第57話 永禄の変(3)
(永禄2年(1559年)10月某日)
俺は兄上(信長)が京に上がった日より3日ほど遅れて上洛した。
可能な限り情報を集めた。
旧尼子領の領地替えの総指揮を取っていた
土佐の
関東は北条家が代表して
出発前に家督を譲り、出家して
関東・奥州が流動的なのでこれ以上の兵は送れない。
代わりに
今年の春に兵2,000人を連れて上洛した
越中、加賀、越前に通行許可を貰う使者が走った。
おそらく兵5,000人を引き連れて、雪中行軍してでも上洛を果たすつもりだ。
公方様を襲った暴僧を一人残らず刈り取ると鼻息を荒くしているらしい。
奥州の動向は不明だ。
すでに
間違いなく、各地の大名や領主が集まってくる。
俺が京に入ると初雪がちらちらと降って来た。
どうりで冷える訳だ。
爆発炎上した花の御所が放置されている。
小柄な紅葉が戻って来て耳打ちする。
「誠か?」
紅葉が頷く。
俺は腕を組んで暗雲漂う黒々とした空を見上げて一刻 (2時間)ほど考え込んだ。
鼻も頬も赤くなり、千代女が風邪を引くと心配した。
俺は覚悟を決めて、武衛屋敷に向かった。
「お初にお目に掛かります
「聞いておる。織田の麒麟児であるな」
「言われているほど、大した事はございません。お隣に居られる方に何度も煮え湯を飲まされております」
「誠か?」
「いいえ、
「
「可笑しいですな。おそらく誰かと思い違いをされているのでしょう」
軽い牽制であいさつを終えると本題に入る。
公方様の弟が生きておられたなら問題ないと言う。
但し、
三好の兵に襲われた事実は消えない。
だが、
堺にいる
一度発布したモノを取り消す事に帝が難色を示した。
というのは嘘で、俺が帝に頼んだ。
まだ正式に発した訳じゃないから取り消すも何もない。
だが帝が嫌だと言えば、
そこで
「帝は
他の公家にも頼んだが、帝が納得してくれない。
俺が上洛したと聞くと、すぐに武衛屋敷に来るように伝えられた。
言い忘れていたが、花の御所が炎上して瓦礫になったので
武衛屋敷が仮の幕府御所になる。
あの変で政所執事である
また、管領も
将軍ではない
将軍になる事が最優先事項なのだ。
「承知致しました。
「やってくれるか」
「お任せ下さい。但し、条件があります」
つまり、将軍に就任した第一声の命令で、新公方がすべての慣例を破って幕府公認の合同婚礼を執り行う。
それが条件だった。
最初は渋っていたので、俺が「無理に織田家の条件を聞く必要などありません。帝の機嫌も半年も待てば良くなるでしょう」と囁いた。
今でも朝敵に認定され、幕府転覆の容疑者だ。
情勢が変わる前に決着を付けたい。
俺の強引な条件を飲んでくれた。
「ありがとうございます。ささやかなお礼として花の御所の再建をさせて頂きます」
「再建をしてくれるのか?」
「この武衛屋敷より立派な屋敷を建てる事をお約束させて頂きます」
「織田家は豪気であるな」
「屋敷1つなど、織田家にとってはした金でございます」
俺はそう言って武衛屋敷を出て、その日の内に瓦礫の撤去を始めさせた。
天幕を引き、連れて来た黒鍬衆が総出で行う。
織田様のやる事は何でも早いと京の町の者らが呟いていた。
◇◇◇
何事も電光石火だ。
まず、
室町幕府第15代将軍の誕生だ。
新公方は武衛屋敷に諸大名を集めて、将軍に就いた事を諸将に告げた。
『おめでとうございます』
新たな人事が発表された。
副将軍、
管領筆頭、
政所執事、
これが皆を驚かせた人事だろう。
次に、織田家から上がった願いを受理して、幕府主催で織田家の合同婚礼を執り行うと言う。
諸大名が唖然とする。
幕府の方針や様々な役事を決める前に、幕府が織田家の為に婚礼の面倒を見ると宣言したのだ。
すべての議論の後に織田家が願い出て、新公方様が許可するのではない。
言って見れば、
国会開催の檀上に上がった総理大臣が所信表明をする前に、「東京ビッグサイトの夏コミを『政府主催』で行います」と発表したくらい異常な事だ。
皆、この新公方は何を言っているのだ?
そんな不思議な顔になる。
当事者である俺が呼ばれた。
公方様新公方の前に出ると即興で元服式が執り行われ、
『一字を授ける
「謹んでお受けさせて頂きます。ありがとうございます」
「そなたの忠義に期待しておる」
「さっそくですが、公方様から頂いた『
「勝手に改変するなど無礼であろう」
「何が無礼でございます」
声を上げた
「俺を従二位内大臣と知っての意見か。内大臣が将軍を指導するのは当たり前ではないか」
参議から中納言、大納言を飛ばして三階級特進だ。
皇女を娶るには、少なくとも内大臣でないと不釣り合いと言われたのだ。
渋っていた人事だが、ここで効力を発揮する。
「そなたは西遠江守護代でもあろう。公方様の家臣であろう」
「
そう言うと懐から新公方に『
色々な小言だ。
先々代を踏襲して勝手に変えるな。
勝手な横領をするな。
おねだりもするな。
諸大名に御内書を出すときは
天下は
簡単に言えば、全部、俺に相談しろと書かれている。
「
意外な所で声が上がった。
声の主は少し後ろの
俺に敵対する意志もなく、世の道理を言っている。
正論だ。
俺だって、こんな面倒な事はしなくない。
「勘違いなさらず。新公方様はまだ幕府の事が判っておられない。3年ほどご指導するだけでございます。後は好きにやって頂きます」
「そうだとしても道理に合いません。お立ち場を考えて撤回なさいませ」
それを口に出すのも憚られると思っているに違いない。
少し予定が狂ったが、予定通りに幕府管領代の
「内大臣様が御指導するのがよろしいと思われます」
「信長はどうだ」
「
北条家の名代の
俺に賛同する者が次々と頭を下げてゆく、三好勢も頭を下げる。
意外なのが
頭を下げていた。
全然、信用できない。
俺を支持する者とそうでない者と中立が綺麗に分かれた。
事情に詳しい者は「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます