第66話 グレる信照、グチる千代女。
(永禄4年 (1561年)10月中旬)
ごろごろごろと
帝などは屋根が
内親王様は絹の
それ以下のモノは
そして、牛車は後ろから乗り、前から降りる。
山育ちの
がたん、その牛車がぴたりと止まった。
「鳥の死骸を見つけました」
「そうか。
「畏まりました」
公家様は血の穢れを一番嫌がる。
朝廷に上がる道で死体など見つければ、怨霊を朝廷に運ぶ事になる。
そんな事は絶対に避けなければならない。
そう言う訳でお休みだ。
織田屋敷に戻ると、千代女が怖い顔で睨んできた。
「若様、お休みだではございません」
「良いではないか」
「先日、『
織田屋敷に戻って来ると千代女が口を尖らせて文句を言う。
最初に天上で16日、そこから東北の良に6日、東に5日、東南の翼に6日、南に5日、西南の坤に6日、西に5日、北西の乾に6日、北に5日と60日で一周する。
その方角を差す方が忌方 (悪い方角)になる。
「普通は方違えで出仕する所を5日も休むのですから呆れられました」
「俺が居なくとも回るのだから別にいいだろう」
「私が出仕した時に
「俺から怒ってやろう」
「止めて下さい」
俺は機嫌を損ねないように
「以前のように出発前に片付けさせればよろしいではありませんか?」
「もう道端でのたれ死にする者もおらんのだ。わざわざ清掃させる必要もあるまい。鳥の死骸は『今日は休め』という天の采配だ」
「そうですか」
つんと千代女が拗ねた顔付きで「私は自分の仕事をやって参ります」と言って役方屋敷に行ってしまった。
俺は部屋に戻るとごろりと転がった。
「殿、お茶は如何ですか?」
「あぁ、頂く」
しばらくすると、
最近、お茶が欲しい時に持って来てくれるようになった。
「うん、美味い」
「そうでございますか」
「
「千代女を怒らせてよかったのですか?」
「怒っておらん。二日続けてずる休みをしたので拗ねているだけだ」
「ずる休みと御自覚はあったのですか」
「良い顔をするとすぐに俺に仕事を振ろうとするからな。だからと言って、叱ると後々まで尾を引きそうなのでずる休みが手軽なのだ」
「なるほど、殿が休むと千代女が呼ばれて、あれこれ聞かれる訳ですね」
「千代女には嫌な役回りをさせているな」
今日でも
確かに
だが、気を揉んだくらいがいいのだ。
俺は
「やはり、熱田が一番だ。京は落ち着かん」
「そうでございますか。私は浜松が一番落ち着きました」
「熱田ではないのか?」
「中根南城では、母上様らが代わる代わるお茶会やお遊びに誘われるので気が抜けません」
「では、京は落ち着くか?」
「この衣装が落ち着きません。せめて普段着で好きな時に町に出られるようになりませんか?」
「熱田か、浜松でないと安全が保障できんな」
町に行くと聞けば、絶対に
姫らしくなって来たが、まだまだ子供で子守りがいる年頃だ。
そんな事を考えている内に眠気が襲ってきた。
そして、目が覚めると昼になっていた。
◇◇◇
昼を取ると奥方から役方に移動する。
幕府の仕事は兄上(信長)に引き継いだのだが、ここに来て問題が生じていた。
兄上(信長)の新側近衆が使いモノにならない事が発覚したのだ。
奉公衆も新参が増えたというのに、互いに知らない者同士が顔を突き合わす。
作業が完全に空転した。
長年、兄上(信長)を支え続けた側近衆は、目付けなどになって各地に飛んだ者と奉行となって尾張や美濃に残った者に分かれた。
兄上(信長)の新側近は大きく一新されたのだ。
新たな側近らは神学校を卒業したエリート達が集められた。
このエリート集団が使いモノにならなかったのだ。
バチン!
馬の鞭を持ち出して壁を叩いて大きな音を出していた。
千代女が目を吊り上げて怒っている。
「貴方方は今まで何の勉強をやって来たのですか!?」
「申し訳ございません」
「謝れなどと言っておりません。私はこの一ヶ月で後ろにあるすべての資料に目を通しておけと命じたハズです」
その声を聞いて俺の側近衆がビビっていた。
もしかして我々も覚えるのでしょうか?
俺は否定した。
俺の側近は大名らから預かっているだけだ。
学びたいと申し出れば、神学校に入学させてやるがやる気のない者には歯牙にも掛けない。
やる気のない奴に掛ける時間などない。
人質など要求していないが、勝手に送ってくるのだ。
そう、預かっているだけだ。
最近の例ならば、
その仲間の10人と北信濃守護代を支えている。
ただ、信濃の山奥では情報に疎く、誰か代わりを送って欲しいと手紙を送って来ている。
早く熱田に帰りたいらしい。
後任を育てて戻ってくるように返事を書いておいた。
だが、兄上(信長)の側近衆は違う。
亡くなった長門守を始め、兄上(信長)を支える者だ。
領主の嫡男であり、側近衆から奉行を経て家老になってゆく。
神学校を卒業したエリートのハズだった。
基本的な知識と教養は十分に満たしていたが、幕府要人として知識が欠如していた。
公家作法、武家作法、人間関係の把握、各領地の特性、独特な言い回し等々、予習して当然の所ができていなかった。
熱田でも滞在している公家はいるし、大量の過去の報告書を調べる事もできる。
兄上 (信長)が判らない時に説明できるように側近衆を付けているのに、兄上 (信長)と一緒に説明を聞いていては意味がない。
中小姓から「そんな事すら予習していないのか?」と蔑む視線を落とされていた。
「今日の授業は中止か?」
「申し訳ございません。基本の知識がまだ足りておりません。若様は午前で処理できなかった書類の確認をお願いします」
肥大化する神学校は4年前に大きく教育課程が変更された。
始めは右筆助手候補、黒鍬衆、中小姓、代官、技術官、護衛官などの生徒が同じクラスで学び、凌ぎを削って卒業していった。
しかし、領主の嫡男などを預かるようになると、その供を含めてその数が肥大した。
そこで黒鍬衆、中小姓、代官、技術官、護衛官、領主などが別々のクラスに分けられた。
中でも黒鍬衆と中小姓は非常に優秀な者の集団となった。
苛烈な競争で黒鍬衆や中小姓から脱落する者、代官や技術官や護衛官から昇進する者が現れ、その都度の入れ替わる戦が行われた。
黒鍬衆と中小姓のクラスに残る為に凌ぎを削り合うようになっていった。
農民や商家、武家の次男、三男の彼らは黒鍬衆か、中小姓になれば、奉行職への道が開かれる。
代官から始めると10年くらいは代官職を続ける。
立身出世を望む者にとって代官で始まるか、黒鍬衆や中小姓で始めるのは雲泥の差だった。
そんな中でのんびりと学園生活を楽しんでいたのが領主科と代官科の一部の生徒だ。
領主達も必死に勉強していたが、黒鍬衆や中小姓を目指す者らと比較にならない。
卒業後は地元の代官になる事が決まっている者も比較的に気楽に過ごせた。
3年間、凌ぎを削った生徒とのんびりと学園生活をエンジョイした生徒の差は歴然だった。
「まさか、ここに来て神学校の教育課程の見直しを考えさせられるとは思わなかったぞ」
「それは私も同感です」
「能力は問題ないのだな」
「ございません。領主科の中でも優秀だった者のみ集められております」
普通に三桁まで暗算を熟し、記憶力も悪くない。
足りないのは何としても手に入れようとする知識欲の欠如だ。
織田家の高度な知識を得て満足している感じなのだ。
「一先ず、畿内の状況を20人で分割させて覚えるように言い付けおりましたが、あの有様です」
「まだ、西国と東国も残っているのに大丈夫か?」
「大丈夫に見えますか?」
「見えんな」
「最悪、信長様への説明は右筆に任せるしかありません」
連れて来られた側近らは武家の慣わしや教養を覚えるのに必死であり、こちらの課題まで手が回っていなかった。
一方、中小姓らは初めから出来ており、少し修正しただけで問題なく合格を貰った。
とにかく、神学校には学べる事が多い。
教える事が余りに多くなってしまったので、すべてを教える事ができなくなった。
手を広げ過ぎたのだ。
これまで通りに基本の教育を教え、その他は各自の能力に任せた。
神学校には資料や指導員がおり、学ぶ気になれば学べたと中小姓らは言う。
試験の100点満点を取っても落第する中小姓らにとって、付加点を如何に稼ぐかが重要だったらしい。
武家作法や公家作法など一度覚えるだけでずっと付加点が付く。
習いに行かないと勿体ないと皆が覚えていた。
あるいは、熱田にいる公家を訪ねて、お茶や歌などの手解きを受ける。
免許皆伝でも貰えば、大きな付加点になる。
貰えなくとも人脈として評価が貰えるので行かない方が可怪しいと誰もが通った。
だから、中小姓は誰でも茶の作法や簡単な和歌が作れた。
出来て当たり前。
様々な工場や研究所にも顔を出し、知識を充実させてゆく。
すべて付加点の為だ。
黒鍬衆と中小姓を目指す者は知識と技術を得る事に貪欲だった。
こうして京に上がってくると、その差が嫌というほど目立っていた。
「お前ら、このままで奉行になれると思うな。お前らより優秀な中小姓が下に控えているのだ。ここで根性を見せなければ、領地に戻されるか、代官職に落とされると覚悟しておけ」
兄上(信長)の側近衆らが大御所の言葉に『ひぇ~~~』と青い顔を晒した。
3年間もやって来なかった彼らが1年で身に付くのか?
「こう考えると。信光様が若様をここに残されたのは慧眼でした」
「そんな訳あるか。いなければいなかったで何とかなっておるわ」
「若様の代わりを右筆に任せるのは酷だと思います」
「俺の右筆は優秀なのだ」
「はいはい、それはどうでも結構です。ところで明後日は朝議に出て下さい。これ以上、無茶をされますと、私も肩身が狭いのです。お願い致します」
「すまん。苦労を掛ける」
「本当です」
「いやぁ、そこは『それは言わない約束です』と言う所だ」
「知りません」
千代女は作業の手を止める事もなく、グチグチと愚痴をしゃべり続けた。
ストレスが溜まっているのかもしれない。
厠に逃げようとすると止められた。
「まだ、お話が終わっておりません」
毎日、聞かされたら俺は禿げるぞ。
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