エルフと行商人⑦

「誰と話しているんですか……?」


 いつの間にか戻ってきていた伊佐美は、首を傾げながらいった。


 ユメミは少し離れた位置で、商会の表札をまじまじと見ていた。


「ああ、独り言みたいなものです。気にしないでください」


「はあ。えっと、金貨の買い取りの件ですが、商会と方が一度会って話をしてみたいといっていました」


「ありがとうございます」


「いえいえ、そういう契約ですから」


 伊佐美が商会の出入口の方へと向かい、俺もその後に付いていく。


 ふと、ユメミが困惑した表情を浮かべて足取りが重たいことに気が付いた。


「ユメミは来ないのか?」


「ここで待っています」


「おう、わかった。なるべく早く戻ってくるよ」


 商会の建物の中へと立ち入った。


 立ち入るや否や、もう日も沈んでいるというのに、忙しなく働く人々の姿が目に飛び込んできた。


 明かりがもたらしたのは、平和だけじゃなかったんだなと、俺はしみじみ思った。


「こちらです」


 伊佐美にいわれて、俺は窓際のテーブルへと移動した。


 テーブルには既に、商会の者と思しき人物が腰掛けていた。


「あ、どうも、初めまして、石鉢いしばちと申します。本日はよろしくお願いします」


 石鉢は白髪のオールバックに白いちょび髭、丸眼鏡をかけた痩せた老人だった。


 わざわざ席を立ち、深々と頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。新玉です」


 こういうのは苦手なんだよなと思いながら、俺も最低限の挨拶を返した。


「それは生前のお名前ですか?」


「あ、はい」


 挨拶も早々に、取引の話へと移っていった。


「早速ですが、本日は金貨を売りたいということで、お越しになられたそうで」


「はい」


「その金貨を拝見させてもらっても宜しいですか?」


「こちらです」


 俺は『収蔵』から一枚の金貨を取り出した。


「ほほう、変わったスキルをお持ちのようですな」


 伊達だてに歳は重ねていない落ち着いた反応だった。


 金貨を受け取った石鉢は、何やらハイテクな装置を取り出して調べ始めた。


 昔は天秤を使って重さを量っていたのに、随分と便利になったものだ。


「うむ。間違いなく本物の金貨ですな。これであれば1枚につき銅貨220枚、もしくは銀貨11枚で買い取らせて頂きましょう。千道さんの話では、手から零れそうなほどの金貨を所有しているそうですが、いかがなさいますか?」


「それでは、全て買い取ってもらいましょう」


 俺はテーブルの上にじゃらじゃらと約150枚の金貨を取り出した。


 ちなみに、この量でも『収蔵』している金貨の山の一角である。


 魔王を倒した伝説の冒険者への手向けとはいえ、いくら何でも限度があった。


 この金貨は、手向け以外の別の思惑があったのではないかと勘ぐってしまう。




 金貨の山はいまいち実感が湧いていなかったが、1600枚以上の銀貨を手にした俺は、ようやく物凄い大金を手にしたのだと認識できた。


 商会を後にすると、歓楽街かんらくがいを通り抜け、宿場へとやって来た。


「ここです」


 伊佐美は数ある宿場の中でも一際大きな木造三階建ての旅館前で立ち止まった。


 安全な宿を紹介してもらうのも契約の一つである。


「こんな立派な宿だと、宿泊代も高いんじゃないですか?」


「案外そうでもないです。一泊で銀貨2枚です」


 生前の一ヶ月の家賃よりも高かった。


 ま、生前の家は馬小屋よりもボロい物置のような離れだったわけだが。


 生前の金銭感覚でついつい尻込みしてしまいそうになるが、俺は勇気を出して旅館に入った。


「お帰りなさいませ」


 旅館の従業員が頭を下げて出迎えてくれた。


「ただいま」


 どう対応していいのかわからなかったので、俺はそう返した。


 それを見て伊佐美がくすくすと笑っていたので、どうやら俺は何かやらかしてしまったようだ。


 俺はおっかなびっくり受付まで歩いた。


 とりあえず一番安い部屋を指定して、銀貨2枚を支払った。


 魔族の中には一つの肉体に複数の魂、意識が混在している種族も居るので、旅館は人数いくらではなく、一部屋につきいくらというシステムだった。


 食事については、メニューを注文してその都度お金を払わなければならなかった。


「千道さんもここに泊まるんですか」


「はい、予定外の収入があったので」


 伊佐美は腰のポーチをぽんぽんと触りながらいった。


「余った分は全部使っちゃうタイプですか?」


「そんなことありません。これでもきちんと貯金してます。少しですけど」


 語尾に向かうにつれて、声が小さくなっていった。

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