第33話 長島の戦い。
(永禄3年 (1560年)5月30日)
俺が居なくなった桃配山の臨時大本営は解散され、京、敦賀、清洲へと各地に分散した。
まず、大垣城に戻る。
そこで一泊して帰蝶姉上と打ち合わせを済ませると、舟で
「
「彦七郎、ここにいるは側近のみ、堅苦しいあいさつは無しにしよう」
「よろしいので?」
「他人行儀にされると肩が凝ります。今まで通りの魯坊丸で結構です」
「そうか、ならば魯坊丸と呼ばせて貰うぞ」
「そうしてくれ」
「おまえは一人だけ偉くなり過ぎだ。少しは分けろ」
俺に合わせてちょっとおどけてくれた。
年も近く、美味いモノに釣られて中根南城に通って、将棋や囲碁で遊んでいた仲だ。
元服と同時に城主というのは期待されている証拠だが、広大な領地の割に織田一門衆の数が少ないのが原因だ。
まだ官位を貰っていないが、この戦が終われば貰う事なるだろう。
「この戦で三十郎兄ぃが活躍したから帝にお願いして、俺の補佐役に任命して貰うつもりだ。彦七郎も補佐の補佐なんてどうだ?」
「補佐の補佐か」
「一大儀式の改暦の儀が終われば、一気に昇進は間違いなし」
「ホントか」
「仕事なんて部下がやってくれて問題なし」
「それは嬉しいな」
「不正が見つかると責任を問われるので、流れが見える程度には仕事を覚えた方がいい」
「ちょっと待て」
誰も覚えていないかもしれないが、荷ノ上城の
長島一向宗の抑えは勝幡城の
しかし、元服したばかりの若輩者に一軍を任せるほど無茶はしない。
より長島に近い北西の
(礼銭とは、権力者から権利を貰った時に送り返すお礼の品の事です。「東脇、大瀬古の礼銭」は天文年中に熱田社惣検校へあてたものです)
そして、
熱田とも繋がりが深い。
そう言えば、この連盟で名を連ねた
兄上(信長)が俺のお願い程度で越前朝倉攻めを遅らせる訳もない。
本格的な再編を後回しにして、京から食糧と共に
塩津方面で降伏した
足軽より側近の方が多い軍も奇妙なモノだ。
守りが少ない状態で御当主を危険な戦場に連れて行けないと言ったらしく、馬廻り衆を連れて当主は帰国を許された。
兵は5,500人に減ったが、その分頑張って働く事だろう。
先行する形で
呼ばれた
近場の食糧は幕府が買い上げて倉はほとんど空で、本人が秋まで食べる分を高値で供出させて割り増したがまだ足りない。
船で輸送するにも半月くらいは掛かる。
そもそも半月もあれば尾張から第一段の輸送部隊が到着する。
待てばいいのに、機を見て動くのが兄上(信長)だ。
長距離走を耐えた後は戦をしながら、米が浮くような粥飯で飢えを凌がせるつもりなのか?
兵に困難な事を要求している。
一方、幕府軍の本隊は
逃げて減るのではない、逃げていた奴らが集まってくる。
日に日に数が増えてゆく。
それもそのハズで、逃亡した兵は逃げても落ち武者狩りに襲われた。
集団化すれば討伐の兵が送られる。
一人でいるのも、集団で集まるのも地獄行きだ。
食うに困った兵が投降して捕虜となった。
報告書が送られてくる度に計算のやり直しだ。
ともかく軍役で集められた兵達は次々に強制送還する事にした。
いるだけで邪魔だ。
織田方に寝返ってくれた畿内の奉公衆代官らには帰還して貰って、中国勢の捕虜が道中で悪さをしないように見張って貰う。
若狭・丹後・丹波の兵は二組に分かれた。
逃亡して
全部、兄上(信長)が悪いのだ。
因みに、播磨・但馬・備前・備中・備後・美作・因幡・伯耆・出雲の奉公衆代官の兵が2万人近く残っている。
播磨・但馬の1万人を浅井郡・伊香郡の治安維持に残し、残る兵を
播磨・但馬の兵を後詰めと考えれば、3万5,000人以上だ。
越前攻めならば、それで十分だろう。
兄上(信長)に急かされた
だから、まだ兵糧の第一輸送隊が到着していないだろう。
大垣や清洲から荷を背負わせた先発隊は一時凌ぎだ。
あと3日待てば、第一輸送隊が塩津湊に入る。
その後は往復するだけなので定期的に輸送が可能になる。
越前攻めはそれからでいいだろう。
まったく。
それより中国勢を問題なく送還する方が俺の悩みの種だった。
もちろん、帰国させた
すべて丸投げにしてからこちらに来たのだ。
彦七郎に無礼講と言って部屋を借りると、3ヶ月ぶりにごろごろとした。
「千代、今日だけは何もするな」
「お心遣いありがとうございます」
「明日からは地獄だ」
「そうなるでしょうね」
大坂の石山御坊の末寺である
それどころか、長島城の城主
何を考えているのやら?
◇◇◇
(永禄3年 (1560年)6月1日~6月4日
長島の5つの島には長島一向宗の門徒が集まっている。
その数、総勢3万人だ。
10万人と呼ばれる門徒が集まらなかっただけよかったと思うしかない。
鉄砲も500丁ずつ預け、城の角には旧式の青銅大砲を設置してあった。
攻められた時に威力を発揮する。
しかし、どちらの城から大砲を撃っても長島まで届かない。
防御に特化した城だ。
今回の攻勢の為に迫撃砲を桃配山からこちらに移させた。
木曽川の土手付近に鉄砲隊と一緒に並んでいる。
織田方の一向宗が持つ鉄砲を含めるとかなりの数だ。
翌日、長島一向宗の説得を行っていた三河と尾張の高僧が集まってきた。
三河
長島を挟んで、伊勢桑名方面に尾張・美濃の一向宗1万人と尾張弥富方面に三河一向宗1万人が逗留していた。
一見、一向宗に見えるが中身は織田軍だ。
各寺には寺領を管理する代理領主を選出させてあり、領主である限り尾張と三河の守護代の家臣となる。
織田家の領地には代官は配置されて代官の許可なく徴兵ができなくなった。
この代理領主は寺の住持と代官の板挟みになる。
代官によって徴兵された兵は織田の兵だが、今回は一向宗っぽい格好をさせる。
武将も僧らしく
寺の門徒で構成されているので間違いなく長島を囲んでいるのは一向宗門徒だ。
長島の
現在の住持は三代目の
何度も交渉を行ったが、まず支配下に入る事が交渉の条件と譲らない。
むしろ勝手に支配を受け入れた尾張・美濃・三河の寺院を非難する。
「寺領の管理を織田家の代官に任せるだけと説得しましたが、まったく話に乗ってくれません」
「幕府が大敗した事を知らんのか?」
「通行を許可しておりますので知らぬハズはありません」
検問をしているが出入は自由にしている。
兵糧攻めにしている訳ではない。
こちらは話し合いで解決したいという姿勢を尾張、美濃、三河の門徒衆に見せてつけている。
温情を持って話し合いたいと
建前は大切だ。
そして、これが完全な時間稼ぎになる。
長島一向宗の得意戦術はゲリラ戦であり、農民を装って背後から駐留地や町や村を襲ってくる。
野盗のフリをして尾張や伊勢で暴れた事も何度もあった。
忍び衆の網に掛かって尾張で成功した事はない。
しかし、伊勢では「帰依せねば、野盗が消える事はないでしょう」などとほざいて領主を脅している。
伊勢一向宗の方が数だけは多い。
包囲するのが普通の織田の兵ならば、背後からの連日の奇襲で兵が疲弊してしまう。
だから、敢えて同じ一向衆を並べた。
一向宗が一向宗を襲った瞬間に内部紛争に変わる。
【伊勢一向宗】 VS 【尾張・美濃・三河一向宗】
織田家の家臣にも門徒がおり、正面から対立すれば寝返る熱心な家臣もいる。
領主になると寝返る阿呆もいないと信じたいが、家臣に背中から刺されるなんて事態は想定しておく必要がある。
幕府軍と正面から戦っている最中に謀反など起こされては堪らない。
そんな事態にならないように一向宗との直接対決を遅らせた。
時間を与えたのがこちらの都合だが、恩着せがましく言っておく。
「俺は十分に待ったと思うが、まだ待つ必要があるか?」
「もう少しお時間を頂けないでしょうか」
「俺の
「譲歩とは?」
「立て籠もる3万人の門徒を帰国させるか、
「承知致しました」
「交渉が決裂した場合、さらに2日間の撤退する猶予を与える。逃げる者に罰は与えぬ。命は俺が保障する」
「ありがとうございます」
「但し、交渉が決裂すれば、4日の日の入りと同時に攻撃を開始する。以後、逃げる事も降伏する事も許さん。死んで極楽に行けるなどと思うなと伝えよ。生きた儘で地獄に叩き落とす」
「
「ここまで待ったのだ。冥府魔導への一本道、冥土の土産に地獄を味わって行けと告げてやれ。俺に二言はない」
戦闘終了後に生き残った者の命を奪うつもりはないが敢えて言わない。
だが、砲撃が始まってから逃げ出してくる者は許さない。
織田家に逆らうのが、どんな意味を持つかを教える必要がある。
「兵にも申し付けておけ。命令に逆らった者も極楽に行けると思うなと」
「
「仲間を一人でも助けたければ、4日の日の入りまでに長島から去れと伝えよ」
翌2日、
僧を殺すと仏罰が落ちるぞ。
比叡山を焼かせたのは俺だと噂を流しているのに、自分らは焼かれないと考えるのか?
一度も二度も変わらんだろう。
もちろん、俺が比叡山を焼いた訳ではない。
あいつらが勝手に言っている。
意味が判らん。
仏を名乗る悪鬼羅刹の権現とも罵りながら、仏の俺は長島を焼き尽くさないと考えられるのだ。
4日の日が沈むまで攻撃を控える。
僧が逃げ出す者を許さなかったのか、逃げ出す気がなかったか、それほど多くの者が出て来る事もなかった。
しかし、自分達の子供や妻をしっかり逃がしているあたりが
4日になって
門徒を解放せず、その癖、自分らの妻や子供だけは逃がす辺りが気に入らない。
ズルいな。
「おそらく、本音と建て前が違うのと思われます」
「信じてくれる門徒の命は
「死ねば極楽往生と言っている手前、死んで地獄行きなど認められないのです」
「愚かな」
「申し訳ございません」
祖父の
相手に従って降伏するのは恥。
逃げ出すのはもっと恥。
当時避難した高僧らは昔の言葉がそのまま跳ね返ってきたようだ。
日が沈んで暗闇が掛かると迫撃砲の火が灯り、ドガーンという音と共に
そこから絶え間ない灯が続け様に起こる。
弥富の土手から
しかし、的がデカいので外れる心配がなく、250丁の迫撃砲が途切れなく撃たれてゆく。
こうして『火の七日間』が始まった。
長島に上陸しようなどと考えなければ、簡単な攻略法だ。
舟で討って出てきた者は鉄砲の餌食になり、近づくと火薬玉が降ってくる。
守勢において無敵の織田軍だ。
火薬玉で舟が二つに割れて川に放り出される。
鎧など着ている馬鹿はお陀仏だ。
今更、逃げ出す者を許す訳もない。
上陸した者に遊撃の足軽隊が襲い掛かる。
抵抗が弱まれば、迫撃砲を舟に乗せて移動すれば、他の4つの島を砲撃するのに何の問題もない。
完全に抵抗が無くなった所で上陸を開始する。
掃討戦も簡単に終わってしまった。
こうして5つの島を順番に攻撃して、『長島の戦い』はあっさりと終わった。
3万人を虐殺したという汚名と共に。
デマだ。誇張だ。捏造だ。
俺は3万人も殺してない。
寺院を破壊し尽くした後に降伏を認め、僧侶以外は命を助けたので1万人は助かったハズだ。
また、砲撃で死んだ数など知れている。
舟で特攻して死んだ者の方が多い。
自棄になった人間が怖いし、必死に防衛した味方を褒めたい。
守る方も必死だった。
また、真夜中の出火で火事から逃げ回り、焼死した者、川に飛び込んで溺死した者が数多多数おり、その数は不明だ。
ホント、火事は怖い。
寺院が崩壊し、その瓦礫の下敷きになった死体の数には興味もなかった。
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