第二章

シルフの森①

 山を下り始めてすぐにスライムはしゃべりかけてきた。


「ねえねえ、これからしばらく一緒に居るわけだし、いつまでも君って呼ぶのも寂しくない?」


「名前のことか? 俺は新玉剣星だ」


「へー、剣星っていうのね。かっこいいじゃない」


「俺の名前に聞き覚えは?」


 ダメ元で聞いてみた。


「ん? あるわけないじゃない?」


 何おかしなことを聞いているのかという感じだった。


「だよな。それよりそっちの名前は?」


「あたしはリリカよ」


「リリカだな、了解」


 人の名前を覚えるのが苦手な俺でも、三文字であれば大丈夫だ。


「というか、この辺はまだ乾燥地帯じゃないんだから、自分の足で歩いたらどうだ?」


「まあまあ、そんな骨みたいに硬いこといわずにさ」


「全然上手くないからな!?」


 居心地がいいのか、リリカは『収蔵』の中から出ていくつもりはないようだ。


「ところで、このぼろ切れは大事な物なの? 体にも巻いてるみたいだけど」


「おい、だから勝手に『収蔵』してある物に触るなって! それは俺を起こした墓荒らしの落とし物だ」


「じゃあもらってもいいよね?」


「まあ、いいけど」


 特に使い道を思い付いて『収蔵』した物ではなかったので、リリカに渡しても問題はなかった。


 それからしばらくの間、リリカはごそごそと作業した。


 何をしているのかまではわからないのが、何とももどかしかった。


 ま、これでしばらく大人しくなってくれるならそれでいいか。


 そう思ったのもつかの間、リリカは突然大きな声を出した。


「できた!」


「いきなり叫ぶな、びっくりして頭が落ちそうになったぞ! それで、何ができたって?」


「これ」


 俺の口が無理矢理こじ開けられ、ずるずると布切れが出てきた。


 出てきた布を広げてみると、フードの形をしていた。


 布で作った紐で、布と布を上手に繋ぎ合わせてあった。


「ほう。道具も使わずに器用だな」


「ふふーん。これがあたしのスキル『形態変化』の力よ」


 リリカがそう自慢げにいった瞬間、俺は唐突とうとつにこの世界のことわりの一つを理解した。


『形態変化』は全てのスライムが生まれ付き持っているもので、体の形を自由自在に変えることができる。


 体の大きさも変えられるが、基本的には元の大きさが基準となる。


 不思議なことに、俺はスキル『形態変化』を会得していた。


 まだ一度も使っていないが、使わなくても使える確信があった。


 そして、スライムの持つもう一つのスキル『環境適応』も会得していた。


『環境適応』はその土壌どじょう、食べ物、気候、空気に合わせて肉体を作り替える力である。


 スライムが世界中のどこにでも生息できている理由である。


 ただし、このスケスケの骨の体で役に立つスキルかどうかはわからない。


「ねえ、黙っちゃって、どうしたの?」


「いや、少し考えごとをしていてな」


 俺も『形態変化』を使えるようになったといったら、リリカはさぞねるに違いないので、いわないでおこう。


「早く被ってみてよ!」


 俺はフードを被った。


 うん、悪くない。


 元々目で視界を確保していたわけではないので、視界がさえぎられることもなかった。


「よいしょっと。おー、いい眺め」


 リリカは俺の眼窩がんかから外を見渡しながらいった。


 スケルトンの死んだ表情に、少しだけ感情が戻ったように見えるのが可笑おかしかった。


「あたしも人の姿になれば、こんな景色を見られるんだ」


 リリカは羨望せんぼうを含んだ声でいった。


「俺より俺の体に詳しくなっていないか?」


「そんなわけないでしょ」


「『収蔵』の中ってどんな感じなんだ?」


 俺は何気なく聞いてみた。


 こんな機会でもなければ、死ぬまで知ることはないだろう。


「うーん、全体が濃霧のうむおおわれているみたい。でも、視界が悪いってわけじゃないから不思議な感じかも」


漠然ばくぜんとだがイメージできるようなできないような」


「あと大きな扉があるんだけど、あれはどこに繋がっているの?」


「扉……?」


 俺は『収蔵』の中に意識を向けてみるが、そのようなものは感じ取れなかった。


「その前まで行くことはできるか?」


「うん、多分」


 リリカはぺっちょぺっちょと移動し、やがて俺の認識できる範囲外に行ってしまった。


「リリカストップ! 大体わかったから戻ってこい!」


 これ以上は嫌な予感がしたので、リリカを呼び戻した。


 触らぬ神に何とやらだ。

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