユメミは前のめりになりながら訊いた。


「行商人の仕事自体は普通です。でも、色々な町をこの目で見て肌で感じるのはこの上なく楽しいです」


「それなら、私たちと一緒に来ないかしら? きっと伊佐美ちゃんが居れば楽しい冒険になるかしら!」


(あのちんちくりん妖精、何勝手に勧誘してるんだ?)


 俺は隣湯の会話が気になりすぎて、気が気ではなかった。


「とても嬉しいお誘いですが、ごめんなさい。私、今の生活も結構気に入っているんです」


「あう、振られちゃったかしら。でも、気が変わったらいつでもいって欲しいかしら」


 ニアーナは屈託くったくのない笑顔でいった。


(ふぅ、良かった)


 聞き耳を立てていた俺は、内心で安堵の溜息を漏らした。


 すると、視界を二つの水風船が覆った。


「あたしが体を洗っているのに、別の子のことを考えていたんじゃない?」


 いつの間にか正面に回り込んだリリカが、頬を膨らませていた。


「そんなわけないだろ」


 俺は苦し紛れにいった。


「罰として、次は剣星があたしの体を洗う番ね」


 洗うといっても、スライムの表面は常にぬらぬらとして、とても繊細に映った。


 よくわからないので、俺はシャワーをリリカに浴びせておいた。




 お風呂から上がり、部屋に戻った。


 浴場で散々はしゃいでいたリリカとニアーナは、疲れて既に微睡まどろんでいた。


 ませている一面もあるが、基本的には子供だなと父親になったような気分で思った。


「ユメミは眠たくないのか?」


「少しのぼせてしまったみたいです」


 そういうユメミの浴衣から覗く肌は薄紅色に火照って汗ばんでいた。


 これは目のやり場に困ってしまう。


 とはいえ、せっかく二人で話す機会ができたので、ずっと頭の片隅にあった疑問を口に出した。


「ユメミはこれからどうするんだ? どこか行く当てとかあるのか?」


 一応町まで送り届けるという話だったが、そこから先の話はしていなかった。


「行く当ては……。あの、一つお話ししておかなければならないことがあります」


 ユメミは改まった雰囲気でいった。


「何だ?」


 俺も姿勢を正して、身構えた。


「実は、私の家はエルフ族王家の血を引いている名家で、今は家出しているところなのです」


「え」


 衝撃の告白に、俺の顎が外れて落ちてしまった。

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