エルフと行商人③

 翌朝、天気は生憎の雨模様だった。


 幸い、森の木々が天然の傘となり、直接雨に打たれることはなかった。


 時折、葉に溜まった雨水がバシャッと落ちて、その度にニアーナが「かしらっ」と可愛らしい声を上げて驚いた。


 リリカは雨の日が好きらしく、外に出てきていた。


 雨の日が好きなんて、まるでカタツムリみたいだなと思ったが、それを口に出すと確実に拗ねるので心の中に留めておいた。


「えいっ」


 などと考えていると、リリカは昨日見せてくれた人型モードで、俺の腕に組み付いてきた。


「ちょ、いきなりどうした!?」


 咄嗟のことに、俺は動揺してしまった。


「人族の男女って、こうやって歩くじゃない?」


「こういう風に歩くのは、恋仲である場合がほとんどだ」


「でも、あたしたちって魔族だから恋仲じゃなくても関係ないじゃない?」


「それだと大前提が崩れてないか?」


「あたしとだったらイヤなの?」


「嫌ってわけじゃない。ただ、森の中だとつまづいたりして危ないだろ?」


 俺はそう正論を述べて、へたれてしまった。


「うーん。それなら仕方ないわね」


 リリカは球体モードに戻って離れた。


「リリカちゃん、昨日より大きくなっていないかしら」


 ニアーナは何気なく滅多なことを口にした。


「ち、違うわよ。普段は縮んでいるだけで、これが本来の大きさなんだから!」


 リリカは慌てて弁解した。


「雨でむくんでいるわけじゃないかしら」


「ちょっと、人聞きの悪いこといわないでよ!」


「くすくす、ごめんなさいかしら」


 俺にはよくわからない女子トーク、いや、魔族トークで盛り上がった。


「そういうニアーナも、その羽衣の下はあたしよりもぷにぷにしているんじゃない? 体の大きさの割には結構沢山食べているじゃない?」


 リリカもやられっぱなしではなかった。


 すぐさま反撃に打って出た。


「そ、そんなわけないかしら!」


「怪しい。じゃあ見せてよ」


「今はダメかしら。さっき、たくさん野いちごを食べて、お腹が出ているかしら」


「いいから見せなさい!」


「きゃ、手を放すかしら! ちょっと、そこは、剣星様助けて、このままだとけがされてしまうかしら!」


(まったく、何をやっているんだか)


 リリカは触手のように伸ばした右手で器用にニアーナを縛り、左手を羽衣の下に潜り込ませていた。


 ニアーナがとても子供にも見せられないような、目のやり場に困る姿となっていた。


「二人とも、あんまりふざけていると危ないぞ」


 俺は保護者として、しっかり注意した。


 かくいう俺も二人に気を取られ、前方不注意だった。


 ザッザッザという森を駆ける足音は雨音でほとんど聞こえておらず、ドンッと何者かとぶつかった。


「きゃっ」


 慌てて視界を前側に戻すと、絶世の美少女が尻餅をついていた。


 絹のように滑らかな金色の髪、宝石のような碧い瞳、透き通るような白い肌、それに長い耳、エルフである。


 服装は俺と同じような、布切れを羽織っていた。


「ごめんなさい。追われていて――」


 エルフの美少女がこちらを見上げて硬直した。


 蛇ににらまれた蛙のようだった。


「心配しなくていい。こう見えても俺は優しいスケルトンだ」


「優しいスケルトンさん……?」


 エルフの美少女の表情が少しだけ和らいだ、ような気がした。


「追われているといっていたけど、何から逃げているんだ?」


 俺は手を差し出した。


 エルフの美少女は手を取り、立ち上がった。


「あ、えっと、怖い人たちから……。もしよろしければ、助けてもらえませんか!? お礼は、私にできることなら何でも致します!」


 エルフの美少女は両手でギュッと手を握りながらいった。


「何でも、だと……!?」


「あー、剣星がいやらしいこと考えてる」


「おい、変な言いがかりはやめろ!」


 第一印象で変態だと思われたら、一生変態が付きまとってくる。

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