第47話 織田VS上杉 川中島の戦い(2)<嵐を呼ぶ男>
(永禄3年 (1560年)8月25日夕方~26日)
この『川中島の戦い』を終わらせよう。
この辺りは川幅が広くなっており、渡河できる場所が多い。
先頭になる大塚館辺りに輝ノ介の重装騎馬と北条の騎馬隊を置き、押し出されて逃げて来る幕府軍に横からブチ当てる準備の為に待機させ、松代に布陣した関東軍を鉄砲で
それに加えて新吾(
一方、右岸は屋代城の前面に横に長い横陣を展開する。
屋代城を守るように俺の黒鍬・鍬衆を置く。
おそらく、
兵が出て来るのは唐崎山城や鷲尾城辺りか。
だから、黒鍬・鍬衆の右側に鉄砲衆と花火(迫撃砲)衆を置いて備える。
さらに両側に西遠江・東三河衆、
俺が信頼できる者達だ。
そこに甲斐国人衆、諏訪衆も加える。
兵の数が足りなくなるのは、
兵の数は然程の問題ではないが、花火(迫撃砲)衆の半数を残しているのが少し痛い。
それでも新吾と合流したので問題は無くなった。
新吾の護衛に帰蝶義姉上が美濃攻めで使った黒鍬・鍬衆1,500人と花火衆100門500人を付けた。
左岸の主力の迫撃砲と黒鍬・鍬衆1,500人ら織田・美濃衆が持って来た鉄砲と、俺が
右岸の鉄砲衆4,000丁を主力に甲斐や諏訪の部隊にも残りの鉄砲を貸し出した。
その総数は鉄砲1万丁を越えた。
「ふふふ、圧倒的ではないか、我が軍は」
「若様、油断は禁物です」
「判っている。だが、敢えて言う。勝つであろうと」
「随分と不安になっておられるようですね」
「判るか?」
「判ります」
「千代、
「存じ上げません」
基本方針には、
撃って、撃って、撃って、敵の数を減らす。
近づいて来た敵を火薬玉で牽制し、勢いを削いだ所で突撃をさせて大勢を決める。
「日の出と共に一気に終わらせる」
「考えて判らぬならば、敵の兵を減らすのが一番と考えます」
「そうか、千代もそう思うか」
「はい」
「よし、決めた。皆を集めよ」
日が暮れる前に皆を集めて軍議を行う。
信広兄ぃをはじめ、新吾や
仮設の浮き橋を掛けたので行き来が楽になった。
軍を移動する時は浅瀬を一気に渡らせた方が早いが、連絡や少数の行き来では浮き橋が便利だ。
「
「いよいよですな」
「存分に暴れよ」
「腕がなります」
「まずは鉄砲と砲撃で敵に戦意を奪ってからだ。それを忘れるな」
「織田の強さを見せ付けてやります」
皆、同じ思いのようだ。
前の軍議で
俺は先程まで考えていた手順と配置を示し、一人一人に声を掛けて行く。
「最後に
「褒美とは、一国一城の主を求めてもよろしいのでしょうか」
「
「励ませて貰います」
「
「申し訳ございません」
「俺も無用な殺生を避けたいと思っているが、いつまでも我慢が続くモノではないぞ。兵の命を助けたいならば早々に降伏せよと駆り立てよ」
「もう一度、使者を送ります」
軍議は敵が崩れた後の段取りになって行く。
味方同士で手柄を奪い合って乱戦にならないように、信広兄ぃが配慮して役割を決めて行く。
すでに勝った気分になっているのは拙い気もするが、それをするのは俺の役目ではない。
「敵が引くのを見逃すな。それで我が軍の勝利は確定する。功を焦って敵軍に孤立する馬鹿は放置しろ」
「信広様、味方を見捨てるのですか?」
「味方の鉄砲が撃たれている中で突撃するような馬鹿は我が軍にいらん」
「殿は攻撃する時期をしっかりと見定めよと申したのだ。織田家では手柄首より命令の方に重きを置く。いくつの手柄首を持ち帰っても命令違反で得た手柄は手柄と数えぬ。しかと心得よ」
信広兄ぃが皆を引き締めてくれた。
軍議が終わると慌ただしくなっていった。
軍を再編成して移動が始まる。
こちらの動きに対して
細心の注意を払って真夜中の移動を完遂して行く。
夜中の夜襲に注意しながら兵には仮眠を取らせておくようにも注意しておいた。
こちらも船山郷に置いていた仮の本陣を明日に備えて屋代城の近くに移す。
仮設テントが仕舞われて運ばれて行く。
もやもやとする気持ちが収まらなかった。
「若様、お顔の色が悪くなっております。もう遅うございますから仮の寝所を造らせましたのでお休み下さい」
「そうさせて貰う」
「こちらも望月家に伝わる薬です。飲むとすぐに眠れます。何かあった時は気付け薬で目を覚まさせます」
「あの気付け薬は遠慮する。千代の声で起こしてくれ」
「承知しました」
床に入ると夢も見る事なく、死ぬように眠った。
次に目を覚ましたのは尿意を感じたからだ。
まだ、夜は明けておらず、寝所を出て河辺に移動する。
じょろじょろと尿を足すと心が静まってゆく。
ぴしゃっと魚が跳ねると、頬に水しぶきが当たったように感じた。
頬に手を置く。
気の所為か?
川のせせらぎの音を聞きながら夜空を見上げた。
星が
…………
…………
…………
雲が走っている…………雲が!?
ぞわぞわぞわと背筋に冷たいモノが走って、ぶつぶつと腕に鳥肌が立った。
シマッタ!
「千代、千代はいるか?」
「こちらに控えております」
「日の出までどれくらいある?」
「まだ一刻 (2時間)ほど残っているかと」
「急ぎ、集められる者をすべて集めよ。伝令の黒・赤母衣衆もだ。俺は屋代城に登ってくる。集めておけ」
千代女が桜達に指示を出すと追い駆けて来た。
屋代山は尾根伝いにいくえにも曲輪を造っている城だ。
曲輪の両側には斜面が形勢されており、簡単に横から尾根に上がって来られないようになっている。
この辺りの城や砦はそんな感じの仕様が多い。
尾根伝いに用意されている階段を登って行く。
屋代城までそれほどない。(標高458m、比高93m)
それでも空を見上げるのに周りの障害物がかなり減る。
東の空は雲と星が見えるが、西の空は真っ暗であった。
そして、やはり雲がかなり速い。
風も出て来ているような気がする。
「若様、どうなさいました」
「
「西の空?」
「西の空の雲の速さを見ていたのだ」
秋の風物詩と言えば、何だ?
そうだ、野分(台風)だ。
俺だって天候を気にしない訳ではない。
朝廷に宛がわれた天文方の役職を最大限に利用して、天気の関する情報を集めた。
各部隊に天文方の者を置いて天候には気を付けている。
例えば、知多半島では夏場で西風が吹くと、にわか雨が降り易いなど情報を集めている。
この諏訪に入るに当たっても、そんな噂や風聞も集めさせた。
雲の形から気象を予測している。
ここ数日は晴天が続いた。
遠くの西の空を見ても低気圧が作る厚い雲もなく、2、3日は快晴が続くと思っていた。
敢えていうならば、雲が少し速く感じたくらいだ。
大切な事だからもう一度言おう。
まだ、2、3日は快晴が続くと思っていた。
だが、それにも例外がある。
野分(台風)の予想はできない。
雲がいつもと違う流れになったと思うと、もう接近している。
毎年、どこかに来ているが予想できる奴はいない。
日本の各地に気象観測所を幾つか建てて、気圧から天気図を作成できるようにならないと無理だ。
抜かった。
この季節ならば、いつ来ても不思議ではない。
雲の流れを見ると日本列島の中部に接近しているのが判る。
野分(台風)の規模も進路も判らない。
だが、ここで降らなくとも諏訪辺りで降れば、この辺りの川は増水する。
後、何時間残っているのか?
それが判らない。
小高い
仮の本陣を置いていた船山郷も天文12年 (1543年)に河川が氾濫して、村を流失している。
「申し訳ございません。まったく気が付いておりませんでした」
「気づけるモノか」
「ですが…………」
「反省は後にしよう。問題はこれからだ」
そうだ、反省は後だ。
加賀の一向宗が越中に進入した時もそうだった。
越中に出陣しながら10日以上も城に留まって雨が降るのを待っていた。
忘れていた。
「わざわざ雨を待っていたのですか?」
「雨が降れば、一揆の勢いも衰える。しかも後ろにいた僧兵は火縄銃を持っていた。火縄銃が使えない雨の日を選んだ」
「織田家の火縄銃は雨でも使用は可能です」
「
織田家の火縄銃は火縄のカバーを装着できる仕様になっており、ポンチョ風の雨具を使用する事で雨具の中で次弾を装填できるようになっている。
だから、雨でも火縄銃が撃つ事ができる。
それでも発射の間隔が長くなる。
しかも雨具が撒き上げられるような大風が吹き、横殴り雨が降れば、それも不可能になる。
野分(台風)を利用して、圧倒的な火力が無力化される。
加賀一向宗のようになぎ倒すつもりか。
すべて
冗談じゃない。
そんな
山を降りて陣に入ると矢継早に指示を出す。
「信広と
「
「新吾、よく戻った。だが、すぐに部隊に戻って
「お望みであれば、すぐにそう致します」
「すぐに雨が降ってくる。川に近づき過ぎるな。川の水が増して来たら、旧横田城の辺りの高場になっている所まで引け」
「雨でございますか?」
背後の茶臼山から流れ出る
そうなると織田・美濃衆らの逃げ場は少ない。
だが、そこまで心配すると、次の打てる手がなくなるので敢えて言わない。
「川が増水している間、御身の事のみを考えよ。幕府軍はこちらで何とかする。とにかく、川の水嵩が上がるまで、可能な限り敵の数を減らして貰いたい」
「判りました。すぐに戻って攻撃を開始致します」
「頼む。期待している」
同じ伝令を
輝ノ介と信広兄ぃ、
ならば、右岸に戻して
右岸は圧倒的火力で越後勢を押し返す作戦だったが、大雨が降って来たら輝ノ介の重装騎馬隊を頼ってこちらも押し出す。
河原に配置した隊も本隊の側に寄せて置く。
「若様、本陣を屋代城に変える事を進言致します」
「城からでは指示が遅くなる。資材や物資は尾根の曲輪に運び込め、本陣は黒鍬・鍬衆の背後の山際に移す」
後は足りなくなった火力の補充だ。
丁度、
「
「何がございましたか?」
「俺とした事が
それを聞けば、逆に義理堅い
それを察したのか、最後の交渉は自ら
「
「急ぎ行って説得してきます」
「俺もそなたの同胞を殺したくない。武器を捨てて城から出て来る事も許す」
「ご配慮、有難き幸せ。では、失礼致します」
だが、今は引いて誰もいない。
尾根の両側の斜面が削ってあり、登るのが容易ではない。
だが、討って出る時は滑るように降りる事ができる。
その先には森が広がっており、森に入る所にいくつかの罠を仕掛けてある。
だが、本当の罠は油をたっぷりと染ませた藁と火炎瓶でも使える蒸留酒用の甕である。
敵が城から討って出てきた瞬間に火を付ければ、尾根以外は逃げ場を失う。
四方の山が燃えた状態で、尾根の高さ (比高370m)を無視して迫撃砲の砲火が始まる。
さて、煙に燻されてどれだけの人間が無事でいられるだろうか?
その準備が終わった所で鉄砲隊を外した。
さて、今回の砲撃を一通り終えると、花火(迫撃砲)衆に移動を命ずる。
船山郷の手前にある宮坂峠を越えて右翼の後方に配置し直し、
包囲している守備兵には
おそらく、一酸化炭素中毒で人間の燻製になっているハズだ。
ほとんど抵抗もなく終わる。
虐殺に近いか。
だが、これは仕方ない処置なのだ。
もしも、大雨が降っている中で
そこで
兵を無駄に殺される訳にはいかない。
運が悪かったと思って、先に死んでくれ。
ズド~ン!
織田・美濃衆の辺りから火の手が上がった。
新吾が陣に戻ったのだろう。
「よし、こちらも攻撃を開始する。鉄砲隊は前進せよ。花火衆、
徐々に明るくなって来て、対岸の陣立ても見えて来た。
新吾め、あれほど河辺に近づくなと言ったのに…………無茶をする。
尾張・美濃衆は広く横に広がって川辺の対岸ぎりぎりまで前進する。
(篠ノ井横田から松代岩田の辺り)
すだだだだ~ん!
織田方の鉄砲が越後の兵を襲い出した。
川幅は300間 (545m)くらいなので何とか有効射程に入っている。
越後の兵が盾を二重にして耐えて、じりじりと下がる。
そこに迫撃砲の弾が着弾して大きな被害を与えた。
前と上から攻撃に戸惑っている。
「適度に距離を置いておりますので、実際の被害は小さいと思われます」
「そうだろうな」
「ですが、機先は取れました」
「反撃の余地など与えずにこのまま押し潰す」
その後ろを1里半 (6km)先から急いで戻ってくる輝ノ介と信広兄ぃの姿が見えた。
信広兄ぃが北条の旗を立てた騎馬隊を率いて、身重の重装騎馬がその後ろに付き、織田の旗を立てた兵がかなり後ろを走っている。
織田家の副将が北条軍を率いる?
向こうから見ると何をやっているのかと思われているかもしれない。
日の出まであとわずか。
もっとも東の空に明るみが広がり、空が明るくなっている。
そして、頭上は黒い雲が伸びて来ている事を実感した。
一刻 (2時間)でいい、もってくれ。
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