エルフと行商人⑤
朝から降り続いていた雨は、昼過ぎにはすっかり止んでいた。
そうして、日暮れ前にどうにか森を抜け、草原の彼方、地平線に町が見えた。
「あそこが280年前、魔族と人類が協力して作った最初の町、タウンジョイントかしら」
「物知りだな。ところで、リリカは何をやっているんだ?」
リリカは人型モードになり、俺の頭部に細く切った布切れをぐるぐると巻き付けていた。
「変装、でしょうか?」
「その通り! これでどこからどう見てもミイラ男! 完璧じゃない?」
「どこが完璧なんだよ。スケルトンからミイラ男になっただけじゃないか」
満足げに頷いているリリカには悪いが、スケルトンもミイラ男も大差ないような気がした。
「今も昔もスケルトンは意思疎通が困難で、凶暴な魔族という認識かしら。一方のミイラは、魔王の支配が解けてからは友好的かしら」
「うんうん、そうそう」
「という割には、最初リリカの方から声をかけてこなかったか?」
俺はリリカと初めて出会った時のことを思い出した。
「ずっと一人で寂しかったというのもあるけど、剣星からは危険な気配を感じなかったんだもん」
「人間よりはリリカの方が見る目があるってことだな」
リリカはふふーんと鼻を鳴らした。
さて、そろそろ頃合いかな。
「ところで、ユメミはどうして追われているんだ?」
ひとまず落ち着いたところで、俺は事情を伺った。
「……きっと、私の体が目当てなんです」
ユメミは重たい口を開いた。
「なるほど、ユメミの体目当てか」
その言葉はいつまでも
やっぱり無理だ、飲み込めなかった。
「捕まると、どうなるんだ?」
「好きでもない人と無理矢理……」
その先は言葉にできない様子だった。
「剣星様、ユメミちゃんを守ってあげて欲しいかしら!」
「もう大丈夫よ、剣星が怖い追っ手を全部追っ払ってくれるんだから」
「待て待て、可哀想だとは思うけど、俺は困った人を見掛けたら放っておけないお人好しの冒険者ってわけじゃないからな!? リリカもニアーナも自分たちの目的を忘れてないよな!?」
この辺りで一回釘を刺しておかないと、今後もことある毎に人助けをする羽目になりそうだった。
「そんなの後回しでいいかしら」
「いや、ニアーナのやつは後回しにしたらダメだろ」
「やはり私が居るとご迷惑でしょうか」
「全然気にしなくていいわ。剣星は初めての女の子に意地悪をいう癖があるだけだから」
「俺にそんな性癖はない。それと、これくらいを迷惑だと思うなら、最初から匿ったりしていないからな」
「ありがとうございます」
ユメミはぺこりと頭を下げた。
それからほどなくして、タウンジョイントに到着した。
ニアーナであれば半日くらい『収蔵』できるが、ユメミを『収蔵』できるのは一日一時間が限界だった。
結果として、リリカとニアーナを『収蔵』し、ユメミには横に付いてきてもらう形となった。
「二人とも、しゃべっていてもいいけど、極力小声でな」
「了解かしら!」
「あたしたち、その辺はきっちりしてるもんねー」
「頼むからその声量でしゃべるなよ」
本当にわかっているのか、一抹の不安を覚えた。
町は高い石壁に囲われており、
ゴーレムは石と土で作った人形で、動力源はマナである。
俺の生きていた時代では専ら肉壁にしか使われていなかったが、戦乱の時代が幕を閉じ、現代ではこうした使われ方がされているようだ。
近くに寄ってみると、物凄い圧だ。
(いきなり叩き潰されたりしないよな)
「二人 なので 銅貨 20枚 を いただきます」
「銅貨20枚、なるほど、入場料みたいみたいなものか。これはまだ使えるのか?」
俺は『収蔵』から金貨1枚を取り出して渡した。
「エラー。 こちら の 金貨 は 243年前より 仕様 できなくなって おります」
「やっぱりダメか」
300年前の通貨が普通に使えるとは考えていなかった。
さて、どうしたものか。
町へ入れば、金貨を質屋にでも入れて、ある程度のまとまったお金を確保できそうなものだが。
そう立ち往生を食らっていると、パカラパカラ、ガラガラと馬車の音が聞こえていた。
振り返ると、行商人と思しき若い女がこちらに向かってきていた。
フードを被って髪を隠しているが、目鼻立ちだけで女の人だとわかった。
行商人という職業は何かと危険の付きまとうもので、300年前の世の中では女一人の行商人というものは存在していなかった。
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