第67話 織田の試練。

(永禄4年 (1561年)10月中旬)

思い込んだら試練の道を。

天下の執権の側近になるのだから覚悟があっただろう。

あったらいいな。

在って欲しい。


「てめいらは豚だ。豚が口を聞くな」

「イエッサー」

「言われた事を只管にヤリ続けろ。何も考えるな」

「イェ、エッサー」

(今、ぶちましたぞ)

(痛そうじゃ、あれは痛そうじゃ)


長いハリセンのようなモノで叩かれて、大きな音が周囲に広がった。

そして、教官の怒鳴り声が響く、「馬鹿者。返事はイエッサーだ。妙味に伸ばすのもならん」と大声で怒鳴った。

怒鳴っているのは老人だがその殺気は本物であり、容赦なく背中から突き刺すという気迫が込められていた。

また、取り巻く五教官が兄上(信長)の側近衆を取り囲んで睨みつけた。

松の間は異様な視線で皆が身を縮めていた。

千代女が怒って10日後に熱田から呼んだのは、神学校の教頭と5人の特別講師であった。

領主科の教育課程の見直しの相談にやって来た訳だが、最初の課題はこの側近衆20人の立て直しである。


信照のぶてる、あれは何だ?」

「熱田名物の『ブートキャンプ』です。卒業した黒鍬衆が初めての部下を得て、天狗の鼻になっている所を、この『ブートキャンプ』ではその鼻を折ってしまう恒例の行事です」

「これが恒例の行事と言うのか。聞いているだけで生きるのが辛くなりそうだぞ」

「そういうモノです」


日も上がらぬ朝から叩き起こされ、水行を終えると山の頂上まで走り、戻ってくると剣術の指導で叩きのめされる。

沢庵しかない朝食を食べると、井戸の水汲みや庭の掃除などの下人がやるような単純作業が待っており、織田屋敷の廊下という廊下の雑巾掛けが終わると昼前であった。

少しでも作業が遅いと罵倒が飛び、自分の存在意義がないかと錯覚するまで精神を叩き込まれる。

反抗的な目を見せると、大石を背負って穴掘りが待っている。

掘って埋めるのを繰り返す作業であり、エンドレスの作業に心が折れる。

心が折れるまで責め続けられた。

昼からは兄上(信長)との作業が待っている。

一言一句間違える事も許されない。

間違えれば、その場で腕立て100回の罰則が待っていた。

従わない者には容赦がなく、懲罰官は痛みが増幅するツボを承知しており、容赦なく針を刺してくる。

時には刺しても死なない特殊な刺し方で刀を刺す事もあった。

場合によっては石座敷の上に正座をさせて、上から石を積む『石抱いしだきの刑』を断行する。

最早罪人であった。

夕餉を終えると勉強時間だ。

足りない課題を次々と積み上げられ、その日の課題が終わるまで寝る事を許さない。

心身共に衰弱してゆく。

死ぬ一歩手前まで追い詰めるのが難しいのだ。


だが、長年の経験を持つ教頭に武術指導官と懲罰官が限界を見極め、残る三教官が教養や知識を教えてゆく。

この20人の成果を元に秋の『ブートキャンプ』の教育方針が決まる。

テストなので千代女が限界まで鍛えるように命令した。

千代女を怒らせるとこうなる。

兄上(信長)の側近衆はもう優秀な側近に成長するか、廃人になるしか道は残されていない。


「教頭は第一次の黒鍬衆です。兄上(信長)と一緒に『赤塚の戦い』にも出陣した事がある猛者です。戦場や現場で死にかけた事も何度もあり、彼に任せておけば大丈夫でしょう」

「山口親子との死闘か」


兄上(信長)が派手に暴れている裏で、鳴海領の奥地に潜入して田畑に火を付けて回ったのが黒鍬衆であった。

忍びではないが、忍びのような事もヤラさせた。

密かに山に潜伏して、見つかれば敵の猛攻に耐え、再び身を隠して最終的に目的を達してから帰還する。

山口親子の首を真綿で絞めた。


「人間死ぬ気になれば、意外と能力が向上するモノです」

「見ていて痛々しいぞ」

「懲罰官は後遺症が残らないギリギリを見極めていますから大丈夫です」


懲罰室に連れられた生徒は大人しくなると有名だ。

医学を目指す技師には慕われているが、遺体を切り刻む解体ショーは懲罰室に入れられた生徒に不評な罰の1つだ。

死体の解体が目に浮かび、三日三晩、食事が喉を通らなくなるらしい。

腕立てを終えて、ぜいぜいと息を荒くしていると、懲罰官が横にやって来て優しく頬を撫でてくれる。

そして、着物を緩めて腹に手術用のナイフで赤い線を引く。


「ねぇ、腹に詰まっている腸がどんな美しいピンク色かを見たいと思わない」

「ひぃ、いいえ。思いません。作業に戻ります」

「ツレナイのね」

(今、小刀を刺したな)

(刺しました」

(その血を舐めていますぞ)

(あな恐ろしい)


懲罰官は見た目も綺麗な女性であり、艶めかしい妖美を乗せて優しい言葉を掛けてくる。

後ろのやり取りを見ていた兄上(信長)が頬を引き攣らせた。

顔を引き攣らせたのは兄上(信長)だけではなく、松の間のほとんど全員がドン引きであった。

生きた儘で腹を割かれたいモノはいない。


「唯の変態ではないか?」

「優秀な医師です。信光のぶみつ叔父上の手術の助手もやったので腕は確かです」

「よいか。儂が患ってもあの女だけは儂に近づけるな」


兄上(信長)は懲罰官が生理的に受け付けないらしい。


「あと指導する場所を変えてくれんか?」

「無理です。千代がここでするように言いましたので俺が勝手に変更できません」

「背中から叫び声が聞こえると落ち着かん」

「それも耐えよという意味でしょう」

「どうしてだ?」

「足利幕府から織田幕府に変わって問題が山積みなのに、どこか弛んでいるように見えます」

「他の方法があるだろう」

「直接言って下さい」

「馬鹿モノ、千代女に意見を言ったら殺されたような気がしたぞ」

「兄上(信長)より腕が立ちますから、一度切り掛かっただけで10回は殺されるでしょう」

「恐ろしい者を嫁にしたな」

「千代は優秀なのです」


場所は松の間の控え間を使っているので松の間にいる奉公衆も中小姓らも青ざめていた。

皆、拷問に耐性がないようだ。

そりゃそうだ。

中小姓らは研修という手伝いで自分の無能さを先輩から嫌というほど叩き込まれるが、拷問を受けた経験はない。

何か所かの研修先を終えてから最終的な配置が決まるので、研修の過程で挫折は味わうがそれは精神的なモノであり、肉体的なモノではない。


代官も同じだ。

卒業後に6ヶ月毎に勤める場所を変えて、様々な代官職を経験した後に最終的な赴任地に向かう。

新任の代官が一人前に認められるまで時間が掛かる。

様々な現地で農民らとの交渉で苦労する。

時には精神的に追い詰められる者も多く、肉体的な暴行を受ける者もいる。

だが、限界まで追い詰められるのは稀だろう。


技術官は竹中半兵衛のような親方ばかりだ。

楽ができるとは思わない。

毎日のように無理難題を押し付けられているのをよく見かける。

部下だけでなく、半兵衛の周りに集う親方である花火師や鉄鋼師や工具師なども巻き込まれている。

船も蒸気船の関係者は全員が巻き込まれている。

何日も作業に追われて、肉体的に追い詰められるのを見た事がある。

半兵衛は作業所を地獄にするのが得意なのだ。


また、稼ぎ頭の果心-居士かしん-こじの部下になった奴はもっと悲惨だ。

化粧品に釣られて部下になる馬鹿がいる。

サボって怒られない上司だが、すぐに被験者にしたがる。

生きた儘で腹を割くなど可愛い方だ。

気が付けば、『妖怪人間』にされかねない。

人間を止めないと生きて行くのが辛い職場だ。

肉体的にも精神的にも追い詰められる職場であり、彼らは『ブートキャンプ』で得る耐久力より素晴らしい精神力を持っているに違いない。


護衛官は昔でいう従者科だ。

勉強ができなくとも入学できる唯一の学科だ。

領主の連れが学業に付いていけないと回される。

ただ、尾張には何気なく剣豪が多く滞在しており、暇潰しに来る臨時講師に叩伏せられる日々を送る事になる。

肉体的に厳しい。

卒業すれば、一角の剣士並に強くなっている。


領主の息子らも実践に出れば、先輩に叱られて成長するだろうと考えていた。

今年はその先輩が居なくなるという事態になってしまった。

付け焼き刃で詰め込み教育をするが、経験に基づかない知識など余り役に立たない。

これは今回限りだ。


今年の秋から領主科に『ブートキャンプ』を毎年一ヶ月ほど挟む。

まず精神的に鍛えた上で、卒業と同時に清洲、京、浜松、蝦夷、九州の行政府の中小姓の手伝いで各6ヶ月間の研修を義務付ける。

全国五か所を回るので研修期間だけで約3年は掛かる。

ここで北から南までの情勢を学ばせる。

時間を掛けて教育すれば、執権に適切な助言ができる側近が生まれるに違いない。

領主科の上位20人を派遣して最終的に何人が残るのかは判らないが、3年で6人も残れば御の字だろう。


信照のぶてる様」

太雲たうんか、どうかしたか?」

「念の為に言わせて貰いますが、蝦夷から九州まで知識を頭に入れていたのは、儂の息子くらいであり、他の側近衆も覚えておりませんでした」

「まさか?」


中根南城に届けられる情報はすべて清洲にも届けられている。

知らない事はないハズだ。

だが、忍びの目付役の太雲たうんが言うのだから間違いないだろう。


「側用人と近習に分担させて覚えさせていますが、すべてを把握している者はおりません。帰蝶様も近隣のモノだけ把握しているだけで、関東や中国の事まで覚えておりません」

信照のぶてる、お前は全部を覚えているのか?」

「兄上(信長)、当たり前ではないですか。覚えてなくてどうやって指示を出すのですか。なぁ、千代」

「はい、すべて把握しております」


右筆達もすべて把握しているし、中根南城で整理に関わっている中小姓らもすべて把握している。

他にも知多で待機している黒鍬衆の者は新しい情報を得る為に中根南城にやって来ては確認しているので、おそらく把握している。

奥の間では右筆らと忍び衆と黒鍬衆と中小姓と技師らが集まって、今後の方針は当然、蝦夷から九州まで議論を交わしているのが普通だったりする。


「最近、行かない内にそんな事になっておりましたか」

太雲たうんが始めた事だろう。今更、何を言うか?」

「某は尾張、美濃、三河、伊勢の範疇で意識の齟齬を無くす為に始めたに過ぎません」


今では商人に扮した忍び衆も加わって、全国津々浦々の情報を確認し、そこからの今後の戦略と銭儲けの方法までが議論されている。

現代風の会社に例えるならば、奥の間は課長や部長が集まった企画会議のようなモノだろう。

毎日のように誰かが議題を上げると、皆が集まって話し合っていた。

右筆助手になった者が下手に口を出すと、あっと言う間に駄目出しされて叩きのめされる。

ここで意見が言えるようになれば一人前だ。

念入りに議論を尽くされた上の戦略が俺の元に上げられる。


信長のぶなが様が尾張守護ならば知る必要はございませんが、天下の執権となられたのです。隅々の事を知らないでは済まされません」

「そうであるな」

「このままでは執権としての職務が果たせません。天下を思うならば、黙って従って下さい」

「しかし、あれは必要なのか?」

「付け焼き刃ですが三ヶ月ほどで詰め込んでみせましょう」

(また、鞭で打たれましたぞ)

(腕立てですな)

(麿ならば、1日で死ねる自信がありますぞ)

(織田家の者は丈夫ですな)


千代女がそう言うと、兄上(信長)は嫌そうな顔をしながら頷いた。

側近らの悲鳴が続く。

織田家の者は優秀な者が多いとやっかみでそう言われるが、奉公衆の方々も優秀な意味に気が付いたようだ。

優秀なのではなく、優秀にならないと殺されるのだ。

全然、羨ましくない。

朝廷から出向してきた中山孝親、勧脩寺晴右、庭田重保、勧脩寺経元、三条西実枝の公家五奉行も「織田の方はすぐに出世できて羨ましいですな、ほほほ」とは言わなくなった。

むしろ、憐れな者を見ないように目をそむけた。

あな恐ろしい。

織田家の者を褒めるようになったそうだ。


熱田明神の眷属になるのは死ぬほど恐ろしい修行が待っていると噂された。

しばらくすると、『織田家試練』なる本が発行された。

火の上を走るなどの織田家の試練が書かれた修行本である。

ほとんどが高野山の修行僧のような荒行が綴られており、そんな過酷な試練を耐えて織田家の者は仕えていると書かれている。

真しやかに信じられた。

そして、その本が次々に写本されてベストセラーになるとは俺も思っていなかった。

尚、作者不明である。

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