第50話 織田VS上杉 川中島の戦い(5)<終わってみれば、完勝でした>

(永禄3年 (1560年)8月26日)

俺の前から悠々と消えた謙信けんしんであったが、妻女山さいじょさんまで無傷と言う訳でもなかったらしい。

突撃した時はほとんど視界がない豪雨であったが、去る頃には少し小降りになっていた。


そう雨が強くなったり、弱くなったりを繰り返す。

偶然、引き上げる頃には視界が戻っていた。

そこで謙信けんしんらを見過ごす彦右衛門(滝川-一益たきがわ-かずます)ではなかった。

唐崎山城からさきやまじょうに配置した狙撃衆は我が獲物とばかりに狙撃をして武将を葬っていった。


彦右衛門の弾丸を謙信けんしんがわずかに首を捻って躱し、その兜を跳ね飛ばして終わった。

謙信けんしんは額から血を流しながら振り返って、彦右衛門を睨み付けたと言うが事実かどうかは知らない。


他にも銃弾で散った者が多い。

花も実もある勇士と謳われる鬼小島-弥太郎おにこじま-やたろうの足をぶち抜き、引く事ができなくなったと悟った弥太郎やたろうはその場で足を止めて殿しんがりとなった。


『ここを通す訳にはいかん』


勇猛な弥太郎やたろうは針ねずみになっても仁王立ちして、死してなお絶対に通さないと言う畏怖を放った。

先駆けの鬼小島おにこじまを討った甲斐・諏訪衆の功績は大きい。


謙信けんしんが突撃してきた時に、ブルドーザーのように後続を轢き殺して行った重装騎馬隊であったが、輝ノ介は通り掛けの駄賃とばかりに後続の柿崎-景家かきざき-かげいえを一刺して通り過ぎていた。

柿崎-景家かきざき-かげいえは越後の二天と言われる『上杉四天王』の一人だ。

輝ノ介の前では小物の一人でしかなかったようだ。


ともかく、鬼小島-弥太郎おにこじま-やたろう柿崎-景家かきざき-かげいえなどの勇将が散った事は少なからず越後勢にも衝撃を与えたと思う。


結局、双方の被害で600人以上の死者を出した。

その内の300人は突撃の時に一方的に殺されていた甲斐衆と諏訪衆である。

越後勢が撤退となると恨みを込めて必死に逆撃して100人くらいは仇を討ち取った。

残る越後勢の被害は重装騎馬隊に轢かれた者達であり、怪我を負って逃げ遅れて餌食となった。

あるいは、行きや帰りの鉄砲に被弾して討ち取られた者がほとんどある。


俺を守った黒鍬・鍬衆の負傷者は50人を超え、十数人を失った。

その重傷者の一人が才蔵さいぞう可児-吉長かに-よしなが)だ。

今も寝かせているが元気そうだ。

鍬衆の隊長をしていた才蔵さいぞうは押し潰された壁の先で立ち塞がった際、謙信けんしんと数手遣り合って肩口をずばりと切られて負けた。

馬上と歩兵の違いであり、力の差ではないと思う。

才蔵さいぞうが一瞬止めたので、その背後にいた黒鍬衆が集まる。

必死に通せんぼしたので8人も殺された。

黒鍬衆は力量で敗けていても謙信けんしんを相手に一歩も引かず、槍を突き出した。

そのお蔭で信広兄ぃも間に合ったのだ。

感謝しかない。


だが、彼らを失った事は痛い。

黒鍬衆は俺への忠誠が高く、俺の思考ややりたい事を理解でき、褒美、褒美と騒がない。

俺の代わりに武将にも代官にもなれる。

武田-信虎たけだ-のぶとら諏訪-頼忠すわ-よりただなどが討死しても代わりは幾らでもいるが、この黒鍬衆の8人の代わりはいない。

管理する国が一気に広がって、信頼できる人材を失う方が大きな損失だ。

かと言って、俺の手足である黒鍬衆の出し惜しみもできない。

味方の大きな損失も被害もなく、越後勢を跳ね返したと陣は沸いているが、俺は越後勢と痛み分けに終わったと思っている。


さて、天城山てしろやま越えの武田・蘆名・神保の連合軍だが、武田勢500人、奥州蘆名衆7,000人、越中衆3,000人で構成されている。

織田家と戦った事のある武田-義信たけだ-よしのぶの意見を聞くようにと、謙信けんしんに釘を刺されていても、総大将の蘆名-盛氏あしな-もりうじが聞く訳もない。

なんと言っても奥州探題の斯波大崎家や奥州守護の伊達家の命令を聞かない蘆名-盛氏あしな-もりうじは『将軍直属の家臣』と自慢する名家の当主だ。

蘆名あしな家は将軍から直に命令を受ける家柄であり、奥州探題や奥州守護の家臣ではないと豪語する。

その蘆名-盛氏あしな-もりうじは蘆名分家の針生氏、金上氏、猪苗代氏、配下の白河結城家、二階堂家、二本松家、田村家などから出兵させて連れて来たのである。

その中の相馬家だけは出兵を断り、織田方に付いた。

その相馬家は伊達家の猛攻を受けて風前の灯だと言う。

伊達家と最上家は南部家との決戦に挑んでいる。

蘆名家は伊達・最上連合に息子を派遣した。

兵の数は半数であり、その半数を自ら引き連れて公方義昭よしあきに謁見した。

幕府軍が勝てば、蘆名あしな家を奥州の長にして頂く事も約束されたと自軍で自慢しているらしい。

だが、蘆名-盛氏あしな-もりうじは俺を勘違いしていた。


三好軍には新兵器の火薬玉を使い崩壊させ、今川軍にも天駆ける船を使用した。

奇嬌ききょうな武将と評価していた。

いや、奇天烈だったか?

その原因は兄上(信長)が関東征伐で織田家の豪胆な戦い方を披露し、それを鮮烈に覚えていた為であろう。

確かに強力だが、武家の礼儀に反する戦い方をするのが織田家だ。

そして、浅井家は騙し討ち、斎藤家は暗殺を用いた。

浅井家や斎藤家を騙した謀略の将と罵っているらしい。

さらに、俺は口が巧く朝廷や幕府に取り入り、高い地位を得た神の子を騙る忌み子だと言う。

蘆名あしな家より高い地位を頂いたやっかみだろう。


蘆名-盛氏あしな-もりうじは真夜中に動いた。

越後勢を出し抜いて天城山てしろやま越えで背後から夜襲を掛けて、織田方を討つ。

そう一番手柄を取る勢いで意気込んだ。

何故、俺が油断していると思うのだ?


「目の前の越後勢に目を取られ、背後を留守にする者は多いと思われます」

「俺もそうだと?」

「はい、若様はお若い将でございます。付け入る隙はあると思われても不思議ではありません」

「なるほど」


月灯りもない山道を登り始め、兵を急かした為に次々と罠に掛かって犠牲者を出して行った。

罠と言ってもちゃちなモノだ。

足元の紐を引くと、枝などが飛ぶような子供でも作れるおもちゃだ。

もちろん、先端には毒を塗っている。

枝の代わりに毒袋が飛ぶ場合もある。

また、猪や鹿を捕らえる罠で弁当箱のようなモノを土に埋め、足を置くと絡み、繋いである縄を引っ張ると岩が落ちて斜面を引き摺り落とされるという罠も仕掛けさせた。

弁当箱も竹で出来ており、竹と縄だけで出来るとても安い物だ。

他にも歩行を妨害する足に刺さる撒菱まきびしなども撒かせた。

それを避けて小枝の中を通ると、その小枝にも毒を塗っておく。

警戒すれば、すべて回避できると思うが、先を急ぐ余りに次々と罠に掛かっていったらしい。

馬鹿なのか?


次々と痺れ薬で動けなくなる者や泡を噴いて気を失う者が続出し、それを回収する為に二次被害を出して、被害を拡大した。

敢えて死に至らない毒を使う事で二重に三重に手間を掛けさせる。


『毒を使うとは何という卑怯な奴だ』


蘆名-盛氏あしな-もりうじが激怒して、俺を罵ったらしい。

だが、そんな批判は受け付けない。

そもそも最初の罠で警戒を高めれば、被害はほとんど出さないで済んだハズだ。

それで被害で出たと聞いて、こっちがびっくりしたくらいだ。


結局、被害者を回収するのに手間を掛けて、天城山てしろやま越えて出口の生萱いきがやに出た時には、唐崎山城からさきやまじょう鷲尾城わしおじょうを奪取した後であった。

そうなれば、鉄砲隊と花火(迫撃砲)衆を蘆名あしなの兵に向ける事ができた。

山道の出口に一斉砲火を掛ければ、たちまちに勢いが消えた。

兵が山に隠れようとお構いなしだ。

山に絨毯じゅうたん砲撃を開始する。

被害は少ないだろうが、生きた心地がしないだろう。

そこに大雨が降って来て、蘆名-盛氏あしな-もりうじは勝利を確信したに違いない。

だがしかし、誰が雨の中で撃てないと言った。


蘆名-盛氏あしな-もりうじは慌てた事でしょう」

「知らん」

「兵の士気も維持できなくなり、退却を決めたようです」

「そうだろうな」


鉄砲の音は消えず、絨毯じゅうたん砲撃も止まない。

どうやら思惑が違ったらしい。

生萱いきがやに飛び出す兵もおらずに撤退を開始した。


「しかし、蘆名あしなの兵は根性がない」

「若様、蘆名分家の針生氏、金上氏などで構成されております。蘆名-盛氏あしな-もりうじの為に死にたいと思う者はいないでしょう」

「そういう事か」


武田や神保じんぼうの兵ならば、もっと蘆名-盛氏あしな-もりうじの為に死ぬのは嫌だろう。

天城山てしろやま越えの脅威が一先ず去った。

去ったか。

忍びを向わせて、罠を再構築させておこう。


不気味なのは鞍骨山くらほねやま越えの関東軍だ。

昨日の内に一万人が松代の奥、神田川を遡って西条で駐留した。

この駐留軍が鞍骨山くらほねやまを越えて、山道の出口である竹尾に現れると予想していた。

それを鷲尾城わしおじょうの東の大挟ばさみで待ち受ける。

雨が降って川が増水したので織田方が渡河できなくなった後に増援を送るのも見えている。

合計で2万人を超える大軍を2,000丁の鉄砲隊で受け止めねばならない。

地雷の数も足りない。

戦場地になると思っていた篠ノ井に地雷帯を作り、そこに使い過ぎた為だ。

敵の威勢を裂く程度しか配置できていない。

そこで村上-義清むらかみ-よしきよ葛尾城かつらおじょうを早急に陥落させ、そちらに配置した花火(迫撃砲)衆をこちらに回す手配をした。


降伏の使者となった屋代城の屋代-正国やしろ-まさくにはそれを察してくれた。

村上-義清むらかみ-よしきよを助ける最大の好機であり、同時に屋代-正国やしろ-まさくにの忠誠心が試されたと理解した。

約束の日の出まで交渉を続けるようでは、織田家への忠誠心が足りないと烙印が押される。


義清よしきよ様、降伏するのは今しかございません」

正国まさくに、そなたを責めるつもりはない。だが、武田家に襲われた時も謙信けんしん殿は我らを助けてくれた。今更、不義理はできない」

「どうあっても?」

「どうあってもだ」

「判りました。最後に良い事をお教えしましょう。城を封鎖する織田の砦は大きくございませんが、その前には空堀があります。そこに油を垂らすと火の壁ができるそうです」

「何が言いたい」

信照のぶてる様は恐ろしい武将でございます。一度絡み付けば、蜘蛛の巣のように逃げる事など許して貰えません」

「何が言いたい?」

葛尾城かつらおじょうを囲む兵が少ないと油断されているのではないかと思っただけです。この城の包囲の状況を聞かされた時は汗が止まりませんでした」

「何がいいたい」

「いいえ、何も…………お察し下さい」


そんな会話をして屋代-正国やしろ-まさくにはそう言うと早々に交渉を切り上げたらしい。

彼が葛尾城かつらおじょうを出るとすぐに攻撃が開始された。

夜明け前であった。

まだ、籠に入った篝火かがりびが煌々と城の周りに配置されて焚かれていた。

そこに迫撃砲の方位を探る初弾が着弾した。

葛尾城かつらおじょうの手前で爆発した砲弾が篝火かがりびを吹き飛ばす。

それが城外の火計用の油をたっぷりと吸わせた藁に着火したのだ。

城兵が討って出た場合の切り札として用意された火計が初手で引火した。

程よい風で葛尾城かつらおじょうの東中に燃え広がった。

葛尾城かつらおじょうと坂城神社に掛けてある尾根伝いの曲輪は両側の炎が迫って来て、とても立って居られない。

東の曲輪は次々と放棄される。

そこに葛尾城かつらおじょうを目掛けて砲撃も始まった。

風が強くなり始め、葛尾城かつらおじょうと姫城に煙を運んで、兵はそこに居る事すら困難になっていった。

義清よしきよは素早く二城を放棄して西の岩崎城へ兵を避難させるが、飛び火した火が岩崎城の両岸にも移っていった。

勇ましく戦って死ぬ事を覚悟していた義清よしきよであったが、城兵1,500人と共に燻されて全滅するのは情けない。

ならば、討って出ようと思いたいが尾根の各出口に砦を作られており、砦を破らないと兵は逃げ出せない。

そこで正国まさくにの助言を思い出した。


「攻めれば、火計で逃げ場がなくなるのか」


こうなると絶望しかない。

夜が明けてすぐに降伏した。

義清よしきよは自らの首を差し出す代わりに家臣と兵の助命を求め、武器を放棄して、西の門からの撤退が許された。

燃える城を見上げて、義清よしきよは茫然となっていたと言う。


その直後に大雨が降るとは思ってもいなかったのだろう。

大雨が降るまでもう少し戦いを継続できただろう。

だが、それまでに呼吸困難から多くの兵を失い、戦意を失った兵では陥落したのは間違いない。

たが、掃討戦の為に配置した兵と花火(迫撃砲)衆が釘付けにされていたに違いない。

そういう意味で助かった。


葛尾城かつらおじょうが陥落すると、兵の半数と花火(迫撃砲)衆の移動が始まった。

宮坂峠を越えて大挟ばさみに3里 (12km)の道を急いだ。

急いだが整備された道ではない。

伝令の報告を聞いて、到着は昼前になりそうだと推測できる。

間に合うのか?


「殿、その心配はございません」


戻って来た加藤かとう-三郎左衛門さぶろうさえもんがそう言った。


「心配ないとはどういう事だ?」

果心-居士かしん-こじが巧くやってくれました」

「また、何を仕出かしたのか。まさか、勝手に毒ガスを散布したのではないだろうな?」

「それはさせておりません」

「あれを安易に広げさせるな。後々、面倒な事になる」

「承知しております」


そうなると何をやったのかと俺は少し首を捻る。

関ヶ原で殺し過ぎた事を叱り、汚名返上の為に諏訪攻略を命じたが成功と言えば成功だったが、画龍点睛がりょうてんせいく結果となった。

少なくとも諏訪占領は果心-居士かしん-こじの手柄ではない。

俺は諏訪-頼忠すわ-よりただに領地安堵と南信濃守護を諏訪-勝頼すわ-かつよりにするという約定を書く事になった。

その約束を保留して諏訪衆をこき使う前提が潰れたのだ。

もちろん、約束を履行して貰う為に俺が勝たないと始まらないので諏訪衆は俺に従っているが必死さが違う。


「死ぬ気で手柄を立てないといけない状況と、若様に咎められない程度に忠誠を尽くすのでは必死さも違ってきます」

「そうだな」

「先程の越後勢の突破も死ぬ気で戦っていれば、突破を許さなかったに違いありません」


突破を許した時点で褒美はなしだ。

失点と言ってもいい。

約束を保留された状態ならば、今頃は顔面蒼白になっているに違いない。

そう考えると果心-居士かしん-こじの減点は大きい。


「で、何をした?」


果心-居士かしん-こじらもその自覚があったようだった。

今度こそと頑張った。

得意の変装で関東兵に偽装して、昨日の夕暮から篝火かがりびに自律神経を鈍らす弱毒を入れて回った。

酒や水桶にも体調を狂わす弱毒を入れた。

体と精神を弱らせ、寝起きの意識によどみのある頃合いに幻惑げんわくの薬を篝火かがりびに放り込んだ。

光の筋が『龍だ』と叫べば、龍に見える強力な催眠効果のある幻惑げんわく剤だ。


「あ~ぁ、そんな薬も開発していたな」

「銭は使い放題、資材は山のようにあり、なければ、栽培できる。果心-居士かしん-こじにとって夢のような楽園です」

「いろいろと作ってくれたな」

「若様の知恵と果心-居士かしん-こじの執念でできた毒が山のようにあります」

「薬や化粧品や樹脂剤などもあるだろう」

「確かに医薬品の薬や道具を嫌々で作っておりましたな」


その貢献があるから首を切らずに飼っているのだ。

化学の知識が凄い事になっている。

危険過ぎる奴だ。

今回、使った毒はその1つだ。

白い煙が陣中に漂い、その煙に兵が慌ただしくなる。

そこに数本の矢を射る。


『敵襲だ』


意識が朦朧もうろうとする兵が敵も味方も判らずに切り掛かる。

敵味方が騒然となり、兵同士が切り合いを始めた。

止めようと理性を働かせる者もいるが、そこに別の声が聞こえる。


益子-安宗ましこ-やすむね殿、謀反』


不満を漏らしていた紀党が裏切った?

紀党の益子ましこ氏は主家の宇都宮氏と反目している所があり、織田方に寝返って宇都宮氏を打倒しようとしている…………などと言う噂を前日に流したらしい。

普通の状態ならば、一笑して終わる所だが弱毒で自律神経を弱らせ、幻惑げんわくの薬で意識が朦朧もうろうとする兵には絶大な効果を発揮する。

そして、次々に不満を漏らしていた者を謀反人に仕立てて行く。

催眠効果も相まって信じてくれたらしい。

果心-居士かしん-こじらは味方同士の殺し合いをさせた。


後続の関東軍が駆けつけると、味方同士が殺し合っているのに慌てた。

鎮圧するだけで大騒動である。

意識が朦朧もうろうとする兵の刀や槍の威力は弱く、死者こそ少ないが8,000人以上が負傷するという惨事となった。

どうしてこんな事に?

意識を取り戻した武将らはきつねに化かされた気分だろう。

織田家と戦う前にこんな騒ぎをすれば、戦意など無くなってしまう。

関東軍は終わったと俺も確信した。


その夜、雨の中でも煌々を輝く篝火かがりびを燃やし、幕府軍は士気の立て直しを図っているように見せて、寺尾城から鳥打峠とりうちとうげを越えて、幕府軍が撤退している報告が入る。


「千代、すぐに追撃を」

「若様、それは無理です」

「判っている。すぐに地雷を撤去して道を開けさせろ」

「承知しました」


ずっと降り続ける雨の為に千曲川ちくまがわは自然堤防が決壊する直前まで溢れており、そこで地雷を撤去するのも危険が伴う。

だが、やって貰わないと困る。

天城山てしろやま鞍骨山くらほねやまを越えるには、双方の城を攻略する必要がある。

こちらから進軍するには地雷を排除して、罠を解除する必要もあった。

間に合うのか?


幕府軍は負傷者こそ多いが、死者や重傷者が多い訳ではない。

もう一戦くらいは戦えるハズだ。

天城山てしろやま城と鞍骨山くらほねやま城を取る価値が低かったのだ。

早々に撤退するとは思っていなかった。

謙信けんしんは雨が上がると見越しての撤退だろうか?

それとも雨が上がれば、半包囲戦が再開できる。


「若様、明日には雨が止むのでしょうか?」

「さぁ、どうだろうな」

「雨が止むとなると理解もできます」

「だが、逃がした魚は大きい」

「そうですが、今は勝った事を素直に喜びましょう」

「そうだな」


俺の苦労は何だったのかと肩を落とした。

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