第6話 織田屋敷への逃亡。
(永禄3年 (1560年)3月初旬)
俺が
兄上(信長)と
まず12月から2月まで担当した兄上(信長)はもう疲れ果てた。
「信長殿、顔色が優れませんな」
「判っておりましたが、中々に辛い役目でございます」
「
「とても信じられない」
「よくもこれだけボンクラが揃っていたと呆れるだけですな」
「まったくでございます」
没落していた
また、
生まれが高貴な次男以下は寺に入れられる事が多い。
その子は
僧侶として多くの経典を覚え、仏の教えを学ぶハズだ。
そんな制約の多い生活を嫌い、寺から逃げ出してどこかの大名に仕官して武士になった者もいる。
兄上(信長)は首を傾げる。
だが、
余程、
次男に生まれた事に含む所があったのか?
管領の
その罪を被って副将軍
確かに従来の奉公衆と奉公衆代官を持っている幕府はかなりの兵力を有する。
直轄地も増えた。
しかし、奉公衆の忠誠は
皆、保身に走り、形だけの忠誠を誓う。
大名らも忠誠を誓う。
だが、
その力を過信し、織田家に挑んでくる。
それが誤算と言えば、誤算だったのかもしれない。
この『
と、兄上(信長)は思っていたという。
兄上(信長)は多くの奉公衆を
まるで『逆らう者に死を』と脅し、俺が魔王のように語られるのが嫌だと言ってくれた時は嬉しかった。
だが、
その会話がどんな内容だったか?
俺は知らない。
「
「儂が、何の為に?」
「余計な仕事を増やさぬ為でございます」
「それはもう廃嫡した方が早いな」
「
「まったく、面倒な事を押し付けられたな」
「幕府の
「あははは、まったくですな。儂なら夜も碌に寝れず、
「公方様を真人間にするのは苦労でございます」
「これほど人の話を聞かない御仁だとは思わなかった。信長殿、何か策はございますか?」
「こうなってはもう致し方ありません。尾張に戻って
「それしかないか」
「
「では、少しでも早く
「畏まりました」
兄上(信長)はもう
こうして、翌日には尾張に帰る事を決め、織田屋敷は帰り仕度が始まった。
◇◇◇
同日、
共に丹波で一緒に戦った
また、兵糧の手配から宿舎の段取りでも世話になった。
遠征費用は
越後とその周辺の大名にとってかなりの朗報だった。
荷駄隊を含めて総勢一万人の食い扶持を幕府から出して貰い、秋まで食糧も確保できた。
各大名が苦労した分が余裕となる。
結果的に越後勢の遠征は大成功となった。
「世話になった」
「いいえ、援軍に来られた方を大切にするのは当然の事です」
「何かあれば、頼ってくれ。儂はそなたを高く評価しておる」
「ありがとうございます。次に会う時は上杉様でございますな」
「ははは、単なる肩書きだ」
これで
その後で
一度は元管領筆頭の
北条家からすれば、空いた関東管領代に北条家の者が入れば文句もないだろうが、
平地に
これは室町第3代
有力な大大名は対立する者を跡取りに指名して、内紛を起こさせて弱体化させる事を幕府の政策としていた。
つまり、六角家、織田家、北条家の中でも内乱を起こさせ、弱体化させるのが基本方針なのだ。
俺からすれば、阿呆な事をしていると思う。
俺は守護大名の力が弱体化するような政策を進めて来た。
それで幕府の力が増している。
最終的に絶対的な中央集権化を進めているのに、それを巻き戻して元の群雄割拠に戻そうする。
幕府の後ろ盾となる俺らを弱体化させてどうする?
中央集権化でそんな必要はないのだ。
そもそも中央集権国家が理解できていない。
そして、人は成功例に固執して時代に乗り遅れる。
変化を嫌い、前例にしがみ付く。
彼らは昔のやり方に拘った。
最後は保身だけが目的となって国家を破壊してゆく。
まったく度し難い。
信勝兄ぃを奥州に追いやっていてよかった。
三河に居たら絶対に利用された。
偶然に起こった奥州の騒動で信勝兄ぃが奥州に行きたがったのを利用して追い出した俺の才覚を自分で褒めてやりたい。
後、織田家の不安は
幕府から兄上(信長)に代わって、尾張・三河・西遠江で手腕を振うべきだと
何かあると兄上(信長)ではなく、管領
幕府に断りに行って
斯波家は織田家の主人ではあるが、尾張・三河・西遠江の支配者ではない事が判っていない。
もしも関与したいならば、評定で家老などを納得させるだけの話術を身に付けるべきだ。
その為の教養や知恵が欠かせない。
教師が欲しいならば、宛がってやると遠回しに言ってあげたが聞いていない。
お二人は織田家の為に動いてくれたから、こちらも協力していたのだ。
斯波家は『名』を取り、織田家は『実』を取っていた。
それが判っていない。
まぁ、下手な事をしない限り、兄上(信長)は
明日、幕府御所に上がれば、忙しくなる。
石山御坊と高野山に上がっている訴訟を精査して、幕府と寺が対立する構図を作る必要があった。
ちょっとした嵌め手を考えていた。
偽の証拠をでっち上げ、幕府との関係に危機感を煽って石山御坊の僧らを煽る。
ここでの肝はでっち上げた証拠だ。
それをネタに噂を流す。
追い詰めるように互いを疑心暗鬼にさせる事件をいくつか起こす。
手に入れた証拠から石山御坊を追い詰めてゆく。
本来は意味のない事件であっても連続して起これば、意味があるように勘違いするモノだ。
火事がなければ、起こるようにすればいい。
煽られて怒った僧らが暴発してくれれば、しめたモノだ。
だが、1つだけ懸念があった。
正義感が強い
この謀略に自信を持っていた。
巧く引っ掛かった石山御坊が自ら危険な存在と証明してくれる。
石山御坊の対決姿勢を見せ付けてから
これで終わりだ。
「
屋敷に戻ると、屋根裏から声が聞こえた。
「これは屋根裏殿、何かございましたか?」
「本来、接触は
「ありがとうございます。監視もご苦労様でございます。屋根裏殿は
「織田家に敵対する行動を取ったならば、すぐに始末しろだ」
「流石、
「怒らぬのか?」
「為政者として当然でございましょう。やはり
「相変わらずで嬉しく思う」
昔から変わらず、
俺がそんな事を考えていないなどと露ほどにも考えない。
だが、その報告は上がらない。
「
「なるほど、失敗した。越後勢がいなくなるのを待っていたのは私だけではなかったのか」
「…………」
「助かった。感謝する」
監視役の忍びはそれ以上しゃべらなかった。
「
「
「バレていましたか?」
「そんなハズはない。仕掛けは完璧だ」
「では、何故?」
「探るのは後だ。私は逃げる事にする」
最小の守りのみを残した。
門番には
家臣は家に戻し、それぞれの独断に任せる。
外に出ると、隣の屋敷の主である
「
「逃げる」
「どこにですか?」
「京で安全な場所は三つしかない。帝の居られる御所。六角様の宿営する寺。信長様が逗留されている織田屋敷」
「それで
「面識のある信長様を頼って京から逃げるつもりだ。一先ず、尾張に避難している実家を頼る事にする」
家臣も付いてくると言ってが、
大勢で押し寄せれば、織田家の迷惑になる。
付いてくる者は各々が各自で尾張に来るように命じた。
「
「
「おそらく、我が屋敷も襲われる」
「気づいていたならば、先に逃げればよろしかろう」
「それでは詰まらない」
もう少し出て来ないならば、知らせるつもりだったらしい。
相も変わらず、
これは
入れ替わるように幕府に入った
つまり、
側用人になった事で益々険悪になっていた。
「何故、私と共に織田家に行こうなど…………」
「あははは、私も織田様からいい心証を貰っておらぬ。お市様を危ない目に遭わせたと怒りを買った事もある。行っても入れて貰える自信がない」
「冗談にしか聞こえませんな」
「しかし、
「何の事でしょうか?」
「小心者の
「暴動を起こしたのは僧のみです。越後勢も入れば、容易い事でしょう」
「
「当然でございましょう。内藤様の支援なしで丹波を動き回る事はできません」
「馬鹿な、被害妄想ですな。そこまで影響力があるならば、こちらも回り諄い事をせずに強硬手段を取っておりました」
「丹波の奉公衆代官と丹波守護代内藤家を掌握しただけでも十分に脅威なのでしょう」
「それも私兵として掌握した訳ではございません」
「今日はそうかもしれないが、一年後は違っていると思ったのでしょう」
「過分な評価、痛み入ります」
思っていた以上に
京の町を騒がせるなどお構いなしだ。
お人好しの兄上(信長)は
幕府は間違っても織田家に手を出す勇気はない。
こうして、
また、
この報告が入った時、俺はとても忙しい状況になっていた。
これが無意識というのだから、悪魔に取り憑かれている。
こうして事件は連鎖がはじまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます