シルフの森⑦

 夜通し足を動かし、シルフの森へと帰ってきた。


 やはり肉体的な疲労は感じないが、気持ち的にはどうしても慣れそうになかった。


「ほら、いわれた通りグリフォンの羽根を取ってきたぞ」


 グリフォンの羽根を差し出したが、ニアーナは受け取る素振りを見せなかった。


「その実力、しかと見届けさせてもらったかしら!」


 ニアーナは腰に手を当てて、胸を張った。


「秘宝は何なの?」


「付いてくるかしら」


 ニアーナはそういって、ひゅーんと森の濃い方へ入っていった。


「って、無視するんじゃないわよ!」


「直接見てもらった方が早いかしら」


 ニアーナは意味深なことしかいわなかった。


 何かを隠しているのは明白だった。


「グリフォンの羽根を取ってきておいてあれだが、秘宝を受け取らないって選択はあるのか?」


「秘宝を見たら、引き返せないかしら」


「やばい物なのか?」


「かなりやばいかしら。だから、剣星様にしか頼めないかしら」


(そういう風にいわれたら、断れないよな)


 シルフの森の随分と奥深いところまで案内された。


 木陰から他のシルフが、懐疑かいぎと不安の入り混じった表情で、こちらをうかがっていた。


「ねえ、危ないことに巻き込まれそうじゃない?」


 リリカはひそひそ声でいった。


 流石のリリカもそれくらいは察している様子だった。


「でもこのまま帰ったら、ずっと気になるだろ?」


「それは、そうだけど……」


「もし危なそうだったら、リリカはすぐに逃げてくれ」


 グリフォンにぶっ飛ばされて、岩肌を転がって気付いたが、今の俺は超が付くほど頑丈だ。


 ただ、俺は平気でも、リリカが危険に晒される可能性はあった。


「イヤ。あたしは剣星に故郷まで送ってもらうんだから」


「そうだったな」


 リリカの気遣いに、俺の頬は緩んでしまった。


 そうして、ニアーナに案内されてやってきたのは、小さなほこらだった。


 二つに割れた巨大な岩、その割れ目を繋ぎ止めるようにしめ縄が結ってあった。


 その祠の前には、年老いたシルフが居た。


「長老様かしら」


「ニアーナよ、そちらがこの過酷な運命を背負うことのできる冒険者様なのだな」


「森よりも優しくて、山よりも強い冒険者かしら」


「おお、ニアーナにそこまでいわせる御方か」


「え、今のたとえで伝わったのか?」


「こっちかしら」


 ニアーナはしめ縄を潜り、祠の奥へと入っていった。


 俺もそのシルフ専用ではないかというくらい狭い割れ目を、体を横にして進んだ。


 無駄な肉付きのない俺のスリムボディでなければ、通れなかっただろう。


 しばらく進むと、不自然な空間に踊り出た。


 その中央には、白い楕円形だえんけいの物が落ちていた。


「……卵?」


 卵にしてはかなり大きかった。


 リリカよりも一回り大きかった。


 俺が今まで見た中で一番大きかったのはハーピーの卵であるが、その比ではなかった。


「剣星様もきっと聞いたことがあるかしら。これは混沌龍こんとんりゅうの卵かしら」


「混沌龍? いやいや、嘘だろ?」


 混沌龍ははるかな太古、破壊の限りを尽くしたとされる最凶の生き物である。


 伝承にはそのように記されているが、実際のところは空想上の生き物だという認識だった。


「信じられないかも知れないけど、信じて欲しいかしら」


「この卵はわしが誕生するよりも前からここに在ったものじゃ」


 精霊族のシルフは、他の生き物より圧倒的に寿命が長い。


 その長老が産まれるよりも前となると、100年200百年どころの話ではなかった。


「それはそうと、どうして混沌龍の卵なんかをまつってあるんだ?」


「違うかしら。これは封印かしら。私たちのご先祖様が、この大岩を混沌龍の卵の上に落としたかしら」


「こんな大きな岩の下敷きになって、どうして卵は綺麗なままなのよ」


 リリカがもっともなツッコミを入れた。


「まだ卵でも、これは混沌龍かしら。ちょっとやそっとのことでは傷一つ付かないようにできているかしら」


「要するに、俺にこの卵を破壊して欲しいってところか?」


「破壊するのは難しいかしら。でも、かつて混沌龍は『始まりの火山』の火口に墜として倒したかしら。この卵も、孵化する前に、火口に投げ入れればいいかしら」


「それなら剣星に頼まなくても、自分たちで運んで捨ててくればいいじゃない」


 又しても的確なツッコミ、今日のリリカは冴えていた。


「混沌龍は邪悪な者を引き寄せてしまうから、私たちで無事に運べるか不安かしら。それに、私たちは火山に弱いかしら。でも、剣星様の強さとユニークスキル『収蔵』があれば、始まりの火山まで運べるかしら」


「なるほど、そういうことか。わかった、俺が運ぼう」


 俺は二つ返事で了承した。


「剣星、正気なの!?」


「これは誰かがやらないといけないことで、それがたまたま俺だっただけの話だろ?」


 世界の命運を背負い、まだ見ぬ土地へ旅に出る。


 冒険者を志す者として、これでむねおどらないはずがなかった。


「あー、もう、わかった。剣星だけじゃ不安だから、あたしも付き合ってあげるわ」


「始まりの火山までは、私がこの命に代えても必ず案内するかしら」


「二人とも、改めてよろしくな」


 こうして、シルフのニアーナも仲間に加わった。

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