第9話 永禄争乱の前哨戦、小笠原長時の天竜川の戦い(3)
(永禄3年 (1560年)3月初旬)
「兄上(長時)は何を血迷っておる。本気で織田家に勝てる気でいるのか?」
「がははは、やっと楽しくなってきたな」
「
「多少増えた所で変わりはせん。さて、どう食ってやるか」
この古豪、
武田と戦えると期待していたのに、来る日も来る日も鹿や猪を相手に訓練を続け、偶に盗賊狩りを行う。
武田家の忍びと戦う以外は命のやり取りのない日々に飽き飽きしていた。
そして、暇を持て余して酒を呑む日々が続いていた。
「父上、油断なさっては困ります」
「油断などするか、折角の御馳走だ。堪能せねば、罰が当たる」
「それが油断だと申しております。窮鼠、猫を噛むと言います」
「窮鼠ならば、気を引き締める。あやつらは虎の威を借る
久しぶりの戦に酔っていた。
妹が
つまり、西遠江衆の世話は
「兄上(
「そうであった。父上を頼む。
「お任せあれ」
最新の用兵から経理までできる助っ人だ。
やっと少し楽ができると思ったが、
「
「西遠江衆にも期待しておる」
「お任せ下さい」
「腕がなります」
こちらも手柄が欲しくて南伊那にやって来たのに訓練ばかりに飽きていた。
「たった10名でよろしいのですか?」
「10名で結構です」
「無理をさせれば、50人から100人を用意できますが…………」
「無用でございます。各城が手薄になる上に、かえって足手まといになるだけです。領民は城に集めて、各城や砦を守るようにお命じ下さい。但し、先程の10名ですが、領主自身か、その名代が来るように申し付けて下さい。織田家の戦い方を見せ付けます」
「承知しました」
「後は相手の動き次第でございます」
4日後、上伊那の方から集まってきた援軍が
翌日、奉公衆代官が率いる者と上伊那衆が天竜川を渡って竜東(豊丘)に入ると、
一方、地元である中伊那の領主達は
それぞれが連れてきた兵を合わせると3,000人に上る。
「3,000人を迂回させるとなると大変です」
「敵に知れて背後から挟撃されると、我らは袋の鼠になります」
「賛同できませんな」
「背後から敵を陽動するのは、
「ならば、こう致しましょう」
中伊那衆は1000人ずつに分かれて、舟山片桐長公・名子為顕・牛牧松岡貞利が丹保船渡し場に進み、片切座光寺政玄・小笠原坂西長忠は大明神原砦を目指す。
これで土曽川を渡って背後を挟撃させない。
丹保船渡し場と大明神原砦から飯沼城に援軍が出される頃合いを見て総攻撃を掛ける。
対する
一気に攻められれば、一溜りもない。
しかし、
対する
「
「問題ございません。狭い山道で織田家の忍びから攻撃を受けて立ち往生している事でしょう。丹保船渡し場と大明神原砦の方も被害を出したくないようで本格的に攻めて来ておりません」
「どちらの砦も300名しかいない」
「織田の精鋭300名が守る砦をわずか1,000人程度で落とせるモノではございません。仮に
「そ、そうなのか?」
「
「幕府軍が
「ございません。落とすならば、我らの到着前でなければ無理です。
「城の包囲にどれだけの兵を残すのか?」
「1,000人程度では
「なるほど、用済みと城を落としに行けば、背後を取れる訳か」
「そうなります。我らを1,000人程度では止められません。2,000人でも同じ事です。それ以上となれば、城が落とせません。いずれにしろ、
全軍で攻めなかった?
そのことから
「それに
「ワザと城を落とさず、兄上(
「大きい川ではございません。退路を断つまでできませんが、引く事になれば大きな被害を出す事になるでしょう」
「こちらに川を渡らせて、背水の陣か」
下伊那衆は
◇◇◇
檄を飛ばしてから6日後、
「全軍、前へ」
落とすつもりはないようだが、出て来いという挑発であった。
敢えて乗る事にした。
本陣に500人の残し、中央、右翼、左翼に1,000人を配置する。
その右翼と左翼が少し前に出した鶴翼の陣を引く。
対する
前衛に弓隊がずらりと並んでいた。
「中々、どうして堂々とした布陣ではないか」
「兄上(
「そう言えば、お二人は小笠原流弓馬術でしたな」
「はい、弓を得意にしております」
口上が終わると大将は互いに本陣に戻った。
鏑矢を互いに放って戦を始めた。
双方の弓が天空を舞い、しばらく弓合戦が続く。
時間と共に数で劣る下伊那衆が圧されてきた。
矢の一撃で死ぬ者は少ないが、矢の傷が元で亡くなる者は多い。
「
「敵の矢が止まれば、下伊那衆に下がって貰いましょう」
下伊那衆の負傷者が増え、矢に勢いが無くなったと思ったのか、
織田方の布陣は下伊那衆、西遠江衆の順番に並び、後方の西遠江衆は軍が前進を終えてから、溝を掘ってコの字状の柵を立てた。
溝は塹壕のように深く、掘った土が
最後に盾を積み木のように組み合わせると簡単な屋根の完成だ。
なんちゃって砦が幾つも生まれた。
わずか四分の一刻 (30分)で作ったと思えないほどの出来栄えであった。
幕府軍の突撃に合わせて下伊那衆が後退し、西遠江衆が造ったなんちゃって砦の間を通って後ろに下がった。
『放て』
ダダダダ~ン!
織田家の鉄砲隊はわずか150人。
それを三つに割って配置した。
だが、その50人がピンホールショットで馬上の武者を撃った。
左翼と右翼から続け様に三発の弾丸が放たれ、300発の銃弾は200人近い馬上の武者を削ぎ落とし、50人は即死だったと思われる。
織田家と対峙する敵が馬上に乗るのは厳禁だ。
馬の上にいるなど、的にしてくれと言っているようなモノだ
「そろそろ行ってくる」
「父上、まだ中央は射程に入っておりません」
「右翼と左翼が崩れれば、動揺が走る。格好の餌食だ。下伊那衆の方々も一緒に来るか?」
そう
右翼と左翼から10発目の銃弾の音が聞こえた。
この頃になると敵も悟ったようで武者が馬から降りて身を隠すようになる。
すると、50発の弾幕になり下がる。
高々50発で1,000人の大軍を止めるのは不可能だった。
右翼と左翼の槍隊が砦に憑りつこうとした。
『着火』
ズズズッズゴ~ン!
大地がひっくり返って土の壁が舞い上がった。
点火式の『地雷』が爆発した。
なんちゃって砦に接近していた敵100人程度が吹き飛んだ。
右翼と左翼を合わせれば、200人が一瞬で戦死した。
この瞬間、敵の足が完全に止まった。
「何を呆けておる。突撃だ」
うおおおおっと中央から突撃する一団を見て、左翼と右翼の下伊那衆も我に返った。
「敵は怯んでおる。一気に押し返せ」
なんちゃって砦の後ろにいた下伊那衆が追い越して襲い掛かる。
足が完全に止まっていた幕府軍が混乱する。
幕府軍は指揮をする武者が鉄砲で撃たれて後方に下がっており、烏合の衆と化した敵兵は勢いに乗る下伊那衆の敵ではなかった。
陣が割かれると兵が敗走して指示も届かない。
或いは、負傷した武者たちが我先にと逃げ出しており、収拾が付かない。
右翼と左翼で起こった大きな爆発で足が止まっている中央に
「我と思う者は掛かって来い」
槍を振り回して縦横無尽に駆け抜ける。
後ろから次々と襲い掛かり、中央の幕府軍も混乱する。
だが、何とか立て直そうする。
だだ~ん、織田の鉄砲隊も前進して後ろから馬上の武者の狙撃を開始した。
両翼が完全に崩れると中央にも動揺が走って、本陣の
これで勝敗は決した。
後は敵が逃げるだけだ。
兵の半分は敗走した。
士気は最低であり、もう戦う気力もない。
だが、
勝敗が決すると
無惨に敗走する味方を見れば、当然であった。
北にあった南城でも
それを聞いた知久氏が南城を奪い取った。
一方、天竜川の対岸に当たる丹保船渡し場に滞陣していた舟山片桐長公・名子為顕・牛牧松岡貞利は物見の報告を聞いて驚愕する。
大明神原砦を任された片切座光寺政玄・小笠原坂西長忠と連絡を取って、連名で使者を送った。
『我らは幕府に従っただけであり、織田家に敵対するつもりはございません』
その日の内に軍を解散して兵を村に返すと言うと返事も待たずに兵を引き始める。
その場に居たくないのが本音だろう。
山道を迂回していた
昼になる前には大勢は決まっていた。
俺(
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