閑話.巨悪なギヤマンと戦う赤鬼達の奮戦記。

(永禄3年 (1560年)5月10日~5月17日)

野望渦巻く、戦乱の世にあって、自由と平和を守るために、敢然と悪に立ち向かう、仮面をつけた忍者がいた!!

その名を赤鬼。

彼らは将軍を助ける斎藤-義龍さいとう-よしたつに仕え、義龍よしたつの命で巨悪な織田軍の本陣である大垣に乗り込むが、奇怪な妖術を使う甲賀忍者の一団である桜、楓、紅葉が率いる『中根南3人衆』に阻まれた。

飛騨の仲間は次々と倒され、巨悪の権現である織田-信照おだ-のぶてるまで届かない。


「やはり、織田の守りは固い」

「清洲から出たのでいけるかと思っていたけど、奇妙な術を使いやがる」

「城まで近づけたが、その先が遠い」

「あのビリビリは何だったんだ?」

「青鬼、あれは南蛮の術で“エレキ”という術だ」

「ビリビリして痛かった。それに夜なのに昼間みたいに明るくなった」

「あれも南蛮の術であろう」

「白鬼、落ち着いてないで何とかならないのか?」

「赤鬼が時間を稼いでくれているその間に逃げるしかない」

「赤鬼、大丈夫かな」

信照のぶてるのギヤマン衆に遅れを取る赤鬼ではないわ」


大垣で信照のぶてるの暗殺は失敗に終わった。

奇妙な術を使うギヤマン衆を相手にするには、飛騨忍者の数が足りない。

だが、仲違いによる織田の分裂が起きた。


「白鬼、好機だ」

「うむ、信照のぶてるを討つのは困難だが、信長のぶながを討つ事はできるやもしれぬ」

「警護は厚いけど、手練れがいないもんね」

「ただ、清洲にいる間は手出しできない」

「確かに入れる隙がない」

「待てばよい」


赤鬼の一言で機会を待った。

信長のぶながは清洲から移動して知多に入ったが、こちらも清洲以上に近づけない。

そもそも危険な熱田に近づくなど死を意味する。

指を咥えて見ているだけであった。

幸い、熱田の事は行商人から情報を買う事ができる。


「赤鬼、奇妙だと思わぬか」

「織田の軍船か?」

「白鬼、堺を取り戻してどうする。意味がないだろう?」

「堺を取り戻せば、三好が動けるようになるぞ」

「三好を使って京を狙うつもりだったのか」

「赤鬼、すぐに知らせねばならんぞ」

「まて、京の情勢を見てからだ。何か見落としている気がする」


巨悪の根源の兄の信長が将軍制圧の為に京に向かったと察した赤鬼は、飛騨忍者のみを連れて京に上った。

飛騨忍者は伊勢街道を関ヶ原方面に向かい、途中から間道を通って近江に入った。

そこで将軍がすでに観音寺城に入っていた事を知る。

益々、信長が堺に行く意味が判らない。

背後を脅かすだけならば、信長が行く意味はない。

とにかく幕府に軍艦が堺に向けて出航した一報を届けると、京を目指すが、その行く手には『猿飛』の異名を持つ三雲-賢持みくも-かたもちが立ちはだかった。


「おのれ、甲賀忍め。われらを京に行かせぬ気か」

「やはり何かあるな」

「どうして侍は行き来できるのに、おいら達の邪魔をするんだ」

「赤鬼、どうする? このままで被害が大きくなるばかりだ」

「おいら達は負けない」

「少し口惜しいが幕府の手を借りるか?」

「うむ、こうも安々と甲賀忍が東山道に出没するのが可怪しい」

「まさか?」


赤鬼が頷いた。

野洲郡や栗太郡は西近江衆進藤-賢盛しんどう-かたもりの支配だ。

つまり、甲賀忍が自由に襲えるのは彼らが裏切っている可能性があった。

もちろん、裏切っている証拠は何もない。


実従じつじゅうに報告して指示を仰ぐ」

「そうするか」

「兵を借りられれば、京にも上がれる」


実従じつじゅうは信長が船兵500人で京に上がるという報告を信じなかった。

わずか500人で何ができるモノか。

そんな顔で赤鬼達を見下ろした。

そして、三好が動いたとしても大坂御坊を無視して京に上がれず、それまでに織田との戦を終わらせればよいと言う。

しかし、西近江衆が裏切っているかもしれないという話には目をギラつかせた。


「よく知らせてくれた。褒美を与える」


金の入った小袋を放り投げると、約束通りに京に向かう部隊に紛れ込ませてくれた。


 ◇◇◇


(永禄3年 (1560年)5月18日~5月25日)

赤鬼達が京に入ると土岐-頼芸とき-よりあきの屋敷に身を寄せた。

だが、様子を確かめる暇もなかった。

赤鬼と白鬼を除く、情報を仕入れに出た仲間が一人も戻って来ない。

神も仏もなく、ただ悪霊が出没する。

平穏無事とえて、魑魅魍魎が徘徊する魔都となっていた。


「赤鬼、何かが可怪しい」

「うむ、何かあるな」

「糞ぉ、誰が仲間を殺したんだ」

「青鬼、怒りを抑えろ。絶対に一人で動くな。夜の散歩は命懸けだ」

「まるで熱田に潜入したような空気が漂っている」

「これは思っていた以上に危ないぞ」


京は幕府軍と町衆で一触即発の不穏な空気に包まれていた。

傭兵や浪人が溢れ、幕府に仕官しに来る。

街では騒動や喧嘩が起こり、京の町はざわついていた。

幕府は兵が多い割に動きが鈍く、町衆が自ら鎮圧に動く。

朝になると身元不明の死体が転がって、死体には義賊『石川五右衛門、参上』の札が張られていた。

幕府は傭兵や浪人の喧嘩などにかまっている所ではなかったのだ。

取り締まりが厳しくなり、町の者に厳しい吟味が行われる。

釈放には袖下がいる。

幕府軍の秩序は保たれているが、役人への賄賂の要求額が吊り上ってゆく。

対して商人らは人夫が怯えて仕事ができないと嘆いて役人を脅す。

幕府と町衆が静かな睨み合いとなっていた。

兵糧の輸送も滞る訳だ。

赤鬼らには幕府の役人がイラつく姿が手に取るように判った。


「殺し方が伊賀忍だな」

「拙いぞ」

「甲賀の次は伊賀か?」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…………」

「青鬼、祈った所で助けは来ぬぞ」

「助けを求めたんじゃない。供養しただけだ」

「そうか」

「赤鬼、敵の狙いは判らん」

「白鬼、敵の狙いは兵糧の輸送を遅らせる事だ」

「なるほど、やはり織田か。しかし、我らだけでは多勢に無勢だ。しかも我らの話を役人らが歯牙にも掛けん」

「土岐様を頼るしかない」


赤鬼らの上司は京では土岐-頼芸とき-よりあきになるが、まったく実権がなかった。

その癖、頼芸よりあき自身も赤鬼らを側に近づけない。

話し合いたし、そんな訴えは無視された。

義龍よしたつの命なので屋敷に入れてやっているという感じで、飛騨の忍びなどという下人を相手する頼芸よりあきではなかった。

さらに嫌な事に伊賀忍は仕事に忠実だ。

しつこく飛騨忍を目の仇にしており、活動がまったくできないでいた。

否、身を守る為に土岐家の屋敷で小さくなっているしかなかった。


「儂と赤鬼しか出られないのでは何ともならん」

「おいらにもやらせてくれ」

「青鬼には無理だ。朝には死体にされておる」

「ちょっと信用してくれ」


飛騨忍者は手練れにならないと一人で動かない。

4人から6人で行動する。

皆、擬態しているのでバレない。

だが、何故か京の町には手練れが多く徘徊しており、擬態を簡単に見破ってしまう。

土岐家の屋敷に入ったのはいいが、出るにも監視の目を欺く必要があるという始末だった。


「冷や汗をかいた事が何度とあった」

「白鬼が?」

「振り切るので精一杯で情報を手に入れる暇もない。お主らではすぐに見つかってしまう」

「これでは何の為に京に上がってきたのか判らないじゃないか」

「まったくだ」


赤鬼らがもやもやしている間に20日夕刻になった。

俄かに京が騒ぎ出し、土岐家の屋敷を見張っていた忍びの視線が消えた。

もう今しか逃げ出す機会はない。

赤鬼らは土岐の家臣と一緒に逃げ出した。

逢坂関おうさかのせきを抜けて、観音寺城を目指そうと思ったが、すでに西近江衆によって関は閉められていた。

仕方なく鞍馬山を目指し、近淡海ちかつあはうみ(琵琶湖)をぐるっと北を回って美濃に戻る事にした。

しかし、鞍馬から東に進路を変え、京と朽木を結ぶ鯖街道に入った所で忍びと思える者が徘徊していた。


「忍び? やはり、織田方か?」

「朽木を根城にしている者であろう」

「糞ぉ、比叡山が無事ならば、織田家の好きにできんかっただろうに」

「嘆いても仕方ない」

「あれもか」

「多いな」

「ど、どういう事だ?」


行商人や農民のような格好をしていても足取りを見れば、忍びと判る。

逆に言えば、擬態している飛騨忍の御一行も知られている。

危険を察して飛騨忍者が集まり、後ろも一団となって集まってきた。


「山に逃げるぞ」


大原辺りで赤鬼らは山に逃げた。

山中で飛騨忍者と織田の忍びが激しく戦う。

数は織田方が多かったが手練れが少なく、何とか包囲を突破して近淡海ちかつあはうみ(琵琶湖)に辿り着けたが、雨に打たれながら見えた景色に青鬼が叫んだ。


「何でだよ」

「あれは織田軍でございますな」

「すでに京は陥落したか」

「しかし、どうします。北も南も駄目となりましたな」

「ならば、西の風に乗って近淡海ちかつあはうみ(琵琶湖)を抜けるしかあるまい」


赤鬼は危険を承知で木津まで北上し、織田軍の行列が切れた隙に舟を奪って湖を渡った。

渡った先で逃亡する幕府軍の兵と遭遇する。

南の坂田郡方面から織田軍が迫ってくるので、一旦は幕府軍に紛れて北上するしかない。

浅井郡に入った所で山中に入って伊吹山地を越えて美濃に戻ると、斎藤軍が敗北して稲葉山城に籠城していた。


「負けちゃっているよ」

「幕府軍が敗走している時点で想像はできていただろう」

「だって、関ヶ原に織田方の主力が出たなら、大垣に向かった義龍よしたつ様は無事だと言ったのは白鬼じゃないか」

「無事かもしれんと言っただけだ。関ヶ原で勝った織田方が討って返して大垣に大挙すれば、一溜りもない」

「白鬼の嘘付き」

「儂は嘘など言っておらん」


堅固な稲葉山城は落ちていなかった。

だが、城の出入口になる井ノ口には織田軍が滞陣し、空堀を掘り、土手を築いて砦を構築していた。

しかも背後の岩戸や達目洞だちぼくぼらにも兵を配して、逃げる事を絶対に許さないという陣を敷いていた。

そう言っても、稲葉山(金華山)をすべて覆うのは不可能であり、赤鬼らは山中を抜けて城に戻った。


 ◇◇◇


(永禄3年 (1560年)6月10日~11日)

シュ、シュ、シュ、空を飛んでやってきたように天井から赤鬼らが降りてきた。

義龍よしたつは昼間から酒を呑んで不機嫌にしていた。


「なんだ、呼んだ覚えはないぞ。なにかあったか」

「我ら飛騨衆、お暇を頂きたく参上致しました」

「ここまでの恩を忘れて、儂を見限ると言うのか」

「我ら、任務で命を落とす事は厭いません」

「ぬかせ」


義龍よしたつがぐっと酒を呑んだ。

青鬼がギラっと睨み付けた。


「おいらの仲間は何十人も死んだんだ」

「未熟な為であろう。儂は信照のぶてるの首を取って来いと命じたハズだ。それがどうだ、京まで上って逃げ帰って来ただけではないか」

「返す言葉もございません」

「赤鬼、何故謝る。こいつの為に無駄に仲間が死んだんだ」

「青鬼、黙れ」

「白鬼、言い返して何故悪い。こいつは俺達の情報を無駄にしたんだぞ」

「それが忍びの定めだ」


赤鬼らは戻ってすぐに尾張に潜入し、長島の様子を報告した。

さらに義昭よしあきの警護を担当していた飛騨衆から越前も保たないという報告を寄越してきた。

この伝達も命懸けだ。

朝倉家の越前が終われば、畿内は一気に平定へと向かう。

幕府軍の再建はない。

仮にあっても明日の話ではない。

稲葉山城にはそんな兵糧がなく、そもそも稲葉山城に兵糧を集めていなかったのだ。

織田方の予想を裏切るような早さで兵糧が尽きようとしていた。


「入れろ」

「申し訳ございません。もうございません」


ちぃ、義龍よしたつが舌を打った。

どうやら酒も尽きたらしい。


織田方は兵の一部を美濃の全域に送った。

今ではほとんどの領地を掌握された。

わずかに残っている味方が抵抗しているが、美濃の混乱が収まれば通過する事も難しくなる。

そんな報告を聞く度に眉間に皺が寄る。

そして、長島一向宗も長く保たない。

信照のぶてるは長島、信長のぶながは越前、帰蝶は大垣に居て離れない。

井ノ口に1万人が残されており、何度か攻めたが砦まで辿り着けなかった。

岩戸や達目洞だちぼくぼらに各5千人の兵が配置されており、山道を抜けた出口で待ち伏せていた。


周辺に散った1万人の兵が戻って来て、さらに長島の兵も美濃に再配置されれば、最悪になる事は明らかであった。

そして、飛騨忍者にとって織田方の忍び衆が美濃に回されれば、今までのように稲葉山(金華山)を抜け出す事もできなくなる。


「はっきりと申させて頂きます。我ら飛騨衆は任務に命を賭す事に迷いはございません。しかし、犬死は御免つかまつります。王家の復興が我が一族の悲願でございますれば、その望みが絶たれた今、これ以上のご奉公は出来かねまする」

「お主らにどれだけの銭を払ったと思っておる」

「それに見合う命の数を奉げました」

「足りんな」

「ですから、ご嫡男の喜太郎様を武田様か、長尾様にお届けしようと参上致しました」

「…………」

「…………」

「喜太郎を呼べ、元服させる」


喜太郎はその日の内に龍興たつおきを名乗り、ひっそりと赤鬼ら飛騨衆と共に稲葉山城を脱出した。

義龍よしたつ龍興たつおきの脱出を悟らせぬ為に日が明けぬ内から最後の戦いを挑んだ。

城から出ようとすると迫撃砲の砲火を浴び、撃って出ると鉄砲の雨が降る。

足が鈍る兵の前に立って、義龍よしたつが鼓舞した。

ヤケクソのように押し寄せた。

砦が近づいてくると、無数の火薬玉が降ってきた。


「怯むな、我らに後退はない」


鬼気迫る気迫で圧し迫るが空掘の底がぬかるんで前に進めない。

長良川の土手が部分的に切られて水が流れ込んでいた為だ。

さらに長良川を挟んだ北側と西の扇状地の土手から鉄砲が撃ち続けられていた。

十字砲火で被害が嵩んで行く。


別動隊が尾根伝いに伊那波神社方面から奇襲を掛けるが、こちらも山を下る辺りから迫撃砲の砲火を浴び、山から出ると空堀が目の前にあった。

やはり火薬玉が頭上より降ってくる。

それを逃れて兵が南下すると、広い場所で織田駐留の本隊が待っている。

三方から押し込められて打ち倒されていった。


先頭で鼓舞し続けた義龍よしたつは何発も鉄砲の銃弾を受けても立ち続けていた。

だが、遂に力尽きて倒れると武将も兵も槍を捨てて降伏した。

斎藤-義龍さいとう-よしたつ、享年32歳。

武将の意地を最後まで貫いた。


龍興たつおき様、ここまで来れば大丈夫でございます」

「赤鬼よ。父上は無事だろうか」

「分かりかねまする」

「ですが、龍興たつおき様を関東管領様の元まで無事に届けてみせます」

「よろしく頼む」


日が暮れると同時に龍興たつおきは数名の供を連れて稲葉山城を抜け出した。

そして、正午頃に鉈尾山城なたおさんじょうを通過した。

飛騨へ続く山々が聳え立っていた。


「ここから先はおいら達の庭だ。大船に乗ったつもりでいてくれ」

「そうか」

「織田は大勢で一人を襲う卑怯者だ」

「織田は卑怯か」

「卑怯だ。幕府に逆らい、私利私欲の為に戦う」

「私利私欲か」

義龍よしたつ様は我らが姫を公家養女にして朝廷に送る準備をしてくれた。日ノ本の事を考える立派な武将だった。俺達の仲間が殺された事に同情してくれなかったが…………」

「それは済まない事をした」

「気にするな。御婆様は言った。最後に勝つのは我々だ」

「織田に勝てるのか?」

「正義は必ず勝つ。最後に生き残った者が勝利者だ」

「ならば、生き残らねばならんな」

「そうだ。だが、安心しろ、俺達が無事に届けてやるさ」


何故か、青鬼が胸を張って自慢そうにそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る