第45話 義輝と世界地図。
(永禄元年(1558年)5月19日)
むむむむ、俺は喜六郎兄ぃの報告書を見ながら呻き声を上げた。
陸奥国の大崎領に入ったのはいいのだが、去年は夏に大雨で各地の河川が氾濫し、大凶作になった。
秋以降は大飢饉だ。
「織田家から支援物資が送られてきましたから、大事な客人として扱われているのでしょう」
「
「兵糧を配って大きな顔をしたようですね」
「伊達との改善は?」
「それ所ではないのでしょう」
「以前ならば、大規模に他領に侵攻して食糧を奪っておりましたが、それができないので小規模な反乱が続いております」
「千代、判っておる。敢えて言うな」
「申し訳ございません」
奥州全体が不作であったが大洪水で大凶作になったのは、大崎領、留守領、葛西領、伊達領の一部だ。
その他の領地も河川の氾濫はあったが想定内であり、いつものように反乱と鎮圧を繰り返して沈静化した。
年を越して雪解けが近づく頃になっても鎮静化していないのが、援助物資を送った大崎領の周辺だ。
「どこか知らぬが、どこから仕掛けられているのだろう」
「私もそう考えます」
伊達か、葛西か、小野寺か?
味方の振りをして介入しようと企む最上か、伊達を介入させようと画策する相馬か、あるいは、奥六郡の絡みか、出羽か、南部も除外できない。
忍びを増員させたいが余っている訳もない。
奥州の複雑過ぎる内情に頭を痛め、頭をがしがしと掻いた。
「
「それはいい。紫様に付いて行きますぞ」
「麿を置いてゆくな。麿も行くぞ」
何故か、宴会場を俺の部屋に移してきた公方様と慶次と
知恩院から織田屋敷に引っ越してくると、公方様はこちらの風呂に入りに来るようになった。
実に迷惑だ。
春の儀式『即位の礼』、『改元の儀』に参加する為に来た信勝兄ぃらもびっくりだ。
尾張屋敷の奥の東半分に居た者らは慌てた。
公方様と廊下で拝謁とはあり得ない事態になった。
しかも3日に一度はやってくる。
誰も風呂場と東奥に近づこうとしなくなった。
そう言えば、一度だけ信勝兄ぃと議論になった事がある。
「何故、公方様がお忍びで来るのだ?」
「公方様にお聞き下さい」
「聞ける訳なかろう」
「では、諦めて下さい」
「何を企んでおる」
「何も企んでおりません。気になるならば同席すればよいでしょう。代わりに持て成して頂いても構いません。非常に助かります。これを機に公方様とお友達になられて如何ですか?」
「できるか」
公方様のお忍びは俺が初めて上洛して以来の慣例だと家臣らに説明されて去っていった。
俺だって迷惑なのだ。
因みに、信広兄ぃらの西遠江勢は俺が公方様と親しい事に感激しながら、部屋を東館から護衛館に移した。
怖れ多く、一緒の場所に居られないらしい。
信広兄ぃらは狭い部屋でも安心を買った。
俺も買いたいよ。
そのお蔭で東館は部屋がいくつも空いている。
「どうしてこの部屋を使うのですか?」
「お主が部屋に戻ったからだ」
「俺は子供ですので酒を呑みません」
【お酒は20歳になってから】←マイルール。
慶次と手合せをした後に風呂に入って夜食を食べた。
今日のご相談タイムが終わると俺は部屋に戻る。
それが日課だ。
だが、今日は呑みたい気分らしい。
俺は接待を慶次に任せて部屋に戻った。
すると、酒と肴を持って宴会場をこちらに移して来たのだ。
「
「どうにもなりません」
「最近は播磨も大人しくなってしまった」
鷹狩りと称して、小さな反乱の討伐に参入していた公方様も九州や奥州の反乱鎮圧に出掛ける訳にいかない。
向かうだけでも時間が掛かり、行った頃には終わっているだろう。
それ以前に行かせてくれない。
「半分はお前の責任であろう」
「何か致しましたか?」
「備前より東では反乱を起こすと鬼が出ると噂されておる」
「畿内で公方様が暴れ過ぎたからです」
「ぬかせ」
誰か知らないが俺が流布した事を吹き込んだ奴がいるらしい。
鷹狩りは二泊三日だ。
無理をしても五泊六日くらいが限界だろう。
東は尾張で、西は備前。
この公方様なら限界を突破しかねないけどね。
無茶苦茶だ。
いずれにしろ、鷹狩りで九州や奥州には行けない。
「詰まらん、詰まらん。何故、奥州巡行が駄目なのだ」
無理でしょう。
巡行は向こうの準備が必要であり、内部で反乱が起こっている領地に行ける訳もない。
討伐になると、さらに無理だ。
公方様が出陣するには家格というモノがあるらしい。
公方様が出陣する条件は相手が守護代以上である事が必要だった。
それ以下では出陣できない。
巡行であれ、討伐であれ、公方様は出陣できない。
替わりに
公方様がくびっと酒を呑み込む。
「天下統一したと言われても実感が湧かん。昨日も今日もあちらこちらでイザコザが起きており、余の命に従う訳でもない」
「そんなモノです。秩序を取り戻すのは気の長い作業です」
「詰まらん」
公方様は早くも仕事に飽きてきたらしい。
腕自慢を集めて相手をするくらいの遊戯はできるが、戦のように
退屈で死にそうになっていた。
各地で反乱と命を賭けて戦っている武将らに申し訳ないと思わないのか?
「
「遊楽に通えるだろう」
「毎回、同じではそれも飽きました」
贅沢過ぎる。
最近、慶次は
争う相手が少なくなり、退屈で、退屈で仕方ないという意味だ。
「
「慶次、狡いぞ。余の獲物を取るつもりか?」
「紫様も一緒に向かいましょう」
「それがよい。共に向かおうぞ」
「向かいましょう」
「麿も連れて行け」
無茶言うな。
そんな事になれば、織田家が公方様を拉致した事になる。
お市みたいに船に密航して奥州に向かったとかなると大変な事になるぞ。
公方様を見張っているように奉公衆方々に忠告しておこう。
「慶次、お前がいなくなると困る。その命は出さん」
「そう言わず、ちょちょっと片付けてくるからさ」
「とにかく、駄目だ」
俺は千代女に命じて手書きの世界地図を用意させた。
そして、公方様の前で広げた。
「これは何だ?」
「世界地図でございます」
「世界?」
「世界は広うございます。ここが日ノ本です」
俺が日ノ本の位置を指差す。
その小さな島が日ノ本と言われて公方様が目を丸くした。
隣が明国だ。
下に下がって
「ここが南蛮人の
「小さいな」
「日ノ本と同じほどの大きさです。しかし、この二か国で世界を支配しております」
「何だと!?」
少しは興味が湧いてきたのか、公方様は身を乗り出してきた。
「この日ノ本は南蛮人の領地ではない」
「その通りでございますが、彼らは鉄砲と大砲の力で力づくでも奪ってきます」
「そのような事はさせん」
「当然でございます。その為に織田水軍を造っております」
「あの帆船か」
俺はゆっくりと頷いた。
まずは、交渉から始まり、
「南蛮人に与える土地などあり得ん」
「いいえ、与えましょう。そして、同じだけの土地を我々も貰えばよいのです」
「本気か?」
「敵と交渉するにも、敵地に送った使者が住む場所は必要でしょう」
公方様がまっすぐに俺の目を見逝った。
懐かしい気がした。
飛び跳ねた眉がゆっくりと緩む。
ふふふ、公方様の口から低い声が漏れた。
「水軍の大将は余がやる」
「当然でございます。その為の織田水軍でございます」
「攻めてくるのか?」
「判りません。ですが、交渉が決裂すれば、
「なるほど、いつか争うのだな」
「俺は望んでおりませんが、向こうは世界の王です。おそらく引けないでしょう」
「余が出るぞ」
「当然でございます」
「他の者をどう説き伏せる」
「敵は外の国王から差し向けられた艦隊になります。帝に出馬をお願いする訳に行きませんから、帝から征夷大将軍に討伐の命が下されるように致しましょう」
俺がそう言うと公方様は嬉しそうな顔をする。
その代わりに、今日の警護に連れ添った奉公衆方々が真っ青になっていた。
世界の王と決戦に挑む?
理解できない感じだ。
「勝てるのか?」
「勝つ為の準備はできております。しかし、確実に勝つ為に少なくとも、あと5年は時間が欲しいと思っております」
「その間は交渉を続けろというのだな」
「平和的に交渉を続けて下さい。
「さっそく、調べさせてみよう」
公方様の注意が逸れた。
これで時間を作れただろう。
その間にこの
本当に祈る。
明国出兵とかいい出さない内に次の手を考えておこう。
「
まだ、もう一人の
播磨・但馬・丹波の視察(
有能だが面倒な奴だ。
「麿も何かないか?」
もうおかわりはないよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます