第53話 織田VS上杉 川中島の戦い(8)<終わり良ければ、すべて良し?>

(永禄3年8月30日(1560年9月29日))

皆さん、お元気ですか?

天国と地獄の境にいる信照のぶてるでございます。

人の人生とは儚いモノです。

すべての命が誰かの天秤の上に乗っていると思い知らされております。

死ぬも生きるも運次第です。

巧くやれば、リアルチートにでも十分勝てる。

それだけの準備はした。

…………どうやら、ちょっと俺は自惚れていたようです。


天下無双の呂布りょふも捕えられて斬首され、武神関羽かんう姦計かんけいに敗れ、神槍李書文りしょぶんも毒の茶を呑んであっさり死にます。

リアルチートも無敵ではありません。

ちょっと戦力差があると思って欲をかいたら死にかけました。

笑うしかありません。

もしも輝ノ介が前線にいる謙信けんしん影武者かげむしゃと戦う事を選択していたなら、俺はもう生きていなかったでしょう。

どんな強力な力を用意しても知恵と勇気の前に覆されてしまう。

捨て身になった人間は強いと実感します。

所詮、天の匙加減だったのです。

人の一生など塵芥ちりあくたに過ぎないと自覚させられました。


ガシャン、ガシャン、キシュン!

輝ノ介と謙信けんしんの剣戟が余りにも凄まじく、周りにいる8人の援護も憚られ、千代女も捨て身で俺を後ろに下げる準備をした儘で動向を見守っています。

護衛達は千代女と同じくらいの力を持っており、普通の刺客ならば、軽く取り押さえてくれます。

とても信頼できる部下ですが、この二匹の獣の中には飛び込めません。

彼らは後ろの傷ついた刺客の二人はサクサクと始末してくれました。


その後ろの刺客の二人も守兵に留められて交戦中です。

謙信けんしんが選んだ凄腕だとしても、桁違いの者を集めるのは無理だったという事です。

俺も本陣を守る兵をそれなりに腕が立つ者を選んだつもりです。

多勢に無勢で片付きそうです。

結局、化け物と呼べるのは謙信けんしん一人だったという訳です。


「千代さん、輝ノ介は勝てると思いますか?」

「若様、喋り方が変になっています」

「無我の極地、人生を達観したのです」

「その変なしゃべり方を止めて下さい。気持ち悪くなりそうなのです」

「そうか、じゃあ普通に戻すわ」


俺も今日のような日に備えて来た。

知恵を巡らして対応する。

様々な武器や罠も開発させた。

だが、結局は人の知恵ですべてが無効にされた。

最後の砦だった単筒も避けられた。


千代女も加藤かとう-三郎左衛門さぶろうさえもんも俺や他の者から見れば、化け物と呼ばれている。

だが、その千代女にしても目の前に荒ぶる2頭の獣には敵わない。


だから、互角の獣を育てる事も奨励している。

慶次にある程度好き勝手を許しているのも強くする為だ。

獣を作るマニュアルなんてないからな。

輝ノ介に追い付くと断言した慶次もまだ勝てない。

慶次曰く、あの頃の輝ノ介には追い付いたらしい。

あの頃より輝ノ介は強くなっているので勝てないのだと負け惜しみを言っている。

はっきり言ってもうお手上げだ。


人の知恵にも限りがあると思い知らされた。

俺にはぶつかる剣戟の発光と剣撃音しか判らない。

輝ノ介と互角というだけで謙信けんしんがどれだけヤバい奴かを知る事ができる。

その輝ノ介が負けるとは思わないが、『鬼丸国綱おにまるくにつな』がぽっきり折れれば、その限りではない。

俺の命は天の気まぐれの下にある。


びくりと千代女の体が震えて小刀が動いた。

業を煮やした謙信けんしんが回り込もうとしたのだろうか?

千代女は俺の為なら身を挺して守ってくれる。

だが、俺は千代女を失いたくない。


『輝ノ介、千代女に傷1つ、付けさせるな!』


俺は叫んだ。

叫んだが、叫んだ時には終わっていた。

謙信けんしんの攻撃を輝ノ介が一歩踏み込んで太刀を受け止めた。

もちろん、その代償で謙信けんしんの反撃を受け切れない…………事もなかった。


「余を誰だと思っておる」


弾かれた謙信けんしんの太刀が斜め下から輝ノ介を襲ったが、それを紙一重で体を逸らして躱してしまったのだ。

謙信けんしんの刃先が輝ノ介の服の一部と紫頭巾を斬り裂いていた。

不敵な笑みを俺にちらりと零す。

1mm、否、0.01mmを見切って避けたような感じだ。

俺には10cmと1mmの違いも判らないが、千代女やさくら達はその世界で生きている。

化け物でないさくら達は俺の後ろで、千代女が投げ出した俺を後ろで受け止める態勢で待機しており、俺と一緒にハラハラドキドキを共有してくれているみたいだ。

じっとこちらを見ている。

敵わない相手に立ち向かうほど、馬鹿ではないようだ。

輝ノ介が止まった。

否、謙信けんしんが太刀を上げた儘で固まっていた。


「ど、ど、どうして…………ここにいらっしゃるのですか?」

「何の事だ?」

「あなた様です」

「余の顔を見忘れたか?」


絞るような擦れた声で呟いた。

見忘れたかと聞かれて、涙を流して首を横に振った。

そこには信じられないモノを見る目であった。


「余がここにいるのが、それほど不思議か?」

「太刀の筋が似ているとは思っておりましたが、ご本人などとは思いもしませんでした」

「まぁ、よいではないか。続きをしようぞ」


謙信けんしんは太刀を前に置き、土下座をして額を地面にすり付ける。

体が小刻み震えているのが判る。

朝廷と幕府を重んじる謙信けんしんだ。

元公方に刃を向けた事への後悔が手に取るように判る。


「あの馬鹿(義昭よしあき)の為に太刀を持ったのであろう。さぁ、仕合おうぞ」

「恐れながら、我が主君は義昭様ではございません。我が主君は義輝様…………唯御一人でございます。義輝様の御弟でいらっしゃいますので付き従ったに過ぎません」

「だが、幕府に従ったのであろう」

「幕府とは義輝様でございます。その義輝様に刃を向けるなど…………」


完全に戦意喪失だ。

何にしても終わった。

主に手を上げたと謙信けんしんは輝ノ介に首を差し出した。

だが、輝ノ介は動かない。


「どうした。その首を落とさぬと戦が終わらぬぞ」

信照のぶてる、余は余の家臣を名乗る者を手に掛ける趣味はない」

「俺が斬ってやろうか?」

「たわけが」

「高くつくぞ」

「覚悟の上だ」

「今更か、その言葉は3ヶ月前にして欲しかったな」

「すまん」


関ヶ原が終わった直後に輝ノ介から義輝に戻る事を提案した。

義輝を公方に戻さずとも、俺の側にいる事を知らせる事で幕府恩顧の家臣が分裂する。

織田家の支配も受け入れ易くなるからだ。

だが、それを輝ノ介は拒否した。

予想外の出費に頭を悩ませた俺だが、敦賀が手に入り、その先の佐渡取りが見えた事で方針を転換した。

佐渡が欲しかったので輝ノ介の拒絶を黙認した。

謙信けんしんが織田方に付き、義昭よしあきを捕えて送ってくれば、佐渡は手に入らない。

俺も反省だ。

あの時は自惚れていたな。


「輝ノ介、責任は取って貰うぞ」

「承知している」

「千代、俺は疲れた。しばらく横になりたい。後始末は元公方の足利-義輝あしかが-よしてるに任せる。他の者も手伝ってやれ」


一同が頭を下げて従った。

誰も驚かない。

熱田や浜松で一緒に暮らしていれば、知る機会は幾らでもあっただろう。

主人より横暴な護衛とか、あり得ない。

気付いても知らぬ顔をするのが側近の役目だ。


俺が生死を分けた攻防をしている間に善光寺が寝返って勝敗が決していた。

激しく抵抗しているのは突撃を掛けた越後勢のみだった。

だが、その越後勢も輝ノ介と謙信けんしんが仲良く馬に乗って戦場に現れれば大人しくなる。

関東の武将は元より、足利-義輝あしかが-よしてるを崇拝する者ばかりだ。

戸惑いはすれども、反抗する者はいない。

信広兄ぃらに降伏した蘆名-盛氏あしな-もりうじも只々目を白黒させていた。

理解できないという感じだ。

初めから知っていた北条-宗哲ほうじょう-そうてつは「やはり、こうなってしまいましたか」と愚痴を零す。

初めから義輝よしてるを前に出せば、関東の戦は回避できたのだ。

その弁明は輝ノ介にさせる。

それでも納得できないみたいで文句を言うので愚痴くらいは聞いてやる。

間違ってもきんに目が眩んで説得をサボったとは言わない。


 ◇◇◇


(永禄3年9月10日(1560年10月9日))

10日後、織田軍は北信濃を平定して越後勢の先導で越後に入った。

北信濃の領主達も首を傾げた。

元公方の義輝よしてるが生きており、織田方に与していたからだ。

皆、足利幕府を守る為に戦っていたのに、その元旗頭が敵方にいたのだから意味が判らない。

さらに謙信けんしんが率先して織田家に降るように説得する。

誰もが戦う気力を失った。

彼らにとって負けたのか、守り切ったのか、訳の判らない決着であったが北信濃は統一だ。

領地没収は一先ず保留した。

但し、名義の変更のみ認めさせた。

すべて朝廷に献じ、改めて管理者として指名する。

領主で無くなったと言われながら、今まで通りだ。

何が違うのかと領主達も首を捻る。


後の細かい事は真田-幸隆さなだ-ゆきたかと指名した黒鍬衆に丸投げした。

臨時の黒鍬衆になっていた幸隆ゆきたかの3男である昌幸まさゆきが「連れて行って下さい」と泣きながら縋り付いてきたが認めない。

暴走しそうな幸隆ゆきたかを誰が抑えるというのか?

武田家に未練があり、諏訪-勝頼すわ-かつよりに従いそうな嫡男の信綱のぶつなには任せられない。

次男の昌輝まさてるは武田家で騎馬50騎持の侍大将だった。

小県に別の所領を持っているがこいつの為人ひととなりを知らないし、彼もおそらく織田流が判らない。

他の兄弟も以下同文だ。

俺と半兵衛に心酔している昌幸まさゆきしか頼める者がいない。

飼い主に捨てられた子犬のような顔になっていた。

研究員を休職にして、臨時の黒鍬衆になって付いてきたのが運の尽きだ。

謙信けんしんに向かって行って、肩に怪我をした辺りから運が落ちたのかもしれない。

まさか、父が北信濃守護代に任命されるなど思ってもいなかっただろう。

俺もあの時点では考えていなかった。

戦の最中に善光寺が織田方に寝返ったのは幸隆ゆきたかの調略だ。

そんな話は聞いていなかったし、完全な独断で動いていた。

野分のわきの間、対岸でじっと嵐が去るのを待っているような幸隆ゆきたかではなかったのだ。

背後の善光寺が寝返って後ろを襲えば、幕府軍は瓦解する。

こうして、彼は一番手柄を手に入れたのだ。

むくいなければならない。

幸隆ゆきたかには村上-義清むらかみ-よしきよの直轄地を与えた。

幸隆ゆきたかは信用できないが、昌幸まさゆきは信用に値する。

昌幸まさゆきは「都落ちです。流刑と同じです」と嘆いている。

故郷を流刑地というのは拙いだろう。

真田家の他の弟らを熱田に送り、父と兄らを再教育して早く戻って来るように言いつけておいた。


さて、織田軍の接近を知った春日山城の元公方義昭よしあきは慌てていた。


「何をしておる。急いで逃げねば」

「公方様、もう逃げる所はございません」

「奥州がある。九州もある」

「奥州の伊達・最上は織田方の南部に負けました。九州までどうやって行かれるおつもりですか?」

「船で逃げるのだ」


留守居役の吉江-景資よしえ-かげすけ長尾-政景ながお-まさかげが首を横に振った。

織田家の領地に寄港せずに九州に向かう船はない。

そうだ、冬が近づくこの季節に大陸経由の北周りに出る船はない。

仮に有っても同じだ。

この時期に出羽の湊と津軽の湊に寄港せずに向かう事などできない。

臨検されて捕えられる。

慌てている間に越後勢と一緒に春日山城に入った輝ノ介が上がって来た。

そして、義昭よしあきを往復ビンタで折檻したらしい。


「兄上、どうして?」

「そなたの馬鹿さ加減に呆れて、地獄の底から生き返って来たのよ」

「悪いのは織田でございます」

細川-晴元ほそかわ-はるもとらを殺ったのは余であるぞ。余を責めるのか」

「兄上」


義昭よしあきが何か言う度にビンタが飛び、遂に顔が腫れて原型を留めないほど膨れ上がった。

俺が到着した頃には誰か判らない状態であったが、土下座させられて俺に謝罪した。


「余が済まなかった」

「新公方を相手に浪人が余などと申すな。まだ、叩かれ足りんか」

「いいえ、私が至らないばかりに御迷惑を掛けました」

「俺は構わん。奥州仕置を輝ノ介がやってくれる事になった。手伝ってやれ」

「私がですか?」

「当然だ。余の手を煩わすのだ。手伝わないというならば、あの世に送ってやるぞ」

「いいえ、手伝わせて頂きます」


謙信けんしんの命は助けたが関東管領と越後守護を解任し、斯波大崎家の義直よしなおを当てる事を宣言する。

と言っても、国替えに5年くらいの期間を置く。

その間は義直よしなおの補佐に謙信けんしんを置き、越後を一気に発展させる事を約束した。

また、北信濃と同じく、越後の領地はすべて朝廷に返し、改めて越後も四つに分割して、それぞれに小守護代を置いて分割統治に変える。

それぞれの領主は管理官に移行する。

嫌ならば、戦に応じると啖呵を切った。

面と向かって反論はない。

これで俺の配下を管理官として佐渡に送る準備が完了した。

朝廷からの佐渡拝領の段取りも終わっているしね。


「若様、よろしいのですか」

「何がだ?」

「随分と温い差配と思われます」

謙信けんしんの首を取った後ならば、織田家に逆らう気が無くなるまで徹底的に叩くつもりだったが、謙信けんしんが生きているのだ。利用するべきではないか?」


千代女がやはり納得できないという顔で俺を見ている。

俺も考えさせられた。

あの『川中島の戦い』で学んだのだ。

織田家の圧倒的武力で江戸時代は家光の時代に持って行こうと考えていたが、馬鹿な武将が多すぎる。

ガス抜きが必要だと痛感した。

土地の開発が進み、余裕ができれば、あの馬鹿共は戦を始める。

俺の手に余ると痛感した。

やはり恩賞で土地を与えるという慣例は崩せない。

ならば、石炭などの資源が豊富な蝦夷地えぞちだけではなく、その先の樺太からふと千島列島ちしまれっとう、さらにシベリア、アラスカまで見据えればいい。

不毛の大地だが、土地だけならば沢山ある。

東日本の荒くれ武者達を派遣して、存分に力を発揮させて土地を与えるべきだと方針を変更する事にした。


「彼を日ノ本から追放するつもりですか?」

謙信けんしん信玄しんげんは言うに及ばす、伊達家や最上家なども北の果てに追いやるつもりだ」

「彼らが納得するでしょうか?」

「納得するさ。伊達や最上は失った領地を取り戻す機会になる。武田や上杉は力の余った武将らの不満の捌け口になる」

「誰がそれを指揮するのですか?」

「信勝兄ぃだ。輝ノ介に関東に行って貰って信勝兄ぃを恫喝して貰う。俺が言うと喧嘩になるからな」

「大丈夫でしょうか?」

「俺も同じように琉球より南に派遣させると輝ノ介に言わせる。征夷大将軍が南に派遣されるのに、その兄は悠々と京でのんびりとはいかんだろう」

「なるほど、実質の支配者は足利-義輝あしかが-よしてる様だと勘違いさせる訳ですね」

「悪くないだろう」

「私の心証は最悪です。若様が下に見られます」

「そうか。だが、変更は認めん」

「判りました。征夷大将軍が南に派遣され、その兄が北に派遣される。確かに文句を言う訳にも行きません」

「箔付けに征東将軍せいとうしょうぐんの地位を朝廷に頼んでやるか」

「そのシベリアとアラスカと言う所を制圧するまで帰って来るなですか。随分と長く掛かりそうですね」

「悪くないだろう」

「若様はどうなされるおつもりですか?」

「俺は船の整備があるので、年一度くらいは帰国するさ」


俺は西国の武将を日ノ本から追い出し、信勝兄ぃには東国の武将らを北の果てに引き連れて貰う。

南蛮人を追い払うだけで終わるつもりだったが無理だと悟った。

東も西も馬鹿な武将が多すぎるのだ。

国民の再教育が終わるまで、その馬鹿をどこかにやらねばならない。

そうなると東南アジア、オーストラリア、インド、もしかすると中東まで足を延ばす事になるかもしれない。

中東までと思うかもしれないが、東南アジアにはイスラム商人がいる。

交渉の末、武力衝突も考えられる。

もちろん侵略するつもりはない。

無人の島か、使われていない大地を開拓すればいい。

西洋人が入り込まない程度の緩やかな連合国家は作りたいモノだ。

日の本は借地を貰って交易で儲ければいい。


北側も同じだ。

樺太からふとの先はウラジオストクを含むハバロフスク地方であり、シベリアを与えると言ったが、その前に交易でモンゴルの遊牧民と交流を持つ事になる。

日本海の北周り海路を積極的に発展させれば、中華の皇帝とも絡む事になるだろう。

便利グッズを売るだけで100万の富が入るハズだ。


また、千島列島ちしまれっとうの先はカムチャツカ半島、アリューシャン列島、アラスカと続く。

海岸沿いに進出するので、北米には意外と早く到着するかもしれない。

その先は北米大陸のシアトルまで南下する事になる。

北米との交易なしでは維持が難しい。

海流の流れで言えば、東北からシアトルに渡り、アラスカに北上して、アリューシャン列島を通って、カムチャツカ半島、千島列島ちしまれっとうと降ってくる。

名付けるならば『北太平洋航路』とでも呼ぼうか?

北米で現地のインディアンと友好を持てば、中米の南蛮人と戦う事もあるかもしれない。

遊び相手には困らない。

どう攻略するかは信勝兄ぃに任せる。

いずれにしろ、蝦夷地の開拓が終わらないと始まらない。


ともかく。

リアルチートらを野放しにできない。

暇になって叛乱など起こされては堪らない。

俺は二度と戦いたくない。

さらに生まれてもいない次世代の伊達-政宗だて-まさむねなどが、次に叛乱しそうな最有力候補だ。

このままでは腰を折るようになっても煩わされる。

そんな馬鹿な武将らの為に遊び場を作る。

武力を背景に一足飛びに江戸時代にしたかったが無理だ。

俺には荷が重すぎる。

やはり豊臣政権を挟まないと、この戦国の世は終わらぬようだ。

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