第31話 刀根峠の戦い。

(永禄3年 (1560年)5月21日~22日)

疋田の疋壇城ひきだじょうは文明年間(1469年~1487年)頃に疋田-久保ひきだ-ひさやすによって築かれたと云われる。

北国海道 (西近江路)から続く七里半峠を越え、街道の西にある丘陵に建てられた城は周囲が空掘に覆われ、南北に36間 (65m)、東西に25間 (45m)と街道に長く面していた。

城は本丸、小丸、南丸の三つで構成されており、いくえにも囲われた曲輪が厄介だ。

さらに本丸の周辺に空掘りがあり、かなりの堅固さを誇っている。

この城は朝倉家と幕府との境界である。

朝倉家では最大の防衛拠点と位置付けてられており、幕府から盗んだ石垣の技術が詰め込まれ、総石垣の城へと変貌していた。

しかも本城の東・南・西の三方に出城があった。

南の出城は真夜中に雨の中の奇襲で陥落させると、敵の来襲を知った本城では臨戦態勢を取って待っていた。

城の東側には笙川と五位川が合流しており、城と川の間に街道が通っていた。

因みに、東側に三足富士という山があり、笙川をその周りをぐるっと迂回するように流れ、その川に沿って塩津街道がある。

疋田は北国海道と塩津街道の合流点でもあった。


疋壇城ひきだじょうはその狭い谷間を蛇行する五位川が大きく突き出た所に城が座っており、出城を落とした織田・朽木連合2,000兵が街道に沿って進むと敵方の鉄砲の出迎えを受けた。

城主は七代目の与一郎景継かげつぐであった。


「掛かれ」


朽木から荷馬車で運ばせた大きな盾を持った兵が城に近づいてゆく。

狙うは南城の南正門である。

朝倉本隊に徴兵されているのか、城兵は少なく200人か、300人と思われた。

しかし、山と川が迫っており、大軍の利が生かせない。

通常ならば、ゆっくりと横に広がって城全体を攻める所だが、それでは時間が掛かる。

信長は時間を掛ける事を嫌った。


「信長様、この山城は厄介でございます」

「だからこそ、無理を押して荷馬車で先行させた織田の秘密兵器が役に立つ」

「兵も一緒に荷馬車で運ばせるなど、他の武将では考えられません」

「疲れた者を順次乗せただけだ。摂津から京でもっと多くの荷馬車と馬が調達できれば、こんな事にならずに済んだのだが巧くは行かん」

「兵を荷馬車で運ぶ。今度から真似させて頂きます」


考えたのは信長だが、幕府に怪しまれずに馬と荷馬車を集めたのは信照のぶてるであり、実行させられた商人らは冷や汗モノだった。

幕府の物資を運ぶ名目で宿から宿に多くの荷馬車と馬を用意させた。

信長は西国街道を上がりながら馬と荷馬車を補充して兵の脱落を防ぐ策を考えたのだ。

信長的には8,000人分の荷馬車を用意させたかったが、流石に無理であった。


「そこもとは恐ろしい奴だな。笑い飛ばさず、真似ると言うか。また、武具を外させて行軍するのも面白い」

「兵に何も持たせず、荷は荷馬車で運ぶ方法は信照のぶてる様から教えて貰いました」

「それにしても随分と荷馬車を借りてしまい申し訳ない」

「問題ございません。幸い朽木が近かったからお貸したのです。予備の武具などいくらでも何とでもなります。荷馬車も朽木では必須なのです」

「ともかく、貸して貰えて大いに助かった」


他にも信長は朽木を中心とする街道の整備が尾張並みに進んでいるのにびっくりした。

速度を落とさずに交代で休憩させられる。

しかも街道の整備が西国街道とは大違いであった。

朝倉領に入る前に半日ほど休憩を入れるつもりだった信長は荷馬車を借りられた事で予定を前倒しする事に成功した。

嬉しい誤算であった。


「援軍が来る前に片付けるぞ」

「何度も申しますが、疋壇城ひきだじょうは中々に堅固な城でございます」

「狙うのは城でない。守っている武将の心を撃ち抜く」


そう言われても朽木-藤綱くつき-ふじつなは不安を覚える。

そんなに簡単に落ちるのだろうか?

大敗した幕府軍がどこまで北上しているか判らない。

本当に疋壇城ひきだじょうの確保は急務だった。


味方が100間 (180m)まで近づいた所で盾を並べて鉄砲の応酬に変わった。

盾と盾の合間から兵が敵を狙い撃つ。

城壁の上で構える敵の射手が悲鳴を上げて倒れてゆく。

藤綱ふじつなが「おぉ」と思わず声を上げる。

鉄砲の質で勝てそうだ。

敵兵からすれば、ざあざあと降る雨の中で応戦してくる織田・朽木連合に首を捻りたくなるだろう。

雨の中でも何の問題もなく、鉄砲を撃ち返してくるからだ。

城壁の兵は鉄砲屋根があるので鉄砲を撃てる。

織田・朽木連合は盾を組み合わせて傘を作り、その場で簡易の小屋のようなモノを作った。

その盾は鉄砲の弾が貫通しない丈夫な造りだ。

打ち降ろす疋壇城ひきだじょうの方が有利なのだが、鉄砲の性能がそれを覆してしまった。

鉄砲手はその場で火種を作り出すと、後装式なので銃身が濡れていても気にせず、短い間隔で撃ち続ける事ができた。

鉄砲隊が背負っているのは朽木の旗である。

藤綱ふじつなはちょっと優越感を覚える。

いやいや、お借りしている朽木に駐留する信照のぶてるの兵達だ。

優越感と一緒に、その威力に藤綱ふじつなは冷や汗を搔く。

京に入る前に前装式の鉄砲と最新式の鉄砲を交換していた。

どれほどの効果があるのかと疑っていたのだが、鉄砲が変わるだけで打つ手が倍になったように思える。

織田家を敵にするのは『ヤバい』と藤綱ふじつなは改めて確信した。

さて、信長はそれで満足しない。

鉄砲を撃ち合っていては敵の心を折るのに時間が掛かり過ぎる。

織田の兵は鉄砲隊の後ろで大きな荷物を荷馬車から降ろしていた。

信長がくすねてきた一発使いきりの携帯砲(バズーカ)だ。


「信長様、あれは?」

「軍艦の大砲と同じモノを詰めてある」

「あの小さいモノが大砲ですか?」

「何でも“かうんたますカウンターマス”というモノを詰めていると言っておった」


個人が持てる携帯砲の研究で造られたモノだ。

砲身を極力まで削り、厚みも限界までそぎ落とした一品である。

一発撃つと砲身が熱で変形して二度と使えなくなるという欠陥品であった。

費用対効果からお蔵入りしたモノを信長は持ち出した。

足場を作り、発射後に転倒しないように簡易杭を打つ。

その上に携帯砲(バズーカ)を置いて止め金で固定すると完成する。

砲身保護の為に飛距離も犠牲にして200間 (360m)くらいまで大丈夫だが、命中精度を考えると100間 (180m)が限界だった。

距離の上でも欠陥品であった。


「後ろから離れよ。撃て」


信長が叫ぶと『ズドーン』という全身に響く大きな音を立てて撃ち出された。

かなり後方の藤綱ふじつなの辺りまで熱い風が吹いた。

そして、正面の南門に当たると、『ドガ~ン』と大爆発を起こすが、凄まじい威力であった。

正門を破壊する所か、城門の建物が崩れ出し、その衝撃波で両岸の壁も崩れた。

爆風は味方の盾を吹き飛ばすほど強く、門周辺を守っていた敵兵はほぼ即死し、城門や城壁に上っていた兵は瓦礫に埋もれた。

中にいた兵も吹き飛ばされて重傷者が続出した。

南に守りを固めていたので、100人以上が死地にやられた。

あまりの威力に疋壇城ひきだじょうの兵士の戦意が消えた。

あんな化け物を相手にできるか?


『掛かれ』


雪崩れ込む織田・朽木連合に槍を捨てて投降する者が続出する。

無理をして一台だけ持ってきた虎の子だが、二ノ矢がない事を敵は知らない。

勝龍寺城しょうりゅうじじょうか、吉祥院城きっしょういんじょうなど、集結した幕府軍に一発撃って、敵の士気を奪う為に持ち出してきた。

長期戦を嫌った信長の秘策だ。

城主の与一郎景継かげつぐは自らの首を条件に家臣の命乞いをした。

信長ははじめから命を取るつもりはなかった。


「おめでとうございます」

三郎左衛門さぶろうさえもんか、早馬や周囲の間者の始末はできたか?」

「ぬかりなく」

「であるか、大義である」


三郎左衛門さぶろうさえもんは頭を下げた儘で信長に聞いた。


「このまま敦賀を狙うつもりですか?」

「後続が到着次第に馬廻り衆を残して出発して貰う」

「馬廻りを残す。信長様は行かれませんのか?」

「ふふふ、捕えた疋壇城ひきだじょうの兵を解き放つとするか。そうすれば、逃げる幕府軍と合流するだろう」

「なるほど、承知しました。今から幕府軍の様子を探ってきましょう」

「予想より早く伊香郡の東野山城辺りまで北上しているかもしれん。その場合は敦賀を後に回して、幕府軍を迎え討つ。ぬかるな」


信長の予想では、観音寺城かんのんじじょうを獲られたとて慌てて引き上げた幕府軍には余力があると思っていた。

ならば、大軍になるほど足が鈍くなる。

信照のぶてるの兵力は1万くらいなので苛烈な追撃戦はできない。

幕府軍の残存はまだ浅井郡に留まっていると読んでいた。


だがしかし、信長の懸念があった。

京を目指して急いで逃げてくる公方義昭よしあきの姿が浮かぶのだ。

公方義昭よしあきが逃げてくれば、奉公衆と周辺も付いてくる。

一万人以上の兵が迫っているかもしれない。

公方義昭よしあきの行動は信長も予想できない。

疋壇城ひきだじょうを捕るのを急いだ理由だ。

これで退路は塞いだ。


「公方様が逃げて来ているならば、捕えた疋壇城ひきだじょうの兵をすぐに逃がして、すでに京が陥落している事を知らせる」

「そうなると越前に逃げるしか道が残されておりませんな」

「その通りだ」

「お人が悪い」


信長がにやりと笑うと三郎左衛門さぶろうさえもんも悪い顔つきで笑みを零す。


「可能な限り朝倉の兵を削いで、公方様と義景のみ逃がす」

「他の要人はどう致します」

「できるならば、始末して欲しい」

「では、急ぎ幕府軍の動きを確認して参りましょう」


三郎左衛門さぶろうさえもんが闇夜の中に消えていった。

連絡に部下が交代で戻ってくる。

伊香郡に逃げ戻ってきた兵がわずかにいるが、本隊の姿がない事を確認した。

織田方の後続が到着した。

城で休憩を許し、藤綱ふじつなに織田・朽木連合2,000兵のすべての指揮を任せて敦賀に向かわせた。


22日、朝になって雨も上がった。

幕府軍は伊香郡に北上して来ない事を確認すると、かなり日が高くなった所で疋壇城ひきだじょうの捕えた兵をすべて逃がしてやる。

忠義心の高い者は近江の義景よしかげの元へ向かうと確信していた。

すでに疋壇城ひきだじょうを奪われ、敦賀に兵が送られた事を知った朝倉軍がどう動くかは火を見るよりも明らかだ。

夕刻、三郎左衛門さぶろうさえもんから昼まで朝倉軍が小谷城にいるという報告を聞いた。


「勝ったな」


信長は嬉しそうに拳で手の平を叩いて喜んだ。


 ◇◇◇


(永禄3年 (1560年)5月23日)

22日夕方前、小谷城を出発した朝倉軍は北国街道を北上したと報告が来る。

23日の夜半に刀根峠を通って疋壇城ひきだじょうに向かってくると信長は予測した。

夜明けと同時に疋壇城ひきだじょうを襲うつもりなのだろう。

堂々と松明の灯が列を為して近づいてくれば、朝倉軍の動きが丸見えだった。

馬鹿か?

信長はそう思ってしまう。


疋壇城ひきだじょうに向かってくる道には塩津から疋田を結ぶ塩津街道があるが、こちらは幕府領であり、義景よしかげら朝倉勢は詳しく知らない。

なんとしても北国街道は越前に帰る為に必要な道だ。

その確保が最重要になってくる。

刀根峠辺りを確保しないと、朝倉軍は越前に帰る事もできなくなる。

朝倉軍は必ず北国街道を通ると予想していた。


但し、幕府軍が塩津街道を使う事を考慮して播磨の兵を先行させ、余呉湖に向かう脇道付近で兵を二つに分けさせた。

街道の守りに2,000人を残し、3,000人で朝倉勢の背後から襲う役目を命じた。

信長の本隊6,500人は刀根峠を越えて北国街道と合流する脇道を進んだ。

どちらも朝に疋壇城ひきだじょうに到着し、夕方まで体を休める事ができたので十分に戦える。

信長はそう確信し、朝倉軍の鈍足に笑みを零す。

念の為に言うが、朝倉軍の行軍速度は遅くない。

普通だ。

信長の行軍速度が異常なのだ。

食事も携帯食(カロリーメイト)で済まさせる徹底ぶりであり、行軍以外の行動を可能な限り削ぎ落した。

走ってばかりの織田軍にやっと活躍の場が回ってきた。

進んでくる松明の灯に向けて、織田家の鉄砲が一斉に火を噴く。


ズダダダダ~ン!

朝倉勢が慌てている事に信長の方が驚いた。

どうやら織田方は敦賀を目指しており、疋壇城ひきだじょうまで敵がいないと思っていたとしか思えない。

どうして、そんな楽観的に自分に都合のよい事を考えているのかが理解できない。

思わず、信長は首を捻る。

少数であっても伏兵がいると考えるのが普通ではないか?

朝倉-宗滴あさくら-そうてきという英傑のお蔭で、朝倉勢の兵は攻めるのが当たり前であり、攻められた事がほとんどなかったのだ。

朝倉軍の兵は常に自分らが攻める側と勘違いしていた。


「火薬玉を投げ入れよ。敵に当てずともよい。敵をさらに混乱させろ」


幕府軍が関ヶ原で敗北し、朝倉領の敦賀を襲われているのだ。

朝倉勢の士気は高くない。

だが、まだ崩壊するほどではなかった。

朝倉軍は無傷だった。

狭い街道で戦っているので、互いの被害も限定的だ。

北国街道は余呉川の東側に沿って通ってあり、西側の刀根峠側から鉄砲を撃ち降ろしていた。

敵の後方が余呉川を渡って側面を付く素振りを見せた。

山が際立っており、木々が生えて通り難い。


「者ども、織田家の強さを見せ付けよ」


正面から右翼を担当していた林-秀貞はやし-ひでさだが吠えた。

織田家の精鋭が余呉川を渡って来た敵を迎え討つ。

信長は焦らない。

全面攻勢に出る機会を伺っていた。

長く伸びた朝倉勢の隊列に余呉湖の脇道から播磨勢が横槍を入れるまで粘る。

朝倉勢の松明が乱れた。

信長は見逃さない。


次に刀根峠の脇道を無視して北国街道を直進する部隊が現れた。

鉄砲の弾を避ける為に川の方へ盾を上げて進んで行く。

主君の退路を確保する為の部隊だ。

これは疋壇城ひきだじょうの奪還を諦めて、越前に帰還する事を優先した証拠だ。

左翼の佐久間-信盛さくま-のぶもりが焦った。

林隊が頑張っている中、何もせずにじっと待たされているからだ。


「信長様、敵が我らを無視して進んで行きます」

「慌てるな。予定通りだ」

「しかし、このままでは…………」

信盛のぶもり殿、殿が大丈夫と言っておる」

秀貞ひでさだ殿、このままでは左翼の我らは何もせずに終わってしまいます」

「待て、もう少しだ」

「信長様…………」


ズドーン!

北国街道の先で大きな爆裂の光が輝いた。

先行した先頭が吹き飛んだのだ。

それに続いて、ズダダダ~ンという銃の音が聞こえた。


「いくつか地雷を埋めさせておいた」

「信長様!?」

「ほれ、敵の足が止まったぞ」


三郎左衛門さぶろうさえもんが持っていた地雷を使わせた。

数が少ないのでハッタリでしかないが、敵の足を一度止めるだけで十分と考えていた。

さらに鉄砲の音だ。

前方にも伏兵が隠れていると思わせ、すでに退路は閉じたと錯覚させる。

錯覚だ。だが、それで十分だ。

これで朝倉の兵の不安はピークに達する。


信盛のぶもり、存分に働け」

「承知」


左翼の信盛のぶもり隊が山を駆け下りて、余呉川を渡って横槍を入れる。

長く伸びた敵は一瞬にして総崩れだ。

信盛のぶもり隊はそのまま敵の右側から攻撃を掛ける。


秀貞ひでさだ、今だ」

「総員、掛かれ」


残っていた織田兵が馬廻りの少数を残して突撃した。

狼の群れのような織田方が羊のような朝倉の兵に襲い掛かった。

先鋒が崩れれば、兵が逃げ出してゆく。

残された武将らが次々と餌食になってゆく。

暗闇の中で『〇〇、討ち取った』と朝倉武将の首の名が響く。

もう街道も糞もない。

朝倉の兵に戦意はなく、蜘蛛の子が散るように散ってゆく。

とにかく東へ東へと山中へと逃げ出した。

雨でぬかるんだ道で泥に足を取られて、傷1つない鎧兜が泥にまみれて見るに堪えない姿になってゆく。

そのうち足取りが重くなり、重い兜鎧も捨ててゆく。

各所で悲鳴と怒号が響いた。

打ち捨てられた死体が転がり、棄てられた槍や刀、具足で足場もないほど乱れた。

朝倉軍は敗れた。

追撃戦は朝の日が差すまで続けられた。


「この愚か者め」

「申し訳ございません」

「公方様を捕えられず、朝倉-義景あさくら-よしかげの首も取らずに帰ってきたのか?」


吠える信長の前で林-秀貞はやし-ひでさだ佐久間-信盛さくま-のぶもりらが頭を下げた。

その後ろにはずらりと朝倉武将の首が並べられていた。

朝倉軍1万2,000人を完膚なきまで叩き潰した大勝利に浮かれて、信長の前に首を並べて自慢したからだ。

だが、ここで終わるつもりがない信長は敢えて罵倒する事にした。


『勝って兜の緒を締めよ』


浮かれてこれで終わりと思って貰っては困るのだ。

武将らに公方様と義景よしかげを取り逃がした事を責めた。

もう十分と思って引き返し、最後まで追わなかった事を咎めた。


「信長様」

「なんだ、信盛のぶもり

「我らは先日より走りづめでございます。兵の疲労は限界を超えております。これ以上の追撃は無用と存じます」

「愚か者め」


信長は足で信盛のぶもりを蹴り飛ばす。

兵を引き締めようと敢えて厳しい言葉を掛けているのに、信盛のぶもりの一言は信長を非難する事になる。

状況が見えていない。

後でこっそりと言えばいいモノをここで言うか?

馬鹿め。

信盛のぶもりの愚かさに怒りが込み上げてくる。


「そなたがそのような心積もりだから取り逃がしたのだ。戦う時は死ぬ気で掛かれ。退路を考えれば槍が鈍る。戦況は儂が考える。そなたらはただ前を向いて戦う事のみ考えよ。判ったか」

「しかし、兵は限界で…………」

「まだ、言うか」


もう一度、信盛のぶもりを蹴って信長はその場を後にした。

秀貞ひでさだらが信長の後を追ってくる。


秀貞ひでさだ、急いでここを掌握し、降伏した幕府軍の兵を拘束しろ。そして、使えるようならば、軍に組み込め」

「信長様、それはよろしいのですが、兵糧の方はどうされます」

「三十郎(信包のぶかね)に命じてある。幕府が用意していた兵糧をこちらに寄越すように手配しているハズだ」

「なるほど」

信照のぶてるに連絡を取り、越前侵攻の準備を三日で終わらせよ」

「それは無茶かと」

「どうせ、あやつの事だ。幕府軍が残した兵糧を確保しておる。兵站は任せておけば間違いない」

「承知しました。すぐに段取りに掛かります。して、信長様はどうされるのでしょうか?」

「あの首を持って敦賀に向かう。開城するのは間違いあるまい。巧く取り込めれば、朝倉を内側から切り崩せる」


秀貞ひでさだらが頷いた。

朝倉家には織田派もいる。

確かに義景よしかげを取り逃がしたのは痛いが、返って越前侵攻の口実ができた。

朝倉の兵が瓦解しており、内部を分断できれば簡単に落とせるかもしれない。

信長はそれを狙っている事が判る。

神速の早さで相手に考える隙を与えない。

大きくなられた。

状況の変化に次々と手を打つ信長に秀貞ひでさだらが羨望の眼差しを送る。

京を出陣する時に商人から贈られた南蛮由来のマントがはためき、信長の体を何倍にも大きく見せていた。


「どうした。付いて来い」


少し振り向いた信長の顔に自信がみなぎっているように見えた。

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