エルフと行商人⑧

 俺と伊佐美が和気藹々わきあいあいと話していると、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうなむさ苦しい男が割って入ってきた。


「おう、伊佐美じゃねーか。お前がこんなところに泊まるなんて珍しいな」


「私だってたまには贅沢したくなることもある」


 伊佐美はツンとした態度でいった。


「知り合いですか?」


「できれば知り合いたくはなかったですが」


「おいおい、つれないことをいうなよ。訓練生時代からの付き合いだろ?」


「こういうのを腐れ縁というんだ」


 伊佐美はうんざりといった。


「ところで、このミイラとエルフとはどういう関係だ?」


「取引相手さ。用がないならもうどこかへ行ってくれない?」


「用ならあるぞ。ちょっとした儲け話があるんだ。タウンジョインからすぐ北の森にやばいスケルトンが出たらしい。ゴールド級の冒険者が二人、やられたそうだ」


(すぐ北の森、やばいスケルトン……?)


 俺、そのスケルトンに心当たりがあるかも知れません。


 というか、俺は一切手出ししていないが。


「討伐任務の話だな。荒事は苦手だといっただろ」


「その腕がありゃ行商人なんかよりよっぽど稼げるぜ?」


「話はそれだけか、なら私は行くぞ」


 伊佐美は冷たくあしらった。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。また何かの縁があれば、その時はどうぞよしなにお願いします」


「こちらこそ、本当に助かりました」




 伊佐美とはロビーで別れて、俺は一階の東側の部屋に入った。


 一番安い部屋とはいえ、きらびびやかな装飾や趣向を凝らした家具が並んでおり、落ち着かないの一言だった。


 ドア越しに従業員の足音が遠ざかるのを確認してから、俺はリリカたちを『収蔵』から取り出した。


「ふー、やっと心置きなくしゃべれるかしら」


 ニアーナは羽を伸ばしながらいった。


「結構ひそひそ話してただろ?」


 外に音は漏れていなかったが、宿主なのでそこら辺はしかと聞こえていた。


 ちなみに、会話の大半が町で見掛けた食べ物を、どうやって俺に買ってもらうかの作戦会議だった。


 ま、お金なら余裕はあるし、後で買ってくるとしよう。


「ねえねえ、ここのお風呂って結構色々な効能があるらしいの!」


 リリカは栄養満点の水に目がなかった。


「普段ならとっくに寝てる時間だし、風呂は明日にしておいた方がよくないか?」


「旅館といえばお風呂、お風呂に入らず寝るなんて冒涜ぼうとくかしら」


 ニアーナは大袈裟にいった。


「お風呂、入りたいです」


「わかった。風呂に入るか」


 三対一では分が悪いので、俺は要求を受け入れた。


 部屋に鍵をして、四人でぞろぞろと一階の大浴場へ向かう。


 大浴場は男湯、女湯、混浴に分かれていた。


「じゃあ後でな。迷子になるなよ」


 俺はそう手を振って、男湯の暖簾のれんを潜ろうとしたところで、リリカがストップをかけた。


「ねえねえ、剣星、一緒に入らない?」


「ばっ、お前、一緒に風呂なんて……、いや、魔族同士なら問題ないのか?」


 よくよく考えれば、俺もリリカも普段から全裸で居るようなものだ。


 今更一緒にお風呂に入るくらい、何を恥ずかしがることがあるのだろうか。


「うんうん。さあ、一緒に入ろう」


 リリカにぐいぐいと混浴の方に押し込まれた。


「楽しそうかしら。私も混浴に行こうかしら」


「楽しそうかしらじゃない。他の利用者も居るんだから、ユメミと一緒に女湯の方に入っておくんだ」


 二人の面倒は見切れないので、ニアーナの方はユメミに任せることにした。


「はーいかしら」


 ニアーナは頬を膨らませた。


 そんなやり取りを、ユメミは楽しそうに見ていた。


「新玉さんもお風呂ですか?」


 廊下の向こう側に、伊佐美の姿があった。


 伊佐美の視線は、当然俺の周囲へと流れた。


「紹介しそびれましたが、一緒に旅をしている仲間たちです」


「ああ、なるほど」


 まさかリリカたちをユニークスキルで『収蔵』していたとは夢にも思っていないようで、伊佐美は少々混乱している様子だった。


「それじゃあ、くれぐれも迷惑のないようにな」


 俺はもう一度釘を刺してから、混浴の暖簾を潜った。

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