シルフの森④

 グリフォンは獅子ししわしを合わせたような、巨大な生き物である。


 馬を襲う習性があり、グリフォンの目撃情報があった日には、荷馬車を出せなくなるという話は聞いたことがある。


「グリフォンを討伐して欲しいではなく、羽を取ってくるだけでいいのか?」


「その通りかしら」


「ねえ剣星、この依頼を受けましょう。秘宝よ秘宝」


 リリカは秘宝という言葉に、完全に目がくらんでいた。


「ある程度危険は伴うが、それにしても報酬が大きすぎる。何か裏がありそうだな」


 俺はニアーナの双眸そうぼうを見詰めながらいった。


「裏なんてないかしらー」


 ニアーナはこちらから目を逸らし、ひゅーひゅーと口笛を吹いた。


 なんてわかりやすい。


「別に話さないなら話さないでいいけど、その場合はグリフォンの羽も取ってこないだけだからな」


 意地悪かも知れないが、これが交渉だ。


「ぐぬぬ、ずるいかしら~」


「だったら、正直に話すんだな」


 優位に立ったので、俺は上からいった。


「いいから取ってくるかしらー!」


 ニアーナは方位磁針を指差しながら叫んだ。


 すると、方位磁針の針は独楽こまのようにくるくると回り出した。


「ちょ、ずるいぞ!」


 まさかいきなり実力行使してくるとは。


 方位磁針の針を操られたら、一生シルフの森をさ迷うことになってしまう。


「とにかく、グリフォンの羽も取ってこられないようなら、秘宝は任せられないということかしら!」


「秘宝を任せる。なるほど、俺の実力を測りたいというわけか」


 俺は俄然がぜん乗り気だった。


 こういうイベントを、心のどこかで待ち望んでいたからだ。


 俺だって学生の頃は、冒険者になって、仲間を作って、世界中を旅して、強敵を倒して、英雄になる夢を見ていたものだ。


「ふっふっふ~、あたしの隠していた実力を見せる時がきたようね」


「リリカちゃんには期待していないかしら」


「ちょっとは期待しなさいよ!」


「いいだろう。グリフォンの羽くらいささっと取ってきてやる」


 がらにもなく、俺はそう息巻いた。




 グリフォンは頂上に居るということなので、とりあえず登山を開始した。


「リリカはシルフの森で待っていたって良かったんだぞ」


「剣星一人だと不安だから、仕方なく付いていってあげるんだから」


 リリカは『収蔵』の中からいった。


「そりゃどうも」


 ま、俺のことを気にかけてくれているのは本当だろう。


 道草を食うのも程々に、二日目には頂上が拝める地点まで到達した。


 周囲からはすっかり緑が消え、鈍色にびいろの岩肌が剥き出しになっていた。


 空を漂う雲が随分と近く感じられる。


 所々に雪も残っている。


「結構寒くなってきたな。骨だからあまり影響はなさそうだが」


 寒さで筋肉が硬直するということもなかった。


「今夜はこの辺りに泊まって、グリフォンの巣探しは日の出からにするか」


「焚火は目立ちそうだけど、作った方がいいか?」


 リリカにしゃべりかけているのに、一向に返事が返ってこなかった。


 眠っているのか。


 いや、眠るにしてはまだ早い。


 怒っているのか。


 いや、怒らせるようなことをいった記憶はない。


「リリカ?」


 俺はリリカを『収蔵』から取り出した。


 すると、ゴトンと漬物石を置いたような音と共に、氷付けになったリリカが出てきた。


「ちょ、リリカ、大丈夫か!?」


「……」


 返事がない。ただの氷付けのスライムのようだ。


 俺は慌てて火を起こし、焚火でリリカを暖めた。


 しばらくすると、見かけ上、リリカの解凍は成功した。


「リリカ、生きてるか?」


「全然平気よ!」


 とりあえず生きているようだ。良かった。


「凍るくらい寒かったなら、凍っちゃうかもっていってくれよ」


「このくらいの寒さなら、放っておいてもスキル『環境適応』でどうとでもなるわ」


「そういうことは先に教えてくれ」


「ふふん、心配してくれたんだ」


 リリカはこちらの顔色をうかがいながらニマニマした。


「してない」


 俺はそっけなくいった。


「もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?」


「大丈夫なら焚火は消していいんだな?」


「えー、まだ眠たくないんだけど」


「じゃあ、おやすみ」


「ぶー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る