シルフの森②

 スケルトンの体は思いのほか、便利だった。


 生き物が睡眠を必要とするのは、脳を休めるためといわれているが、俺の脳みそは空っぽだった。


 つまり、俺に睡眠は必要なかった。


 さらに、筋肉も内臓もないので、肉体的な疲労は一切感じなかった。


 動こうと思えば、二十四時間動き続けることができた。


 でも、気分的に疲れるので、夜はちゃんと休むことにした。


 どうなっているのかわからないが、ちゃんと眠ることもできた。


 そもそも、墓荒らしに起こされるまでは、ずっと眠っていたわけだし。


 初日は山を下り、鬱蒼うっそうとした森の中で一夜を過ごすこととなった。


 別にだんを取るわけでも、食事を作るわけでもなかったが、焚火を作った。


 焚火を見て落ち着くのは、心が人のままだからだろうか。


 墓荒らしの落とし物の中にナイフがあったので、火起こしは苦労しなかった。


 乾燥した木片と木の枝で火きりうすと火きりきねを作り、火を起こした。


 この程度のサバイバル技術は、十五年間の極貧生活で自然と身に付いていた。


「すごーい! どんなスキルを使ったの?」


「特別なスキルを使ったわけじゃない。焚火を作るのがそんなに面白かったのか?」


「うんうん」


「それじゃあ、明日は説明しながら作るよ」


「やったー!」




 翌日は日の出と共に出発した。


「ねえ、あのぐるぐるしている草は何?」


「ぜんまいのことか?」


「採って採って! 食べてみたい!」


 こんな感じに、リリカは好奇心こうきしん旺盛おうせいな子供のようで、文字通り何度も道草を食った。


 かくいう俺も薬草を採取してしまい、当初想定していた行路の半分も進むことができなかった。


 ま、急いでいるわけでもないし、別にいいか。


 ちょっとうるさいけど、リリカと一緒なら退屈もしないし。


「うえー、何かえぐみがあるかも」


「苔を生で食べてたくせに、ぜんまいは無理なのか」


「苔って意外と癖がなくて食べやすいんだから!」


「ぜんまいもきちんと調理すれば、めちゃめちゃ美味いぞ」


「食べたい! 作って作って!」


「今は道具がなくて無理だけど、機会があれば作ってやるよ」


「わーい!」


 二日目も、鬱蒼とした森の中で寝泊まりすることとなった。


 約束していたので、ナイフ一本でできる簡単火起こしをリリカに伝授することにした。


「こうやって木の皮を剥いて、置いたときになるべく平行になるように削るんだ」


「こう?」


「そう、そんな感じだ。それで、木の枝は先端だけ皮を剥くんだ」


「これは簡単ね」


「初めてにしては上出来だな」


 俺はそう褒めながら、内心でリリカの持っている木材がびちょびちょで湿気しけてしまっているので、火は起こせないなと苦笑いした。




 異変が起きたのは、三日目だった。


 いや、異変に気付いたのが三日目だったと言い直すべきだろう。


 森を進んでいると、少し開けた場所に出た。


「ねえ、これ昨日の焚火跡じゃない?」


「ああ」


「同じところをぐるっと回ってきたってこと? 道に迷ったの?」


「道には、リリカと会った時から迷っていた」


「え、そこから!?」


「ただ、俺はずっと方位ほうい磁針じしんを見ながら進んでいたから、同じ場所に帰ってくるのは不自然だ」


 この方位磁針は、墓荒らしの荷物の中にあった物である。


「ちょっと、怖いこといわないでよ!」


 今、方位磁針の針は、くるくると回っては止まってを繰り返していた。


 何者かがこちらの会話を盗み聞き、ネタばらしをしているようだった。


「心配するな、目星は付いている」


 俺は足元の石ころを拾い上げると、それを人差し指一本で真後ろに投げた。


「――あだっ!?」


 俺の投石は、この悪戯いたずらの犯人を撃ち落とした。


「少し集中すれば、俺は全方位を見渡すことができる。隠れん坊はお仕舞いだ」


 俺は振り返りながら自慢げにいった。


 この怪奇現象を引き起こしていたのは、風の妖精シルフである。


 大きさは俺の膝下くらい。全体的に緑がかった容姿をしており、ひらひらとした羽衣を身に纏っていた。


 また、その背には透明の羽が生えていた。


「わー、妖精族なんて初めて見たかも! 小さくてかわいい!」


 リリカは興奮気味にいった。


 身長だけなら変わらなかったが、体積はリリカの方が数倍大きかった。

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