第12話 京に転進。

(永禄3年 (1560年)3月中旬)

伊那谷は典型的な盆地だ。

東は3,000m級の赤石山脈が横たわり、西は2~3,000m級の木曽山脈があり、太平洋からも日本海からも遠い中央部に当たる。

夏は暖かく、湿度も高く、雨の日も多い。

冬は非常に寒く、雪が降り、その雪が溶けない。

春は過ごし易いが、夜は少し肌寒い。

天竜川を中心に盆地面が広がり、水は豊富で開拓すればかなりの収穫が見込まれる。

俺は右筆ゆうひつ(代理)を一人呼んで、今後の予定を擦り合わせておいた。


「では、まず織田家から代官を配置して、後々は領民から代官を出すという方針でよろしいでしょうか」

「そうしようと思う。慣れぬとは思う」

「いつもの事でございます。慣れた者をこちらに回し、新人を空いた所に入れるように手配致します」

「よろしく頼む。尾張の学校に行けと言えば、不安がるだろう。まずは西遠江の初等科に入れよ」

「そのように手配しておきます」


西遠江の神学校には中小姓(商業)科、農業科、畜産科、建築科、小型造船科、特殊科があるが、戦略科、天文科、造船科、鍛冶科、科学科などはない。

生徒の適性に応じて尾張に行って貰う事もあるだろう。

それを今考えても仕方ない。

各領主から最低5人の代官候補を派遣して貰う。

上限は作らないでおこう。

織田家は人質を取らないが、自主的に出すのは断らない。

生徒なので休暇を申請すれば、帰省も許す。


「各寺に寺子屋てらこやの依頼も出しておきますか?」

「出しておけ。寺の大事な収入源になる」

「判りました」


寺の収入は大きく分けて寄付と税の2つである。

寺領は大きく、小領主と言ってもいい。

それは中央も地方も変わらない。

だが、地方の寺は領民との距離が近い。

支配層もその地を支配する上で神社・仏閣を大切にしている。


例えば、

麻績おみの里と呼ばれた推古天皇10年 (602年)に本田-善光ほんだ-よしみつ難波なにわ堀江ほりえ(現在の大阪市)で一光三尊いっこう‐さんぞん(善光寺如来)の本尊を見つけて持ち帰って始まったのが、坐光寺ざこうじ元善光寺もとぜんこうじ)だ。

その後、皇極天皇元年 (642年)、勅命により本尊は芋井の里 (長野県長野市)へ遷座された為に、元善光寺もとぜんこうじとも呼ばれている。

宗派を問わず、「一生に一度お参りすれば、極楽浄土へ行ける」と言われ、鎌倉、室町と善光寺ぜんこうじへの参拝者は後を絶たない。

伊那谷の民にとって心の支えだ。

俺も参拝に行っておいた。

住職は現人神の俺が参拝したのでご利益が三倍になると触れ回っている。

どこから三倍が来たのかは不明だ?


島田八幡宮 (鳩ヶ嶺はとがみね八幡宮)は鎌倉時代に伊賀良荘島田郷の地頭江馬北条氏によって創建された。

近郷に広く崇敬されており、『八幡の八幡様』と呼ばれている。

何故か、八幡の八幡様だ?

意味が判らんが、地元民と神社と寺は密接に繋がっている。

参拝しておく。


焼失した文永寺ぶんえいじなどの再建を命じ、その造営費も与えておいた。

その他に大宮諏訪おおみやすわ神社にも寄付しておく、これで諏訪神社の評価が少しでも上がれば、後がやり易い。


「神社や寺の勢力を削ごうとしている若様が、神社や寺の守り神として高く評価されているのは違和感を持ちます」

「勘違いするのは勝手だ。それと間違ってはならん。俺は神社や寺を保護するつもりだ。ただ、不要な力を持たすつもりはない」

「なるほど、その保護の1つが寺子屋ですか」

「そうだ。はじめて読み書きを教えてくれる神社や寺は村人の心の支えとなる。氏子や信者が増えれば、寺のやりくりは楽になる」


預かる子供の数で領主から補助金が出され、初等科に推薦すると奨励金が貰える。

幼稚園か、保育園に近い役割だが、大切な教育機関として残って貰う。

これからも大切にする。

ただ、神社や寺は領主が守る代わりに僧兵などの武力を削ぎ落す。

武力集団としては認めない。


 ◇◇◇


「よし、準備ができた。野郎共、行くぞ」


うおおおぉぉっと輝ノ介の檄に下伊那と中伊那で選抜された兵500人が怒号を上げた。

富士登山レースのような2,000m級の山頂まで登って戻ってくるコースで、荷物を背負って挑んで生き残った者達だ。

さらに帰還した者に輝ノ介が一騎打ちを挑んで、軽めの一撃に耐えた猛者達だ。

翌日には小集団に分かれて野戦の訓練をした。

心身共に疲れ果てた中でも腐らずに戦い続けた。

持前の超人力を発揮して、体力、根性、生き残る技、そして、命令に背かない従順さなど、基準は曖昧だが三日間の過酷な試練を乗り越えた精強で絶対服従の兵達だ。

精強な者を集めろという命令に3,000人近くが集まったが、600人余しか残らなかった。

否、600人余も生き残った方が異常だ。

その中の500人を選抜し、小笠原-信定おがさわら-のぶさだの直属の家臣とした。

2,000人以上の兵が輝ノ介の採点で切り落とされた。

中には領主に派遣された全員が脱落した領地もある。

領主に見せる顔もないと切腹しようとする馬鹿を止めるのに苦労したとか。


信照のぶてる、見よ。余の新しい兵達だ」

「よくこれだけ生き残りがいましたね」

「ここの者は足腰が丈夫だ。兵としてはこれから実践で鍛えるとして、騎馬隊に続き、最強の足軽も作ってみせるぞ」


実にイキイキとした顔で言う。

戦国をきる為にまれてきたような武将だ。

これで織田家に従わない上伊那の領主と戦う準備ができた。

次の戦は通常戦で落とす。

実は火薬の無駄遣いを千代女に叱られた。

大仕掛けを幾つも許可したので、予定の3割増しで火薬を消費してしまった。

その帳尻合わせとして、火薬玉と迫撃砲が封印された。

つまり、弓・鉄砲・投擲で敵を威嚇し、騎馬、歩兵で敵を粉砕する。

輝ノ介と造酒丞みきのじょうが喜んだ。

しかし、織田家の兵を損耗させる訳にはいかない。

そこで下伊那と中伊那の兵を集めたのだ。

実際に上伊那で指揮を取るのは輝ノ介と造酒丞みきのじょうだ。


だが、脱落しても無駄にはしない。

中伊那や上伊那の河川改修や農地開拓の準備を進める必要がある。

伊那郡奉公衆代官の小笠原-長時おがさわら-ながときが伊那から逃げ出してしまったので、配下として集められていた兵も解散した。

代わりに織田家が集めて使ってやらねば、各領地では兵糧的に夏を越すのも辛いらしい。

脱落者は土木作業員として使う。


上伊那攻めでは、新鋭の足軽500人、信定のぶさだの下伊那衆300人、西遠江衆300人、黒鍬衆100人、鍬衆200人、それに加えて輝ノ介の騎馬隊50人が出陣する。

残るは現地の上伊那衆を動員して、降伏しない領主を攻める。

輝ノ介は攻めて来てから慌てて降伏する馬鹿の領地はほとんど召し上げると鼻息を荒くする。

一戦して輝ノ介を満足させないと領地が減るという無理・・ゲーだ。

諏訪衆や甲斐の武田家が介入してくれば、封印を解いて全力で相手する事になる。

俺は「裏切りたければ、裏切って構わん。だが、二度目の温情を期待するではないぞ」と脅迫している。

あいさつに来た領主達は肝を冷やした事だろう。

俺は西遠江に帰って奥州攻めの準備に入る。

準備が終われば、輝ノ介を呼び戻す…………ハズであった。


「輝ノ介、兄上(信長)と六角殿からの連名の手紙だ」

「今更、そのようなモノはいらん」

「輝ノ介はいらなくとも、向こうが困るようだ」


輝ノ介が手紙を受け取った。

俺は帰蝶義姉上から同じ内容の手紙を受け取っている。

こちらを察して、この戦が終わるまで待ってから手紙を送ったらしい。

京はかなり切迫している。

目付役とも言えた惟任-咲庵これとう-しょうあんらが京を去った事でいよいよ公方様の暴走を止める者がいなくなった。

輝ノ介に公方様を叱って貰った後に、もう一度草刈りをしないといけないと言って来た。

俺は溜息を付いた。

進士-晴舎しんじ-はるいえ摂津-晴門せっつ-はるかど上野-信孝うえの-のぶたかなどは小物ばかりで何もできないと思っていたが、どうやら違うらしい。


窮鼠、猫を噛む。


下間-頼旦しもつま-らいたん辺りが大坂御坊を助ける為に動き出した。

20万人の暴徒を手に入れた公方様が強気に出ないとも限らないと、帰蝶義姉上が心配していた。

これは早目に帰った方が良さそうだ。


「輝ノ介が帰るのは決定事項だ。急ぐので西遠江を経由せず、飯田街道を使って直接尾張に向かう。俺が聞きたいのは騎馬隊を一緒に連れて帰るか? 造酒丞みきのじょうに預けるかという話だ」

「余の騎馬隊だ」

「では、一緒に尾張に向かうように準備する」

「待て、余の楽しみを奪うつもりか?」

「それは弟御に言ってやって下さい」

「あのロクでなしが?」

六角-義賢ろっかく-よしかた殿が首を長くしてお持ちです」


ダ~ン!

輝ノ介が縁側の柱を殴り付けると、見事にヒビが入って折れ曲がった。

余程、楽しみだったみたい!?

マジで怒っています。


「あの愚弟ぐていが…………首をたたっ斬ってやる!」


殺すのは最後にしてくれ。

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