エルフと行商人②

「重たいというのは、体がだるいとかそういう意味だ。そもそも『収蔵』内の物の重量は感じないからな」


 ニアーナがご立腹だったので、俺はそう弁解した。


「そういうことなら早くいうかしら。野いちごを食べ過ぎたかと思ったかしら」


 ニアーナは頬を赤く染めながら、ばつが悪そうに白状した。


「ニアーナの時だけ? 前にはそういうことはなかったの?」


「そうだな、『収蔵』そのものが重たいと感じたのは初めてだな。ま、それを言い出したら精霊族を『収蔵』したのも初めてなわけだが」


 俺自身もユニークスキル『収蔵』の特性をいまいち把握できていないのが厄介やっかいな点である。


 おまけに、膨大な量のマナを吸い上げて、生前とは比べものにならない未知の塊へと変貌へんぼうしていた。


「それじゃあ、もう一回私のことを『収蔵』してみるかしら。何かわかるかも知れないかしら」


「そんなこといって、焚火が怖いだけじゃない?」


 リリカは意地悪っぽくいった。


「それもあるかしら!」


(正直者だな)


 俺は内心でおかしくて笑ってしまった。


「とにかく、やってみるしかないよな」


 俺はニアーナを『収蔵』した。


「どうかしら?」


「やっぱり、少し重たい感じがするな」


「これはどうかしら?」


「んん、急に重たくなったぞ」


「謎は解けたかしら!」


 スピード解決。ニアーナは喜々と指を鳴らした。


「何をしたんだ?」


「私のマナを少し放出したかしら。今、この空間には剣星様のマナが満ちていて、それがよどみなく流れているかしら」


「その流れを乱したというわけか」


「そういうことかしら!」


「リリカだと何も感じなかったのはどうしてだ?」


「リリカちゃんは保有しているマナの量が少ないからかしら」


「それじゃあ、あたしはこれからも剣星の中に居ても問題ないってことね」


 リリカの言い回しに引っかかりを感じた。


「ずっと居座る気じゃないだろうな!?」


「あたしが故郷に帰るまでに決まっているでしょ。当たり前でしょ。でも、剣星が寂しくて、どうしても居て欲しいっていうなら考えなくもないわね」


「いや、故郷に帰るのを引き留めてまで居て欲しいわけないだろ」


 俺は至極真っ当な意見を述べた。


 が、この言葉がリリカの機嫌を損ねてしまった。


「ひどい、もう剣星が謝らないと、本当に故郷に帰るんだから!」


 リリカはぷりぷりと怒った。


「リリカ、何か変なものでも食べたのか? おかしいぞ?」


「剣星様は乙女心がわかっていないかしら」


 どうやらニアーナまでリリカの味方のようだ。


 何なんだ。


「ほら、リリカ、これでも食べて機嫌直せって」


 俺は人間が生でも食べられる山菜の一つ、イタドリの茎の皮を剥いてリリカに差し出した。


「そんな物くらいであたしの機嫌は、はむっ、ん~、ほどよい酸味が口いっぱいに広がって美味しい~」


 ちょろいな。


「剣星様は何も食べないのかしら?」


「そういえば、剣星が何かを食べているところを見たことがない気がするわ」


「今更かよ。どうやらスケルトンは何も食べなくても平気らしい」


「でも、食べることもできるんじゃない?」


「いや、無理だろ。だって、骨だぞ?」


 歯で噛みちぎったら、そのまま顎下から下に食べ物が落ちていくだけの、シュールな絵になるだけだ。


「物は試しにかしら」


「しょうがないな。一回だけだぞ」


 俺はイタドリを手に取ると、パクッと一口。


 不思議なことに、口の中に入れた物は顎下から落ちていかず、どこかへ消えてしまった。


 遅れて、あの懐かしい酸味が全身を包み込んだ。


 舌で味を感じているのではなく、全身で味を感じていた。


「美味い……」


「やってみて良かったかしら」


「これからは剣星の分も食料も採取しないとだね」


「そうだな」


 そんな夜の長閑な一時を過ごしていると、またあの感覚が訪れた。


 俺はスキル『風流操作・天』を会得した。


 グリフォンの『風流操作』は発生源が自分からになるが、『風流操作・天』は大気中のあらゆる場所で風を起こすことができる。


 流石は風を司る精霊族シルフのスキルである。


 その代わり、消費するマナも桁違いに多かった。


 ちょうどいい機会なので、俺はニアーナに、リリカやグリフォンのスキルを会得した時の状況も含めて、『風流操作・天』を会得したことを話した。


 つい今し方、ユニークスキル『収蔵』の特性をズバッと見破ったように、人や魔族とは違う理で生きている精霊族の知恵を借りたかった。


「わからないかしら」


 ニアーナは清々しいまでにきっぱりといった。


「でも、『収蔵』時間によってスキルを会得するのは当たっているかしら。それと、会得できないスキルもありそうかしら」


「会得できないスキルって?」


「私は他にもスキルを覚えているかしら。それを剣星様は会得していないかしら」


「ほお。ちなみにそれってどんなスキルなんだ?」


「気になる気になる」


「それは秘密かしら」


 ニアーナは顔の前で人差し指を立てながらいった。

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