第48話 織田VS上杉 川中島の戦い(3)<謙信、乾坤一擲>
(永禄3年 (1560年)8月24日夜~26日)
永禄の変以来、シラフの時がない
そして、グビっと呑むと笑みを浮かべる。
悪びれない
しばらくすると黒の頭巾で顔を隠す黒衣の僧が小屋に入って来た。
黒衣の僧は公方
護衛の僧兵も頭巾を被って顔を隠しており、皆から煙たがられていた。
黒衣の僧が到着すると
「なるほど、近い内に大雨が降るのですな」
「空は晴れているが、水の匂いが近づいている。こういう場合は大雨になる」
「大雨ですか」
「毘沙門天の加護でございます」
「ふん、下らん。漁師でも空と風と潮の流れから天気を知る事ができる」
「某らにはまったく判りません」
「
「儂もですか?」
「見て感じれば判る事だ。頭でっかちに成りおって」
「それを渡せ」
「駄目でございます」
そろそろ軽くなって来た銚子鍋を振って、
恨めしそうな顔でじっと見ると、「これが最後ですよ」と銚子鍋に少しだけ注いだ。
「流石、
「判っているではありません」
「呑めば、呑むほど、冴えてくるのだ」
そんな満面の笑みを零されても困ってしまうと
いつものやり取りに黒衣の僧は呆れていたが話を続けた。
「で、いつ降り始めますか?」
「はっきりとは知れんが明日か、明後日、遅くとも明々後日には降りはじめる」
「それがはっきりしないと策が練れませんな」
「このまま一泊して、明日の夕方に善光寺に着くように動くのはどうでしょうか?」
「
「遅過ぎるとは?」
「
「まさか!?」
「
「であろうな」
「大雨の中であれば、知られても問題ないのではありませんか?」
「そのまま居座るか、善光寺まで前進するかは知りませんが、守りに入った織田勢は厄介極まりない相手でございます。知れた時点で策はなりません」
黒衣の僧は様々な可能性を呟く。
善光寺の周辺は周りより小高い場所にあり、どちらが善光寺を取るかで戦況が大きく変わってくる。
このまま
そうなれば、大雨の中で城攻めをするのは上杉方となる。
「夜の間に近づくのは悪くない策でございます。しかし、
「何故、そう思う」
「儂ならば、間違いなく罠を疑います」
「なるほど」
罠を承知で
「その場合、主力は右岸になると思われます」
「それは拙いな。我が方が河川を背にする事になる」
「はい、そうなります。ただ、北信濃の調略がそれほど進んでいるとは思われませんので、その策は取らないと思います」
「すると、出て来ぬか」
「
織田方が引けば、幕府軍が茶臼山の東まで進軍するのが自然な流れだ。
そして、篠ノ井が戦場地となる。
篠ノ井と言えば、屋代、雨の宮、
「はじめから
「…………」
黒衣の僧が悩む。
「少しは時間稼ぎができそうだな」
「稼げるかもしれませんが、こちらの思惑もバレると思います」
「ならば、こういうのはどうだ」
関東軍、混同軍、越後軍を並べ、関東軍が攻めるように兵を進めるとぐるりと後ろに戻って行く奇妙な動きの作戦を立てた。
それを見て、絶句して黒衣の僧が固まった。
「この動きに何の意味がございますのか?」
「意味などない」
「意味がないと?」
「そなたが悩んだように、
明後日の朝にでも雨が降るならば、明日の夕暮にやって見せると言う。
「明日の夕暮れですか?」
「明後日の朝に雨が降ってからでは意味がないからな」
「それは当然ですな」
篠ノ井で睨み合っている所で雨が降ってくれば、
同時に背中を見せる関東軍を攻め立てて襲って来る。
時間がないのだ。
兵を遊ばせている暇などない。
「今日はここまでとしよう」
善光寺には夜明け前に到着した。
越後勢の動きに合わせて、織田方が少数の部隊が
その後ろに
襲って来いと誘っていた。
幕府軍は
そう、一人で身を晒すという豪胆な行為に出る。
互いに慌てる様子もない。
「どうでございました」
「
「それは最初から判っております」
「ふふふ、そうであったな」
尾張の熱田に訪れた事を思い出して笑った。
あの時も冷静に対応された。
幼いながらに一角の武人を思わせる豪胆さと、すべてを見通す叡智を合わせ持つ少年であった。
今では立派な獅子となって前に立ちはだかっている。
戦場は篠ノ井と定めたようだ。
「できる事ならば、正々堂々と戦って道を譲ってやりたいが、儂も負ける訳に行かぬ」
「我らが負ければ、もう後がございません」
「うむ、公方様へのご恩がある。このまま足利幕府を終わらせる訳にはいかぬ」
黒衣の僧が馬を寄せて近づいてきた。
「して、雨はいつ降りますか?」
「明日の朝と見た」
「では、全軍を進めるのが丁度よろしいかと思います」
「そうだな」
そして、篠ノ井で幕府軍と織田軍が対峙する。
向こうに鉄砲がずらりと並び、「さぁ、掛かって来い」と言っているようであった。
「
「こちらが雨宮渡りを抜けて、屋代を奪われぬ為でしょう」
「
「承知している」
織田方に動く気配がない。
「殿、何か気になる事がございましたか?」
「大した事はない。ただ、中央を攻めるのは危険な気がしただけだ」
「中央突破は無理ですか?」
「判らん。だが、茶臼山に兵を配置していないのが気になる。手薄にしている事から織田方は我が右翼から食い破るつもりではないかと思えたのよ」
正解であった。
中央に鉄砲を集め厚く見せているが、さらにその前に地雷帯を置いて通行禁止にしてあった。
攻撃は左右の茶臼山と雨の宮方面から討って出る段取りが整えられていた。
織田の左翼の鉄砲が放たれると重装騎馬が飛び出し、続いて北条の騎馬鉄砲隊が続き、その後ろに足軽隊が続く。
織田家は地雷帯の縁に沿って攻撃を加えるのに対して、前に進めば地雷帯、後ろに下がると高機動の重装騎馬と北条の騎馬鉄砲隊の攻撃を受ける。
そして、織田の左翼は奥へ奥へと進み、幕府軍を
前衛が後衛の後ろを回るという意味不明な行動に
否、自らが撒いた地雷帯の為に即時追撃ができなかった。
「これでよろしいか?」
「結構」
「このような穴が有効とも思えません」
「すぐに判ります」
黒衣の僧がそう断言した。
関東軍が入った松代の丘も同じように守りを固めさせる。
闇夜の中で松明が移動して
これで雨が降らなければ、幕府軍は織田の火力の前に全滅である。
東の空が少し明るくなって来た頃、織田方の動きがあった
「殿、織田方が動きました」
「どうやらバレたようだ」
「バレたとは?」
「雨が降ってくるのが知れたのよ」
「なるほど」
「皆に伝えよ。
ガサっと川の対岸から撃って来ている弾が盾を貫く。
その度に肝が冷える。
盾を言われた通りに二重にしてなければ終わっていた。
ボ~ン、ヒュ~ルヒュ~ルヒュ~ル、ズド~ン!
空から火薬玉のようなモノが降ってきた。
地上に落下すると、大きな火花を出して輝いて辺りを吹き飛ばす。
ヤバい。
確かに穴の中で身を屈めれば、その衝撃を和らげる事ができる。
但し、その
祈るような気持ちで攻撃が止むのを待って本陣に戻って行った。
「殿、無事でございますか?」
「あぁ、ここまでは飛んで来ないようだ」
「やっとだな」
雨だ。
屋代の方から織田方が近づいてくると雨の宮の手前で止まり、鉄砲を撃ち始めた。
ズダダダダァ!
織田家が狙っているのは
ズドドドド~ン!
凄まじい音が聞こえたと思うと
ズダダダダァ!
ズダダダダァ!
ズダダダダァ!
山の向こうから激しい鉄砲の音が聞こえる。
そして、再び
ズドドドド~ン!
今度は
堪らず、城の中にいた者らが飛び出して来た。
これはもう戦ではない。
一方的な破壊だ。
皆が肝を冷やす中で黒衣の僧だけが笑っていた。
「ははは、恐ろしいでしょう」
「笑っている場合ではありません」
「織田家に対して籠城が如何に無意味なのかが判りますな」
「
「殿、しかし…………」
「雨が強くなれば、鉄砲も止まる」
「どうでしょうか?」
「止まる。大雨で視界を失えば、どんな対策も無意味となる」
「なるほど」
そして、ドンドンと雨と風は強くなり、陣幕を吹き飛ばした。
気が付けば、対岸からの攻撃の音が止まっていた。
「よく耐えた。
うおおおおぉ、その指示を聞いた越後勢が穴の中から声を上げる。
「皆の者、続け!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます