第75話 天山麓の戦い(2)
(永禄5年 (1562年)2月中旬)
永禄の変以前の
資金と武器を支援してくれたキリスト教の教会を労って、
また、宣教師らは長い戦で傷ついた者や被災民の為に野戦病院や炊き出しを行っていたので領民はキリスト教に好感を持ち、領主様の命令でキリシタンの数が爆発的に増えたのだ。
こうなると周辺のキリシタンの不遇が伝わり、彼らを救済しようという機運が高まった。
平戸ではキリシタンと仏教徒が争っており、
キリシタンの悲惨な状況を聞いた民衆は救済の声を上げ、その声を聞いた家臣らもその気になった。
このような機会を見逃すような
龍造寺十字軍であった。
龍造寺十字軍はキリシタンの拠点である
外から
そして、
宣教師らは『聖地奪還だ』と賛美した。
こうなると宣教師らが
次に
天文21年 (1552年)に有馬家の家督は
これに
仲裁という名の恫喝が
もちろん、有馬家の家臣団は激怒した。
有馬家の支配下であった
肥前の支配者が誰かをはっきりさせる決戦が起こった。
まず、
これが『
決戦が始まると大村家の家督相続に不満を持っていた
雪崩れ込むより先に
ともかく、この大勝利で
ただ、
実際は教会名義のポルトガル商人への借財であった。
幕府が乗り込んでくると毛利家への賠償金を請求されて、その一部は名護屋地域を割譲する事で補ったが、借財で
フランシスコ・カブラル司祭の誘いは一発逆転の狼煙だった。
幕府が勝てば、南蛮人が追放されて借財は帳消しになる。
イスパニアが勝てば、九州王となった
勝っても負けても損はないと思っているとキリシタンの旗頭に持ち上げられて、賊軍にされた。
加えて再び名護屋に捕えられているキリシタンの『同胞を助けよ』という機運が領内に上がったのだ。
『同胞を助けよ。名護屋を解放するぞ』
ざっと5,000人の熱烈なキリシタンらが従軍する為に
それに続けと家臣らや兵が集まって来る。
「
「畏まりました」
「
「承知」
「
「承知致しました。
◇◇◇
幕府に
秀吉らは密かに準備を進め、奉公衆らは評定の間で無駄に慌てた。
さて、
この街道は延べ10里 (40km)しかない。
強行すれば、1日で抜ける事もできた。
しかし、敵の将である
両城とも
また、平戸と伊万里の松浦党が兵5,000人余りで平戸街道を上がって唐津に攻めてくると伝わっていた。
合わせれば、
これに奉公衆らは大いに慌てたのだ。
「義輝様、最早猶予はありません。
「名護屋に残っている兵はわずかでございます」
「時間を稼ぐのが上策でございます」
「彼らが戻ってくれば、数でこちらは上回ります」
幕府は動員できる数は意外と少ない。
隔離した2万人の土方達を監視する為に残す兵、各屋敷や砦にも兵を残さねばならない。
帰蝶黒鍬衆 (スコップマン)などの各種の技術指導者らも5,000人近くいるが、秀吉と長秀は兵として使うつもりはないと拒絶した。
また、唐津の詰所や関所の兵も動かすつもりもなかった。
奉公衆らの手勢1,200人、秀吉と長秀が連れてきた兵3,000人と追加の2,000人、毛利家の3,000人と薩摩勢1,800人の延べ1万1千人であった。
これに東松浦郡の領主達がキリシタンの隔離を終えて兵を再編すれば、1万人近い兵を動員でき、山内二十六ヶ山の
すべてを合わせれば、
「織田水軍に千人は残して貰わねば、海戦になった時に困るだ」
「名護屋と唐津にも遊撃の兵として、各2,000人は必要ですな」
「秀吉殿、長秀殿、今はそれを言う時ですが、むしろ水兵や砦の兵を割いて、兵を増やすかを論じる時でしょう」
「駄目なモノは駄目だ」
「モノには順序がございます」
「話を聞いておらんのか?」
奉公衆らは一気に秀吉と長秀を責めるが柳に風と聞き流された。
右筆目付役の
秀吉と長秀は狭い谷間で敵の届かない所から攻撃できる迫撃砲があるだけで安心できた。
勝敗は兵数でない事を体験しており、兵の少ない事は気にならなかった。
むしろ、不安は輝ノ介とお市だったのだ。
二人が大人しく自分達の指示に従ってくれるのか?
お市の暴走を知る秀吉は心の中で「光秀め、余計な事をしただ」とめっちゃ悩んでいた。
指揮権が輝ノ介 (義輝)に移った。
だが、軍権は秀吉に残っており、防備も含めた名護屋・唐津の人事権は長秀にあった。
輝ノ介に命じて貰おうと奉公衆らが粘るが、奉公衆らに輝ノ介を捌き切れる訳もない。
ズバリと兵数を聞くだけであった。
「いくら連れて行ける?」
「鉄砲隊として織田家直属と毛利家より各五百人を用意し、主力に同じく輝ノ介配下を含む直属を千人。遊撃に毛利家と薩摩家より各五百人。援護の迫撃砲五十丁に五百人ですな」
「補給部隊は別に用意しますだ」
輝ノ介の配下と聞いてニヤリと笑った。
到着が遅れていた重装騎馬隊の五百騎の事だ。
馬の世話人や武具の手入れなどの下僕らを含めると大所帯で名護屋に押し寄せた。
馬は馬体が大きく、食べる牧草も半端ない。
牧草地帯の確保などで長秀を大いに困らせてくれた部隊だ。
「迫撃砲はいらん。あれは足が遅い」
「輝ノ介様、拠点防衛では絶大な威力を発揮致します」
「ならば、唐津の防衛に回しておけ」
「しかし、輝ノ介様」
「諄い」
「承知致しました」
「敵の
「か、畏まりましただ」
「義輝様、我らをどうすればよろしいのでしょうか?」
「付いて来たければ、付いて来い」
そう言うと輝ノ介は評定の間を後にした。
ここで付いて行かなければ奉公衆の意義を失うが、
だが、輝ノ介はそこまで優しくない。
そんな思惑を無視して、
目と鼻の先だ。
明日にでも来訪が伝わって、幕府軍は名護屋から
可能ならば、幕府軍が来るまでに
そこで
注意すべきは
無理でも鬼子岳城を平戸松浦党と東西を挟んで攻め上り、幕府軍を翻弄できると考えた。
だがしかし、その思惑は外れる。
なぜならば、夕暮れに
翌日、太陽がまったく上がらない闇夜に
すると、斥候隊が
驚いていたのは味方の
まさか、馬車一台が通れるように整備させられた街道を夜に走ってくるなど考えもしなかった。
「なんだ、攻めて来んのか」
「輝ノ介様、こちらも兵馬共に疲れておりますだ。今、攻められたら総崩れになるかもしれませんだ」
「皆、ダラしないのじゃ」
「まったくだ。夜通し走り詰めた訳でもあるまい。一刻も休めば、元に戻るであろう」
「これくらいでバテるのは鍛え方が足りないのじゃ」
「今度、鍛え直してやろう」
秀吉は二人の超人に呆れた。
小一郎の機転で使者を先行させて街道の脇に松明を持った村人を立たせ、名護屋から
そのお蔭で夜中の内に到着できたが、疲れた兵の回復に交代で仮眠を取らせている最中だった。
起きていた者はまだ疲れも取れずに目を擦り、寝ている者はぐっすりと熟睡していた。
朝までに後続の補給部隊が到着する予定だ。
いずれにしろ、それまで弾薬や火薬などの予備がなく、鉄砲隊も持参している弾は100発のみ、歩兵も矢を通さない大盾がない。
秀吉と一緒に戦った兵らは死ぬ時は死ぬと腹を据えて仮眠に取った。
慣れた者ほど短い時間でも熟睡できる。
真面に戦えるのは馬で移動した将と輝ノ介の重装騎馬隊くらいだった。
また、武将も眠たいのは同じだ。
馬も疲れていると思うが文句も言わず、その辺の草をむしゃくしゃと食べていた。
お市が乗ってきた
“お二人は走っておられないだろう”
秀吉には聞き耳を立てていた兵がそんな声を出しているような気がした。
皆、
幕府軍に物資が届き、一斉に動き出した。
やっと軍を前に進める事ができるようになったと秀吉は胸を撫で下ろした。
東の空が少し明るくなってきた。
一方、斥候隊が戻って来て幕府軍を見つけたと聞いて
落ち着いた素振りで指示を出し直した。
街道は通り易くなったが、周辺まで整備された訳ではない。
狭い場所は狭い儘だ。
狭い谷間は川が寄ってくると非常に通り難い箇所が何か所かあった。
下の谷から下の原に抜ける辺りがそんな場所であった。
狭い街道を抜けて出て来た幕府軍を三方から鉄砲と弓で集中砲火を浴びさせようと言う訳だ。
廃れて壊された長部田
(JR唐津線と相知厳木線が平行して走っております。最寄駅はJR相知を川沿いに逆昇ります)
冬場で水量が減っている厳木川であったが、深い所は腰より高く渡河するのは難しい。
できない訳ではないが、一度渡河して湯屋に渡り、氷のように冷たい川水を浴びた兵をもう一度も渡河させて戻るのは難しい。
「
「確かに川の水は冷たそうなのじゃ」
「
「ならば、鉄砲隊のみ渡らせるか?」
「そうなりますと
「それは面倒なのじゃ」
「そもそも渡る必要もございません」
鉄砲衆は前に出した大盾の間から敵を狙った。
敵との距離は200間 (363m)も離れており、敵の火縄銃の射程距離にまだ入っていない。
抱っこ紐(吊り紐)を使った投石でも届かない。
偶に投石紐で届かす天才がいるが、普通は届かせない距離の先から射撃が始まった。
『放つのだ』
ダダダダダダダダダダァ!
織田家の鉄砲隊が一斉に火の手を上げる。
カチャ、一発撃つと後ろを開いて
そして、狙って弾を撃つ。
ダァ、ダダダァ、ダン、ダダダダダァ、ダン!
綺麗な一斉発射は最初だけで、後は思い思いに狙いを定めて撃っていた。
一発必中ではなく、蜂の巣のように盾を貫いて兵に風穴を作ってゆく。
敵の武将が「盾を二重にしろ」とか叫んで兵が下がらぬように声を荒げていた。
「ふふふ、敵が蟻のように倒れてゆくな」
「凄いのじゃ」
「これが本当の織田家の鉄砲隊か。おらも初めて見ただ」
「魯兄者はこんな凄い鉄砲を作っていたのかや」
「この鉄砲があれば、どんなに楽に戦えただか」
信照と一緒に居た輝ノ介と
500丁の鉄砲隊が膝打ち・立ち撃ち・台座上と三列に並んで撃ち続ける。
火薬を入れる作業もなく、火縄銃と比べると連射と言って良いほどの速さだった。
しかも撃った後に黒い煙で視界が見えなくならない。
毛利家や薩摩家の者は自分達が持つ鉄砲がおもちゃだと知らされた。
「何故、幕府の弾が届くのか?」
「同じ鉄砲ではないか?」
「幕府の鉄砲は化け物だ」
遂に耐えきれずに敵の前衛が崩れた。
『我に続け!』
輝ノ介の声が陣内に響いた。
重装騎馬隊が突撃を開始した。
「撃ち方~、止めだ」
秀吉が慌てて鉄砲隊を止める。
横から鉄砲隊を追い越して輝ノ介の重装騎馬隊が走り抜ける。
予定にない突撃に秀吉は慌てた。
忍者と別動隊が山を越えて、火薬玉を投げ入れてから突撃するハズであった。
山の方では別動隊が陣地争いをしている最中だった。
輝ノ介は山側からの援護必要なしと判断した。
「ならば、わらわも行くのじゃ」
「お市様、お止め下さい。狭い場所ではお命の保証ができません」
「流石に狭い場所で敵の刀と矢を同時に避けられんのじゃ。する訳がなかろう」
「では、どこに行かれるのですか?」
「山を大きく迂回して、敵の本陣に奇襲を掛けるのじゃ。では、行って来るのじゃ」
そう言うと、大猪の牡丹鍋から飛び降りて山にさささっと入って行く。
それを追って侍女で下忍の
山の手前で待機していたお市の家臣の
「犬千代、追い駆けろ」
「無理だ。平地ならば追い付けるが山に入ったお市様には追い付かぬ。それに兵が付いて来られん」
「棟梁、頼む」
「お市様を止めるなど恐れ多くできませんが、信照様の直轄部隊 (愚連隊)20人に追わせましょう」
愚連隊20人に先日お市に付けた忍び衆100人が加わって、追い駆けるように忍びの棟梁が指示を出した。
この後、山に入ったお市達が
そもそも忍びが100人以上も大挙して押し寄せるとかあり得ない。
お市を含め、手練れ20人も一箇所にいるのもあり得ない。
戦場が減り、人材を集め過ぎた弊害だ。
織田家の非常識だ。
秀吉がお市で慌てている頃、輝ノ介の重装騎馬隊が谷間を抜けて、少し広くなった場所に山側で待ち受ける無傷の部隊に突撃を掛けた。
唖然としていた毛利家の斬り込み隊長の
天山麓の戦いが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます