第11話 春の納涼花火大会

花火は天正17年 (1589年)に伊達-政宗だて-まさむねが米沢城で花火鑑賞をしたらしいが、その規模は明らかではない。

日本で流行するようになったのは慶長18年 (1613年)にイギリス国王ジェームス1世の使者が駿府城で徳川家康に花火を見せたのが始まりと言われる。

元々は14世紀のイタリアでキリスト教のお祭りでの見せ物だったようだが、鉄砲の技術を3ヶ月程度で盗んだように日本の職人らは簡単に花火を作ってしまった。

こうして、日ノ本に花火職人が生まれた。

享保17年 (1732年)、第8代将軍・徳川吉宗の御世で大飢饉とコレラの流行で多くの死者を出し、それらの霊を弔う川施餓鬼かわせがきが催され、そこで花火が打ち上げられたと言う俗説まである。

隅田川すみだがわ花火大会の起源らしいが、もちろん後世に作られたネタ話だ。

そもそも享保17年 (1732年)にコレラが流行した記録はない。


正徳元年 (1711年)に初代の鍵屋かぎや-弥兵衛やへえが隅田川で花火が打ち上げたとも、また、享保18年 (1733年)に花火師の鍵屋かぎや玉屋たまやが花火の宣伝する為に花火を打ち上げたという記録が残されている。

どれが本当か判らない。

いずれにしろ、今では隅田川すみだがわ花火大会で夏の夜空に2万発の花火が天空を舞う。

その花火代金だけで約1億5,000万円が一瞬で夜空に消える。

銭食い虫だ。

それは現代も戦国いまも変わらない。

10発とか、20発くらいならば目くじらも立てられないのだが、数千発となると誰も首を縦に振ってくれない。

皆の批判を浴びながら、ずっと密かに準備を進めて来た。


「若様、本当にやる気ですか?」

「ここでやらずにいつ・・使う。熱田や津島では皆が青い顔をして反対するではないか?」

「熱田や津島の者でなくとも青い顔になります。一体、いくら掛かると思っておられるのですか?」

「花火とはそういうモノだ」

「そういうモノだ。では、ございません」

「絶対にやる。織田家の威信に賭けて成功させる」

「はぁ、判りました。火薬師を手配しておきます」

「手の空いている者はすべて来させろ。本物の花火を打ち上げると言えば、必ず来る」


千代女に呆れられたが俺の銭だ。

皆の度肝を抜いてやるぞ。


 ◇◇◇


(永禄3年 (1560年)3月中旬)

俺は伊那郡奉公衆代官の小笠原-長時おがさわら-ながときや上伊那の領主らが吉田本城に戻る事を条件に伴野城の包囲を解かせた。

中伊那の領主には坂牧城に集まるように言っておいた。


「という訳で花火大会を開催する」

「何がという訳でございますか?」

「皆も知っておろうが、花火とは夜空に咲く花の事だ。坂牧城の夜襲と同時に花を咲かせる」

「若様、花火で通じるのは織田の者だけです」

「そうか」


皆を飯沼城に撤退させて、今後の対策を申し付けた。

それが五日後に小笠原-信貴おがさわら-のぶたかの坂牧城にて『納涼花火大会』を開催するのだ。

花火のついでに迫撃砲で坂牧城を破壊する。

花火が6,000発に、迫撃砲も6,000発だ。

この戦では迫撃砲がお披露目される事もなく戦が終わったらしい。

折角なので派手に行きたい。


派手と言えば、派手好きな織田おだ-造酒丞みきのじょうの息子と思えないほど、長頼ながより(後の菅屋-長頼すがや-ながより)は真面目な青年だった。

戦い方が堅実で地味だ。

地雷と同時に火薬玉と迫撃砲の同時攻撃で敵の戦意を一瞬で削いでもよかったのに、父である造酒丞みきのじょうの見せ場を残していた。


「火薬は貴重です。必要以上に使わないのが鉄則です」

「教科書通りか」

「何か、問題がございますか?」

「問題はない。ただ、今回はこの花火で織田家の力を心骨しんこつこくす」

「伊奈の民を恐怖で震え上がらせる」


そういうと近衛-晴嗣このえ-はるつぐが割り込んできた。


「それが花火ですか?」

「織田家の素晴らしさが判るであろう」

「確かにあれは美しいモノでございました」

「あの花火が地上で咲くとどうなると思う」

信照のぶてるを怒らせると怖い怖い、本当に怖いですか?」


口で怖いと言っているが、晴嗣はるつぐは面白がっているようにしか見えない。

以前見せたのは、鳥人間コンテストが終わった夜だ。

試作の花火を帝にお見せした。

残念ながら百発も用意する事ができなかった。

今回は大小様々な花火を用意させた。

ビバ、花火大会だ。


「吉田本城と坂牧城に使者を送れ、5日後に坂牧城を夜襲する。参加して一晩だけ死守できれば、幕府が望む銭と兵糧を与える」

「幕府が望むとは、信濃全域ですか?」

「東遠江、駿河、甲斐、信濃のすべてに掛かる費用と兵糧だ」

「豪気ですな」

「さらに信貴のぶたかには松尾城を与えても良いと言ってやれ」

「お待ち下さい」


小笠原-信定おがさわら-のぶさだは血相を変えて、俺を止めようと声を荒立てた。

勝手に自分の居城を与えると言われてびっくりしたようだ。


「俺が負けると思っているのか?」

「そのような事は思っておりませんが、こちらの攻め手の数は幾らほど用意するのでしょうか?」

「織田方は1,000人のみだ。他の者には城攻めに参加させぬ」

「わずか1,000人のみでございますか?」

「しかも日が暮れてから、翌朝の日が昇るまでだ」


城攻めは敵の数倍の数がいる。

普通に考えて少な過ぎた。

信定のぶさだは汗をだらだらと流しながら、何とか攻め手を増やそうというが、俺は認めない。

但し、観客として下伊那の民を可能な限り連れてくるように命じた。


「女、子供もですか?」

「女、子供、老人に至るまでだ」

「畏まりました」

「安心しろ。俺は負けぬし、もし負けた場合は信定のぶさだにどこかの一国を与えてもよい」

「ご冗談を…………」

「ふふふ、織田家の力をとくとみよ」


輝ノ介らがにやにやと笑っていた。


 ◇◇◇


織田家の攻め方は1,000人のみと宣言している。

小笠原-長時おがさわら-ながときらにこれまでの事をすべて不問とし、南信濃、甲斐、駿河、東遠江に必要な銭と兵糧を出してやると破格の条件を出した。

それなのに長時ながときと上伊那の領主達は吉田本城から援軍を出さないと言って来た。

2~3,000人で籠城すれば、一晩くらい持つと思うだろう?


長時ながときは根性がないのか?」

「家臣らが総出で止めたそうです」

「織田の約束を信じられないのでしょう」

「あるいは織田に恐怖したのかも」

造酒丞みきのじょう、戦で長時ながときを脅し過ぎたのではないか?」

「そんな事はございません。中央を突破して襲う前に逃げられました」


どうやら俺に信用がないらしい。

坂牧城に入っていた中伊那の領主達も逃げ出した。

武田家の威を借りて君臨してきた信貴のぶたかを見限ったようだ。

仕方ないか。

勝っても負けても織田家の支配下に入る。

下手に織田家に逆らって目を付けられたくないという所か。

先の敗北もあり、手勢も減っている。

使者の返事を信定のぶさだが嬉しそうにそう報告している。

落城が見えてきた。

残った兵は家臣と傭兵、それと強引にかき集めた農民の400人らしい。

この時点で農民らが逃げ出していない。

領主としては思っていた以上に人望があるのかもしれない。


「援軍なしで400人も残ったか?」

「地形を考えますと攻め手は西のみです。一晩くらいなら保つと考えているのでしょう」

「そこに一縷いちるの望みを置くか」

「普通に戦えば、日が暮れてから日が昇るまでです。十分に勝算があると考えたのでしょう」

「織田家にその常識は通じない」


信貴のぶたかも覚悟しているのか、城にいる家臣らの妻や子を避難させている。

後顧の憂いを絶った。

残された時間を活用して、城の修繕や強化にも余念がない。

城の周りに空堀が出現してきた。

信貴のぶたかは戦下手だが、領主としてはそれなりに有能なようだ。


「土曽川の改修を手伝った農民も多いのでしょう。スコップは渡しておりませんが、鉄の鍬などを報酬代わりに持ち帰った者は多くいました」

「掘るのが早い理由はそれか」

「鉄の鍬の有用性を理解できているようです」


坂牧城は南大島川と黒沢川に挟まれた丘陵地帯に建てられている。

空堀に水を流し入れれば、水堀が誕生する。

東に天竜川があり、周囲には湿地帯が広がっている。

南の南大島川が大外堀だ。

攻めるならば、南大島川と黒沢川の間にある西の道を進むのが常道であった。

その西にいくつもの足止め柵を設けていた。

足が止まった所で鉄砲と弓を使って抵抗するつもりなのだろう。


「花火大会の招待状は行き届いていたか?」

「問題ございません。長時ながときの家臣は必ず坂牧城が見える所にお連れすると約束してくれました」

「観客は多いほど良い。抜かりなく進めよ」

「畏まりました」


輝ノ介と晴嗣はるつぐは酒や肴の準備に余念がない。

随分と楽しみにしている。

信定のぶさだは俺の命令を守って、村々から観客を動員して集めてくれた。

雨天順延と言っていたが、雨が降らなくてよかった。

最初の大輪の華から始めよう。


ずど~ん。


大筒から大きな音を上げて花火玉が空に打ち上げられ、パ~ンと大きな音と共に花が咲いた。

はじめての者らがその音と光に恐れながら見ている。

ずど~ん。

パ~ン!

ずど~ん。

パ~ン!

ずど~ん。

パ~ン!

しばらくはゆっくりとしたペースで花火を上げてゆく。


敵も何が起こっているのか判らずに呆けているだろう。

しばらくは楽しんで貰う。


ずど~ん。

パ~ン!

ずど~ん。

パ~ン!


わぁ、綺麗な夜空の花に声が上がるようになってきた。

見慣れて来たのか、皆の顔が夜空を見上げる。

売り子のような格好をした世話役が祭りの気分で握り飯や味噌汁を配ってゆく。

腹も膨れれば、さらに楽しくなってくる。


兵も観衆もすべて坂牧城の南側に集めている。

これだけ大勢の観客を守る護衛の兵は信貴のぶたかが坂牧城から討って出て来ないかを気にしている。

もし、南大島川を逆渡河してくれば大したモノだ。

あり得ないか。


「そろそろ始めるぞ」

「承知致しました」

信照のぶてる様、何をさせるのですか」

「これからが本番の乱れ撃ちだ。昼のように明るくし、夜空と地上に花を咲かせる」


ダダダダダダダダダダ~ン!

まるで鉄砲のように花火の筒と迫撃砲の筒から火が噴いた。

バン、バァバァバァバ~ンと夜空に幾つもの花火が散ると、坂牧城にも爆発の光が走った。

坂牧城が美しく輝き、屋根が弾け飛び、壁が崩れる。

それが間髪を置かずに続く。

圧巻だ。

夜空に花々がさらに輝いてゆく。


ダバン、ダバァダバァダバァダバァダバ~ン!


途切れない発射音と上空の爆発音が一つになって重なった。

誰も圧倒されて声も出ない。

夜が昼になったように明るくなる。

坂牧城も真っ白い光を放った。

バ~ン!

最後の乱れ花火に一発が弾けた。

そして、わずかな静寂が訪れた。


ここから花火を節約して楽しむ。

一定間隔で花火を一発ずつ上げてゆく。

皆が息をするのも忘れて真っ赤になった顔で大きく息を吸った。

はぁはぁはぁ、小刻みに息を吐いて呼吸を整える。

その頃に次の一発が上がる。

バ~ン!

その音を聞いて、皆がまた空を見上げる。

皆の顔に笑顔が走っていた。

そして、忘れた頃に短い連発を入れた。

まだ、仕掛け花火の試作もある。

これぞ、花火大会だ。

俺はお茶を飲みながら『花火大会』の成功を喜んだ。


 ◇◇◇


織田方が純粋に花火を楽しんでいたが、三方にひそんだ長時ながときや上伊那、中伊那の領主や家臣達は茫然とするばかりであった。

織田家が何をしているのかまったく判らない。

だが、乱れ撃ちが終わった時点で誰かが言った。


「坂牧城が消えております」

「何だと?」

「まさか!」

「あり得ん」


確かに城があった場所から城は消えていた。

まるで狐に摘まれた気分だ。

誰もその光景に釘付けになった。

間隔を空けて空が光ると、同時に城があった場所の一部が崩れてゆく。


「これは戦ではありません」

「籠城した者は?」

「誰も生きておらぬのではないでしょうか」

「織田家は鬼か?」


最後に大きな花火が上がり、赤黒い光が城に落ちると城が燃え上がった。

皆、茫然とその火を眺め、朝になると城が綺麗に無くなっている事を理解した。

もし我らが城に籠ればどうなるか?


「これでは山城も意味がないぞ」


伊那の領主達には自慢の城が1つか、2つはあった。

どれも難攻不落。

抵抗できるだけの自信があり、その後に武田家と和睦に持ってゆく。

武田が伊那を支配下に置くのに時間が掛かった理由だ。


『織田家にその策は通じない』


そう宣言された。

山城に籠れば、山ごと消し炭にされる。

恐怖が走った。

そして、誰が呟き思い出した。


「5年前、今川-義元いまがわ-よしもと殿が三万の軍勢で織田に挑み、一瞬で皆殺しにされたという」

「あれは法螺であろう」

「逃げて来た者の狂言だ」

「あの坂牧城の残骸を見て、同じ事が言えるか?」

「ぐぉ、まさか!?」


今川の戦いで逃げ延びた者が伊那や諏訪に戻ってくると「一瞬で三万人の軍勢が消えた」と信じられない法螺を吐いた。

誰も信じない。

織田家が強いという事は判っても、指先1つで三万人の軍勢を倒したという法螺は余りにも現実を逸脱していた。

だが、法螺ではなかった?


京から流れてきた噂も思い出す。

信照のぶてるは不動明王と化して“刀を天に翳す”と三好の軍勢は雷で灰になった。

近江の戦いでは大将のみに天罰を与え、浅井家を滅ぼした。

京で病魔が広まれば、熱田明神と化して悪霊を払った。

どれも誇張された法螺と思っていた。


信照のぶてる様は神か、仏か?

冗談ではない。

日照り、洪水、雷、地揺れ、山が火を噴くなど、神・仏に逆らって生きていける訳がない。

貧しい者ほど、神・仏への信仰が厚い。

信照のぶてるが計画した魂魄こんぱくに恐怖を刻む事には成功し、伊那の民から竜神様と同様に崇められる事になる。


あだうらみも、これまで、これまで』


翌日、信定のぶさだの使者が『織田家への無条件降伏』を言い遣って各所に走った。

この無条件降伏を信じられないほど、あっさりとの伊那衆は受け入れた。

気味が悪い位であった。

拒絶したのは、ホンのわずかの者達であった。


また、伊那郡奉公衆代官の小笠原-長時おがさわら-ながときと武田家目付の保科-正俊ほしな-まさとし正直まさなお親子が伊那から姿を消していた。

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