第100話 光秀からの贈り物、そんなモノは要らん!
〔永禄5年(1562年)4月1日~8日〕
謀反そのものより後始末が大変だったからだ。
大人しく
また、騙された
そして、その場から逃げた者だけが牢獄行きとなった。
そこで白状した記録は調書の数にして800枚を越える超大作であった。
取り調べを見聞していた
「太閤殿下、一大事でございます」
・
・
・
「兄上 (信長)と相談し、其方が必要と思う処置を直ちに行え」
「承知致しました」
『廊下を走らない』
という御所の規則を破っている事にも気づかない程に彼は焦っていた。
責任者の兄上 (信長)と
もちろん、俺も朝廷と幕府を行き来する毎日で忙しかった。
但し、昼寝と就寝時間は確保した。
こんな『天下の茶番』で、貴重な睡眠時間を削られて堪るか。
(※.茶番:茶番劇の略、下手な役者が手近な物を用いて滑稽な寸劇や話芸を演じるもののこと)
巻き込まれた者は迷惑だった。
俺はそう思わずにいられない。
◇◇◇
この本番は、事変が終わった翌日の夜から始まった。
兄上 (信長)に命じられて、
入道前左大臣
大納言
大納言
新大納言
式部大輔
源中納言
三位少将
例え、この連判状の相互互助の約束だったとしても
死罪や島流しにすれば後々に遺恨となり、織田家を支えてくれる近衛家や久我家に近い方がいるので尚更であった。
よくよく考えれば、
親戚の好で署名したのだろう。
兄上 (信長)は頭を抱え、
俺も日も昇らぬ内に叩き起こされて参内する羽目になった。
帝に訴状が上がり、公家の取り調べの許可を貰うと各々の公家の屋敷にも兵が差し向けられた。
こうして『眠らぬ7日間』が始まった。
昼夜に関係なく、役人が西へ東へと移動しては謀反人を捕縛しては取り調べが行われた。
謀反人と取引をしていたと言うだけで商家もいつ呼び出されるか判らない。
酒場で、長屋で、突然に取り締まり劇が起こる。
「父ちゃん、父ちゃん、父ちゃんを放せ」
「大丈夫だ。すぐに帰って来る」
「貴方!?」
「俺は関わっていない」
捕らえられた者は助かりたい一心に嘘八百を述べた。
その度に、無関係な人を取り調べる。
とにかく罪人は少しでも罪を軽くしようと誰かに罪を着せようとする躍起になった。
屋敷に川魚を下ろしていただけで密偵として捕らえられた者もいた。
大店の
京の町衆は戦々恐々の7日間を過ごしたと言う。
まぁ、7日間が過ぎても取り調べが終わった訳ではなく、ただ大物の処理が終わったというだけだ。
むしろ、地方の騒ぎはこれから本番を迎える事になる。
それから3ヶ月も同じような日々が続くなど誰が考えただろうか?
すべて
◇◇◇
事の始まりを予感したのは、当日の夕方だった。
帰蝶義姉上の説教が終わり、兄上 (信長)は政務所に向かった。
兄上 (信長)の代わりに俺が帰蝶義姉上を客間に案内している廊下で、
帰蝶義姉上の客部屋で話を聞く事になった。
「
それは承知していた。
現実的でない謀反などする訳もない。
大和守護代を取り上げないならば、悪さをする事もないと信じていた。
俺も甘かった。
人の心には魔が差すらしい。
「太閤殿下様は各分野に手を出されませんでしたが、執権様はその禁を破りました。もちろん、謀反など企んでおりません。
「理由があるのだな」
「申し訳ございません」
兄上 (信長)は茶器を土地代わりの褒美としてしか考えておらず、茶道を知るつもりもない。
兄上 (信長)は茶器の価値が上がれば良く、茶器の価値は
価値が上がった茶器を褒美として与える。
また、兄上 (信長)は自らの権威を上げる為に高価な茶器をかき集めた。
「俺も茶の事はよく判らんぞ」
「太閤殿下様は知らぬと言うことをお知りでございます。しかも名器を造る為に釜師の育成にも尽力されておりました」
「兄上 (信長)も同じと思うが?」
「いいえ、茶の道を土足で穢したのでございます。ですが、迂闊にも
殺伐とした戦国の世において、
あらゆる欲をそぎ落としたのが茶の世界だ。
名器を集めるのは、それをより楽しむ為であって物欲ではない。
兄上 (信長)は物欲で茶器を穢した。
自らの権威を高める為に
あちゃ、帰蝶義姉上が額に手を当てた。
そして、
大人だ。
また、兄上 (信長)は叱られる事が増えた。
ともかく、政権交代という誘惑は断った事で終わったと安心していた。
が、自らの野心は
この本能寺の大芝居を見せられて、
「それほど殿 (信長)が嫌ならば、太閤殿下に付いて行けば良いのではないですか?」
帰蝶義姉上が素朴にそう質問すると、
その顔が
三万石を兄上 (信長)から賜った
断られると思っていなかったので、大広間の皆がいる前で聞いてしまった。
俺の失敗だった。
ともかく、俺に恥を掻かせた罪で一万石に減俸させられて幕府の役職も失ったが、九州に行かされるくらいならばと本人も納得している。
こちらは
その
とにかく、処分は後回しだと思った。
切腹などの厳しい沙汰を出さない事を約束して帰らせた。
俺は
「
「先ほど、千代と
「報告ですか?」
「
「確かに彼は反織田派と思われていましたね」
「我々は真意を知っていましたが・・・・・・・・・・・・」
「ええ、もちろん。加えて
「新公方を支え、足利家を再興すると言えば聞こえが良く。また、幕府への反抗にもなりません」
「公方を支えるのは家臣として当然です」
「その立場を巧く利用していたのです。報告に上がった関係者を数え直すと、三千人を越えております」
「三千ですか!?」
「その内、何人に反織田派の烙印を押しているかは判りませんが、考えるだけ頭が痛い」
こうして予想通りに、食事を終えて床に入ろうかとした頃に
「太閤殿下、一大事でございます」
俺を寝着の上を羽織って面会した。
俺は説明を遮って結論だけを聞いた。
「で、檄文を送った数は何通だ?」
「
「そんなに送っておったか」
365通、一年の暦じゃないぞ。
筆公方もびっくりの数だった。
とても一日で書ける量ではなく、あらかじめ用意して日付のみ書き足して送らせたと言う。
遅くなった原因が聴取に時間が掛かった為であり、超大作の調書数は800枚余だ。
幕府転覆の協力者の数を聞いて驚いた。
「今回の謀反に協力した者の数は1,327人に上ります」
「1,327人だと?」
「目標、1,327人の捕縛でございます」
阿呆か、『目標、1,327店』の薬局屋じゃないぞ。
送った手紙も捕縛する容疑者も畿内だけではなく、中国、四国から東北まで及ぶ。
すべての活動許可を与え、後はまる投げにした。
「兄上 (信長)と相談し、其方が必要と思う処置を直ちに行え」
「承知致しました」
公家もいると言うので、取り調べの為に翌日にも帝に訴状すると言う。
明日は一番に御所に向かう事になった。
この事件の背景には、様々な陰謀があり、
もちろん、中には嘘八百のねつ造が含まれた。
幕府に上がった報告を巧く歪曲して謀反人に仕立てていた者もいた。
俺は忍びから実情を知っている。
だが、知らぬ者が聞けば、真実のようにも聞こえるのが怖い。
ねつ造を否定するのは簡単だ。
だが、その場合は幕府への虚偽の報告がなされている事で罰せられる。
どちらを選択しても当人の影響力は激減する。
また、危険な野心家の名を残していた。
その者と面会し、その場で新幕府を設立した暁には協力を惜しまないと約束を頂いたと供述し、その証拠として日記に書き残してあると言う。
日記は証拠という程のモノではないが、それで信憑性が上がる。
報告書にあったあの妄想日記をどう使うつもりかと思っていたが、こういう事件が起これば、それを利用するのは途中から読めていた。
当事者がそんな事を言っていないと反論しても、それを証明するモノもない。
余人を交えずに会った事で、密室会談が成立していた。
知恵者ほど、すぐにそれに気づく。
中立的な第三者を同席させるべきだったと後悔してももう遅い。
顔面蒼白にして俺に会いに来るのも頷ける。
黙っていれば、間違いなく何らかの処分を受ける。
だがしかし、三文芝居を見た
何も知らされず、檄文を受け取り、その数日後に幕府から査問官がやって来られる者は堪ったモノではない。
嫌疑を晴らす暇がない。
してヤラれたと諦めるしかない。
家臣ならば、隠居か、
真実を訴えて切腹する者がいるかもしれない。
こうして反織田派、熱烈な親信長派、同じく、過激な親信照派が姿を消す事になる。
これは公家も例外でなかった。
それどころか、公家は謀略が得意だ。
別件の謀略が暴露される。
もう隠しようもなく、
昔、『春を待つ』(新しい帝の誕生を待つ)と歌を詠んだだけで、謀反の疑いを掛けられて誅殺された歴史を持つ朝廷である。
歌や手紙の裏読みはお手の物だ。
放置しても互いに貶め合う。
従三位中納言より下がまた酷く、芋づる式に関与が明らかになる。
傷が浅い内に殿上から去るしかなかった。
反織田派と熱烈な親信長派が排斥されると、今度は過激な親信照派のやり方も咎められた。
隠居、出仕停止の処罰者を出した。
その責を感じて、
居づらい、分不相応というのが本音だ。
隠居の
弟 (
次期、左大臣にする予定だった話もご破算だ。
幼い幼児の公方室町殿は関白の儘だ?
幼児なので空席と同じだ。
実質の関白は太政大臣
まとめ役が居なくなった。
俺に復帰を求められたが、それを断ったので
これは少し朗報だった。
お栄の夫である
右近衛大将に昇進したばかりだったのに、左近衛大将、大納言、内大臣を飛ばした。
いずれは、左大臣、太政大臣だ。
左大臣は、大納言になっていた
権中納言だった
近衛家は穴を埋める為に義兄の
下手に藪を突くと、
其れ処か、夏には空席の右近衛大将を兼任させる事も取り付けられた。
そこから大納言、内大臣と昇進し、
摂政、左大臣、右大臣を近衛家に近い者で独占すると体裁が悪い。
朝廷は大混乱だ。
当事者、関係者、自責の念でほとんど空席となった。
殿上人の8割が入れ替った。
これは『乱』に次ぐ大事件であり、『本能寺の変』と呼ばれる事になったのだ。
◇◇◇
切腹など大逆人にふさわしくないと
本人の望みが叶い、三条河原で『打ち首』と決まった。
『順逆二門に無し
大道心源に徹す
五十年の夢
覚め来れば
一元に帰す』
(※.元の句は『五十五年の夢』です。ご容赦下さい)
信長を討とうとしたが、これは逆順 (下剋上)ではない。
我は大道 (土岐家の家系)であり、我こそが心源 (源氏)である。
人間五十年、(何にせよ)夢から覚めれば、(胡蝶の夢の如く)消えてしまう。
見事な大悪党として散って逝った。
だが、朝廷と幕府の一部の者と聡い知恵者には、違う意味に聞こえるらしい。
忠臣一人の命で反逆者の芽をすべて狩り取った。
時世の句はそう語っている。
(命令に従って行ったので)順逆の二門を逆にしていない。
すべては主の御心に従ったまでだ。
人間五十年を捧げた。
次に目が覚めれば、
熱田明神様の元に集っている事だろう。
この茶番はすべて俺の謀略と思われている。
若い公家衆と幕閣の者らは、俺を恐れて腫れ物に触るような気遣いが痛い。
京の空気が重くなった気がした。
忠臣というより、命も要らぬという狂信だ。
それで俺が喜ぶとでも思っているのか?
馬鹿らしい。
命の供物、そんなモノは要らん!
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