エルフと行商人⑥

「そこの方」


「はい」


 俺が声をかけると、女行商人は怪訝けげんな表情を浮かべて返事した。


 見ず知らずのミイラ男から声をかけられたら、そりゃ警戒もするか。


「宜しければ、こちらを買い取ってもらえませんか」


 俺は金貨を示しながらいった。


「金貨?」


「はい、300年前に使われていた金貨です」


「それが本物であれば、大変価値のある物ですね。しかし、今は手持ちはほとんどありません」


 金貨には然程興味がないといった様子だった。


 それとも、魔族とは取引しない主義だろうか。


 しかし、もう日が沈んでいるので、この人を逃すとまた野宿確定だ。


 リリカやニアーナは葉っぱや木の実があれば問題ないが、ユメミがひもじい思いをするのは可哀想だった。


「それでは、銅貨20枚でお譲りしましょう」


「銅貨20枚? 最低でも銅貨200枚はする代物ですよ。何を考えているんですか?」


 女行商人の警戒レベルはマックスに到達しようとしていた。


「残りの代金で、安全な宿と信用できる金地金商を紹介してもらえませんか」


 俺は手の平から零れんばかりの金貨を取り出した。


「あなたは一体……?」


「ただのスケル――じゃなくて、ミイラです」


 危ない危ない、設定を忘れるところだった。


 ま、本音をいうとスケルトンの自覚すらないわけだが。


「わかっていると思いますけど、商会を相手に良からぬ企みを巡らせるのはやめた方がいいですよ。彼らは取引で騙されたとなれば、地の果てまで追いかけてきますから」


 女行商人は親切心からそう忠告した。


「当然心得ています」


 商会とやらの恐ろしさはまったく理解できていなかったが、ここは真摯しんしに答えておくのがベターだろう。


「それでは、取引しましょう」


 俺の誠意が伝わったのか、それとも必死さを憐れんだのか、女行商人は手を差し出した。


「よろしくお願いします」


 俺はその小さな手を握った。


 かくして、銅貨を手に入れた俺は、タウンジョイント内に立ち入ることができた。


「改めて自己紹介しておきます。僕は千道せんどう伊佐美いさみ、一本の釘から沢山の剣まで運ぶ行商人をやっています」


 伊佐美はフードを脱いで挨拶した。


 フードの下はショートの青髪だった。


「俺は新玉剣星、今は自分探しの旅をしている感じです。こっちは相棒のユメミです」


「よろしくお願いします」


 ユメミはぺこりと頭を下げた。


「ミイラの方は多いと聞きますが、生前の記憶を持っているようですね」


「まあ、一部欠落していますが」


「それで自分探しの旅ですか」


 俺が冗談っぽくいうと、伊佐美は初めて白い歯を見せた。


「それじゃあ、先に商会の方へ行きましょうか。僕も積荷を預けたいので」


「はい」


 町中にはマナで発光する街灯が立ち並んでおり、かなり明るかった。


 戦乱の時代、マナも貴重な資源だったので、このような贅沢な使われ方はしていなかった。


 この明かりは、今が平和な時代だと象徴するものである。


 人間と魔族が初めて協力して作った町というだけあって、道行く者たちは魔族の見本市かというくらい様々な種類が居た。


「ここがタウンジョイント商会です」


 案内されたのは、木造二階建ての大きな建物だった。


「ちょっと待っていてください」


 伊佐美は愛馬を馬小屋に預け、荷車を引いて商会脇の倉庫らしき建物に入っていった。


「ねえ剣星、あの伊佐美とかいう女の人と話す時と、あたしたちと話す時の態度明らかに違わない?」


「確かにそう感じたかしら」


「当たり前だろ。俺はお願いする立場なんだぞ」


「そういう意味じゃなくて、やっぱり剣星は人間の女の子の方がいいの?」


 リリカはこちらの気持ちを探るような声色で訊いた。


 何だろうこの質問は。


「そりゃ、記憶が残っているんだから、感性は人間のままだしな。でも、伊佐美さんに対して特別な感情を抱いているとかはないからな?」


 俺は慎重にそう答えた。

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