シルフの森⑤

 一晩明けて、俺たちは動き出した。


 リリカはスキル『環境適応』のおかげで、凍り付かなくなっていた。


 スライム恐るべし。


 さて、グリフォンの羽を手に入れるには、まずグリフォンと出会でくわす必要があった。


「なあ、グリフォンが巣を作りそうな場所とか知ってるか?」


 俺はそれとなしに聞いてみた。


「グリフォンといっても鳥みたいなものだし、木の上とか?」


「あのな、どこに木があるんだ」


 木どころか草の一本すら生えていなかった。


「木っぽい物を探すのよ!」


「木っぽい物って……、いや、待てよ」


 グリフォンといえども、生き物である以上、ひなを育てる巣は外敵から見付からないようにするのが普通である。


 そして、霊峰ミツルギの頂上は雲を突き抜けているわけではないので、雨や雪は降ってくる。


 当然、雨風や氷雪ひょうせつが直接当たるような場所に巣は作らないはずだ。


 この山頂付近で、その条件に当てはまる場所となれば、自ずと答えは導き出される。


「あそこの岩陰が怪しいな」


 俺は数百メートル先を指差しながらいった。


「どうして?」


「俺ならあそこに巣を作るからだ」


 この俺の勘に近い推測は見事に当たっていた。


 少しり返った岩壁は荒々しく削り取られており、その内側には枯れ草が敷き詰められていた。


 枯れ草の上では、グリフォンの雛鳥がこちらを物珍しそうに見ていた。


 雛鳥といっても、既に俺よりでかかった。


 巣の周辺には、動物の骨が散らばっていた。


「剣星すごーい! 昔は学者さんだったの?」


「ま、まあ、そんなところだ」


 リリカ相手に、俺はつまらない見栄を張ってしまった。


 俺はおっかなびっくりグリフォンの巣に足を踏み入れ、お目当ての物を見付けた。


 グリフォンの羽根だ。沢山あった。


 ニアーナはグリフォンから直接羽をむしってこいと指定してきたわけではないので、これで問題はないはずだ。


 俺は落ちていた羽根から状態の良さそうな物を二枚ほど『収蔵』した。


 後はこれを届けて、シルフの秘宝とやら頂戴ちょうだいすれば、俺の冒険者として初めての依頼は完遂される。


 とにかく、長居ながいは無用だ。


 親鳥が帰ってくる前に、離脱しよう。


 そう思った直後、ぐいっとマントが引っ張られた。


 振り返ると、雛鳥が俺のマントをくわえていた。


 暇だから遊び相手になれとでも言いたいのだろうか。


「いい子だから、離してくれないか? な?」


 俺は感情たっぷりにお願いしてみたが、雛鳥には通じなかった。


 何ならさっきよりも強く引っ張ってきた。


 この時の俺は、どうしてマントを脱ぎ捨てて逃げるという単純な発想に至らなかったのだろうか。


「ぐぬぬぬ~」


 雛鳥としばしの布引ぬのびきを繰り広げた。


 その気になれば俺のことなんて簡単にひっくり返すことだってできるはずなのに、やはり遊んでいるのだ。


 すると、突然雛鳥はくちばしを放し、支えを失った俺は豪快にひっくり返った。


 雛鳥は大空に向かって、けたたましく鳴いていた。


 ようやく飽きてくれたのかと思ったが、そうではなかった。


 天高くから、巨大な影が近付いてきた。


 グリフォンの親である。


 前足で大蛇を鷲掴みにしていた。あれが本日の獲物だろう。


 グリフォンはずしんと山肌に降り立ち、息絶えた大蛇を雛鳥の前に差し出した。


 そして、俺はグリフォンと目が合った。


 いや、目が合ったと思っているのは俺だけだ。


 ぱっと見、俺はただの骨だ。


(俺はただの骨、俺はただの骨、俺はただの骨)


 俺は自分のことを巣の周辺に転がっている骨片だと思い込み、制止し続けた。


 グリフォンは違和感を覚えつつも、やはりただの骨だと思い、意識を雛の方へ戻した。


 雛鳥は大蛇の皮剥きに悪戦苦闘していたからだ。


(ふぅ、助かった。後はこのままやり過ごして、親鳥が居なくなったら逃げよう)


 グリフォンと戦うことになっても、宝刀『イカヅチ』で返り討ちにしてやるくらいの気概でニアーナの依頼を受けたが、いざ実物のグリフォンを前にするとすっかり腰が引けてしまっていた。


(いや、これは逃げじゃない。必要最小限の労力とリスクで依頼を完遂する、それこそが一流の冒険者としての資質――)


「――へくちゅん」


 リリカの可愛らしいくしゃみだった。


 グリフォンの頭が180度回り、こちらを真っ直ぐと見据えた。


「おい、リリカ、なんてタイミングでくしゃみをするんだ!」


「だって仕方ないじゃない? 生理現象なんだから」


「キョエエエエー!」


 グリフォンが奇声を発して、その鋭い爪の生えた前足で、俺の胴体をなぎ払った。

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