第52話 洲賀才蔵の誤射?

(永禄2年(1559年)9月某日)

斯波-統雅しば-むねまさ様の引退発表から始まった織田一門衆の話し合いは、今後の予定の話し合いの場になった。

氷高皇女ひだかのひめみことの婚礼の後に三ヶ月ほど空けて、早川殿はやかわどのと婚儀を行う。

そして、次が豊良方とよらのかたと続くのだが、公家様が参列するので西遠江ではできない。

すると、京の織田屋敷か、尾張の熱田迎賓館だ。

出迎えるのも、上洛するのもはっきり言って面倒でしかない。

どうせ変わり者と噂される俺だ。

一度で済ませてしまおうと言い出すと皆から反対を受けた。

そうしないと織田家は毎月のように婚儀が続き、その度に京と尾張を行き来する事になる。

その度に格式がどうのと比べられる。

非常に面倒臭い。

信光叔父上の尻拭いで一年以上も振り回されるのは、こちらとして御免だ。


「そんな無茶が通用すると思うのか?」

「新しい帝の祝いのお言葉が頂けるのです。敢えて御所を使わず、こちらが用意した離宮にお越しいただければ、左程、高い官位を用意する必要もありません」

「そんな訳があるまい」

「何も婚礼の儀を共にやろうと言うのではありません。披露宴のみ合同で行うと申し上げたのです」


披露宴を1つにまとめると、同じ時期に婚礼を京でやる事ができる。

常識から外れるが仕方ない。

皇女との『婚礼の儀』を宮中で行い、その翌日に織田屋敷で他の姫の婚礼を合同で行うのがいい。

さらに日を変えて、信光叔父上が用意した婚礼もすべて終わらせる。

毎日が婚礼だ。

玉も石もすべて混ぜて一緒くたにした玉石混淆ぎょくせきこんこうだ。

どうせ顔ぶれもほぼ同じ。

すべての婚礼を一度で済ませる。


魯坊丸ろぼうまる…………」


皆が頭を抱えて蹲っていた。

付いて来られない?

やっていいのかと悩んでいる。

もうひと押し。

披露宴は官位に応じて、殿上に上がる者と、上がらない者に分かれる。

帝は直接に声を掛けず、関白にやって貰えばいい。

帝が参加する合同披露宴など一生モノだ。

これを逃すと二度とない。


統雅むねまさ様、公方様に進言し、武家役職か、武家官位の創設をお願い致します」

「武家官位じゃと?」

「朝廷の官位とは別に武家のみが通用する職か、官位です。朝廷でも新しいつかさを創設し、皆に与える官位を用意できるように致します」

「新しいつかさだと?」

「朝廷と幕府の新しい収入源となります。都で婚儀をするのが新しい流行となるでしょう」


これでどうだ。

朝廷にも幕府にも利益が還元される。

皆の顔が少し上向いた。

ば~ん、信勝兄ぃが床を叩き、その音が部屋中に広がった。

床が割れるほど大きな音だった。


魯坊丸ろぼうまる、朝廷や幕府を何だと心得ておる。己の物と勘違いしておらぬか。増長するのもいい加減にしろ」


声こそ上げていないが、兄上(信長)も小さく頷いた。

やり過ぎと思っていたのだろう。

だが、反論もしない。

他の一門衆の事を気づかっての事だ。


「信長兄上、何故に魯坊丸ろぼうまるを叱りません」

「決めるべきは帝であり、公方様だ。我らがここで下す事ではない」

「賛同すると?」

「賛同はしていない。だが、参議として言った意見ならば、守護代如きが口を挟む事ではない」

「何を弱腰な事を言われる」


いやいや、他の一門衆の事を考えてあげようよ。

口では参議とか言っているが、兄上(信長)はそちらにも気づかったのだ。

氷高皇女ひだかのひめみこ早川殿はやかわどの豊良方とよらのかた真理姫まりひめ、千代女と続く、その他に公家、六角、三好、毛利等々と婚礼が山積みだ。

その度に京に上洛するか、名代を送る。

祝いの品も用意しなければならない。

聞いただけで恐ろしいほどの出費になっていた。

それが一度で済めば、半分以下に抑えられる。

その額に他の一門衆は腕を組んで悩んでいる。

皆、三河守護代ほど財政が豊かではない。


「信勝、儂の出費を貸して貰える・・・か?」

信実のぶざね叔父上ならば、問題もございません。お貸し致します」

「それはありがたい」

信実のぶざね叔父上ならば安心でございます」

「ははは、そうか。安心か。念の為に言うが、返すつもりはないぞ」

「なっ、何をおっしゃいますか?」

「津島から税が上がるが湯水の如く浪費する訳にいかん。金利もなく、期限を付けず、あるとき払い催促なしで銭を貸してくれるならば、お前の意見に賛同してやろう」


勝幡城の信実のぶざね叔父上は、津島を持っているので他の一門衆に比べて裕福だ。

その信実のぶざね叔父上が銭を貸せと言う。

他の一門衆も薄笑いをしていた。

信勝兄ぃが身を起こした瞬間、後ろに控えていた正辰まさたつが独り言を呟いた。


「その銭を払えば、河川や水路の工事を止める事になります。給金が払えねば、暴動が起こり、三河は争乱となります。婚儀に出席するなどできなくなりますな」

「俺に意見するか?」

「独り言でございます。この場で発言を許されておりません。思った事が口から洩れただけです。申し訳ございません」


信勝兄ぃが座り直した。

どうやら銭を貸すのを止めたらしい。


「信勝、賢明な判断だ」

「別に信実のぶざね叔父上に言われて止めた訳ではございません」

「して魯坊丸ろぼうまる。それだけ大口を叩いたのだ。後でできませんとは言わせぬぞ」

「約束はしかねます。しかし、私(俺)の婚礼のみは一度で終わらせてみせます」

「言うたな」

「無理を通しておりますので、あと2人か、3人ほど増やせと言われるかもしれませんが、それでも通してみせます。皆様におかれましては、お祝い品は一括で十分でございます」


一門衆から安堵の声が上がった。

上洛の回数が減り、祝いの品の総額が減らせる。

出費が減る事はありがたいことだった。

信勝兄ぃ、しぶとく意見する。


「皆様、武家の誇りをお忘れですか?」

「忘れておらんが、誇りで飯は食っていけんからな」

「如何にも」

「信勝は守護代になれて幸運であったな」

「ははは、如何にも」


一門と言っても城主(領主)に過ぎない。

すべてを代官が管理して、その中から使える経費を貰っている。

その経費で家臣の俸禄を払い、武具を揃えたり、道具を揃え、城を修理し、残った銭で好きな物を買ったりする。

結婚祝いもその中で融通しなければならない。

城主(領主)の仕事は、村長か、区長みたいなモノだ。

事件が起これば警察署長となって陣頭指揮を取り、火事が起これば消防署長になる。

物議が起これば裁判長になる。

城主(領主)は区長と警察署長と消防署長と裁判長を兼ねた存在だ。

しかし、自前の兵が直参の家臣だけであり、兵が必要ならば、そのときに徴兵は代官が行う。

守護代の直轄である代官を無視して運営ができない。

一門衆でもその縛りから逃れられない。

自前の兵が持てる守護代とは格が違った。


「情けない」


信勝兄ぃが呟きながら、手がぷるぷると震えていた。

一門衆に苛立ちを覚えたのだろう。

それに耐えているように思えた。


「信勝様、お言葉には注意された方がよろしいと思います。信勝様が守護代を外されれば、次にこの一門衆の方々から選ばれます。お味方ではございません」

「黙れ、判っておる」

「申し訳ございません。唯の独り言でございます」


正辰まさたつの言葉に驚いたようだ。

身内で味方と思っていた信勝兄ぃは顔色を悪くした。

言葉を失った。

さて、自重を覚えた所で俺は本題に戻す。


「東三河の管理ですが、又代の信光叔父上が倒れました。その名代として、次男の信昌のぶまさに取って貰おうと思います。信光叔父上との約束もあり、私(俺)が後見人となって助けるつもりでございます。ご異論はございますか?」


信昌のぶまさの着任には兄の信成のぶなりが不満そうな顔をしている。

このまま後を継いで信昌のぶまさが又代になれば、那古野城主より偉くなってしまう。

だが、俺に逆らう勇気もないので『いな』とは言わない。

巡り合わせだから諦めて貰おう。


また、末森城主になった三十郎兄ぃ(信包のぶかね)も羨ましそうな顔をして、俺に目で何かを訴えていた。

無理です。

将棋で遊んだ仲ですが、三十郎兄ぃだけを優遇できません。

俺が首を横に振ると、がっくりとうな垂れた。

信勝兄ぃの敗訴で終わろうとした瞬間、長門守が入って来て兄上(信長)に耳打ちした。


「何だと?」


信次のぶつぐ叔父上の家臣である洲賀-才蔵すが-さいぞうが放った鉄砲の弾が喜六郎(秀孝ひでたか)に当たり、そのまま川に落ちて行方不明になったとの報告であった。

信次のぶつぐ叔父上は喜六郎の護衛だ。

その護衛の家臣が護衛対象を撃つという事態に俺は目を白黒させた。

意味が判らん。

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