閑話.三本の矢は折れる?

(弘治5年/永禄元年(1558年)2月28日夜)

俺が不貞腐れて部屋で寝転がっていた頃、『改元の儀』を終えた毛利-元就もうり-もとなりと御一行は寺に戻って帰国の準備をしていた。

そこで元就もとなりは息子らの嫡男で毛利家第13代当主隆元たかもと、次男で吉川きっかわ家に養子に行った元春もとはる、三男で小早川こばやかわ家に養子に出した隆景たかかげと家臣一同を集めた。


「よいか、この矢を見よ」


取り出した一本の矢をポキリと二つに折った。


「一本の矢は容易く折れる。しかし、三本ではどうだ?」


三本の矢を取り出して隆元たかもとに渡し、「折ってみよ」と言う。

隆元たかもとはその意図を察して折る真似をするだけに留めた。


「折れませぬ」

「一本では容易く折れた矢も三本ならば容易に折れぬ。皆が心を一つにして敵と向かえば、容易に破られる事はない。皆、心しておけ」


三人の息子と家臣一同が『はぁ~~』と声を合わせて頭を下げた。

元就もとなりは戻ってきた三本の矢に七本を足して、毛利一の怪力の新里にいざと-宮内少輔くないしょうゆうに渡して「折ってみよ」と言う。

隆元たかもとのように意図を察せず、言われる儘に力を奮うと軽くポキリと折れてしまった。

皆が唖然とした。


「たとえ、皆が心を1つにしても、より強き力の前には意味をなさない」

「父上、どういう意味でございますか?」

「公方様の後ろ盾は六角-義賢ろっかく-よしかた様と織田-信長おだ-のぶなが様のお二人である。公方様の気配りを見れば間違いない」

「某もそのように思いました」

「織田家の武力は他の追随を許しておらん。公方様の側近らはそれが気に入らんと見える」

「父上、そのような事を大きな声で言ってはなりません」

隆元たかもと、恐れるな。我が毛利家は何があろうと、織田家に与する。この三本の折れた矢になりたくなかろう」


皆が冷や汗を出した。

日ノ本の数多の諸将が京に集まり、公方様に頭を下げた。

足利幕府が再興された。

だが、織田家は銅銭の鋳造、火薬の生産、大砲と帆船の製造の独占をしている。

幕府側近の一人が信長のぶながにすべて幕府に譲渡するように要求した。

信長のぶながはそれを断った。

諸大名がいる席でそのような要求をするのも異常だが、信長のぶながも自らを公方様の一刀と称して、奉公衆や奉行衆であっても安々と渡せないと言い切った。

幕臣と織田家に確執がある事を内外に見せてしまった。

側近がさらに追及したが、公方様が仲介に入ったので事なきを得た。

非常に危うい。

元就もとなりはそう思ったように多くの諸大名も察したハズであった。


「父上、また南北朝のように二つに割れるのでしょうか?」

「現公方様の御世ではあるまい。織田家は恩人だ。無下にはするまい。しかし、その次の代は危ういな」


織田家の独走をこころよく思っていない諸大名は多い。

朝廷と公方様の信頼を一手に集めている。

公方様に御子が生まれれば、織田の姫を送って幕府の簒奪を企むと誰もが思っている。

しかし、六角家との絆が固そうだ。

そこに三好家は織田家に近づこうとし、山名家、北畠家、北条家も同じように見えた。

織田家と距離がある家ほど、直臣となった若狭の武田-信豊たけだ-のぶとよや奉公衆の進士-晴舎しんじはるいえの周辺に集まっていた。


「皆もよく聞け」


元就もとなりはそう言って語りはじめた。


毛利家と大内家の決戦となった『厳島の戦い』は記憶も新しい。

帆船から撃ち出された大砲の威力に大内水軍は狼狽して敗退した。

海戦の常識を覆した。

その勢いで毛利は周防、長門、石見を奪った。

しかし、尼子が攻めてくると毛利は戦わずに引いた。


「皆には幕府の命と言っておったが、織田おだ-魯坊丸ろぼうまる様の指示に従った。撤退した時点では幕府の方針は決まっておらなかった」


指示に従わなければ、支援を打ち切ると言われていた事実を述べる。

毛利が撤退した後、幕府の方針が定まった。


尼子-晴久あまご-はるひさは大きくなり過ぎた。その為に幕府は尼子の分割を決めた。すべて魯坊丸ろぼうまる様の計略通りに進んだ」


予定通りに晴久はるひさは周防、長門、石見の統治の為に安芸侵攻を遅らせた。

撤退した毛利には、鉄砲2,000丁と大量の火薬が届いた。

侵攻して来ない時間を使って、鉄砲を訓練し、村上水軍に頼んで大量の焙烙玉を揃えて貰った。

年が明けて小競り合いが再開される。

敵はわずか200人だった。

それが二手に分かれて攻めてきた。

この初戦が肝要であった、


敵の片方が罠を配置した所にやって来た。

鉄砲2,000丁を三部隊に分け、一人に三丁を預けて、弾入れと荷運びの小者を付けた。

織田家から伝授された鉄砲の『十字砲火』を駆使する。

城の手前で三組の十字砲火の網を用意した。

前面に100人の鉄砲隊を配置し、残る500人を左右の茂みに鉄砲隊を隠した。

ほぼ同数の敵と思って突撃してきた。

各部隊は100人ほど構成される小さな鉄砲部隊になる。

街道を通り抜け、敵が城に近づいてくる。


『放て!』


ダダ~ン、100丁の鉄砲が火を噴いた。

同時に『ハの字』に側面に配した鉄砲隊も撃った。

十字砲火を食らわせた。


第一弾が撃ち終わると、続けて第二部隊が左から撃った。

第二部隊が終わると第三部隊が右から撃ち出す。

鉄砲を持ちかえた第一部隊が再び鉄砲を敵に向けて撃った。

合計9回の波状十字砲火に晒された敵が一瞬で全滅した。

この戦術を『女郎蜘蛛じょろうぐもの計』と名付けた。

一度網に掛かると全滅しかない。

そういう意味だ。


「小競り合いに過ぎない小さな城であったが、儂は敢えて鉄砲部隊を投入した。これで“いつ”、“どこ”に鉄砲部隊が配置されるか判らなくなる。敵は見えぬ女郎蜘蛛じょろうぐもに怯えて攻められなくなった」


晴久はるひさが大軍を用意すると、幕府軍を呼び込む危険があったので小競り合いしかできない。

だが、その兵が鉄砲に怯えて戦いにならない。

忍びを放って悪評を流す。

晴久はるひさをゆっくりと締め付けた。

鉄砲の対策に時間を割く事になった。

そして、時間を稼いでいる間に疫病が蔓延して戦どころではなくなった。


「そして、公方様は関東を制した。次が尼子であるのは明らかになった」

「某は父上に任せて上洛し、『大喪の礼たいそうのれい』に参列できましたが、尼子は名代を出しておりました」

「各地で叛乱の噂を流したので、晴久はるひさは出雲を空けて京に上がれなかったのだ」

「流石、父上でございます」

「追い詰められた晴久はるひさは賭けに出るしかない」

「安芸を滅ぼして、中国の統一を果たすのですな」

「その通りだ。実力を持って幕府に押し通すつもりだった」


晴久はるひさは大軍三万人を用意して侵攻した。

対する毛利は三次盆地で尼子を七千人で迎え討った。

馬洗川を挟んで両軍がしばらく睨み合う。

晴久はるひさは鉄砲と焙烙玉を警戒し、容易に攻めて来ない。

前哨戦となる小競り合いは勝負が付かず、どちらも双方の本陣を動こうしなかった。

対陣して3日目に小雨が降り始めると、晴久はるひさは一気に全軍を動かした。

毛利軍も鉄砲隊を後に下がらせる。

渡河してくる尼子軍に元春もとはるらがぶち当たり、わずかだけ拮抗すると不利を悟って撤退を開始した。

それを見逃さずに晴久はるひさは左翼と右翼も動かして包囲陣形に移行しようとした時、考えられない事が起こった。

逃げる元春もとはるらを尼子の先陣の部隊が追い駆けていた。

毛利は総崩れと誰もが思った瞬間、尼子の先陣の足元から地面が噴き上がって大爆発を起こしたのだ。

何が起こったのか判らない。


「織田家から預かった新兵器の『地雷』の威力は皆も覚えておろう」


雨でも問題なく火が付く導火線に火を灯すと、一面に配置された座布団のような爆弾が一斉に火を噴いた。

土埃を舞い上げて、敵兵を一瞬で壊滅させた。

雨でも使える焙烙玉のようなモノだと、尼子勢もすぐに気が付いたようだった。

毛利勢は撤退し、重広しげひろ城などに籠城の構えを見せる。

だが、尼子勢は誰も城攻めをしようとしない。


「一瞬で千人近い先陣が消えたのだ。恐ろしくて城に近づけまい」


晴久はるひさは兵の士気を維持する事ができなかった。

地面から火が噴けば全滅する危険地帯に飛び込もうという武将が現れない。

晴久はるひさは頭を抱えた。

鉄砲や焙烙玉の対策は考えてきたが、地面から噴き上がってくる新兵器の対策など手の打ちようがない。

晴久はるひさが手をこまねいている間に荷駄隊が襲われて兵糧がすべて燃え、さらに山道のいくつかが爆破されて使えなくなったと報告が入る。

兵が浮足立って戦どころで無くなった。

追撃をせぬという条件で和議の使者を送ると、あっさりと応じてくれたので晴久はるひさは撤退を命じたのだ。

そして、少数の兵を連れて上洛したのだ。


「そなたらも新兵器『地雷』の威力は見たであろう」

「恐ろしい威力でございますが、弱点もございます」


設置の手間が掛かり、足元に気を付ける事で防げる。

現物を見ていれば、弱点もすぐに判った。


隆元たかもと、次の新兵器の弱点は何か?」

「次の新兵器とは何でしょうか?」

「知らん。織田家は次々と新兵器を生み出してくる。次に戦えば、また新しい新兵器が出てくる。儂はそれが恐ろしい」

「それほどに恐ろしいのですか?」

「お主らは知らんであろうが、荷駄隊を襲った者には『流火弾』という新しい焙烙玉を用意して貰った。その弾は爆発しない。その代わりに熱く燃えたぎった火の玉が飛び散ったそうだ」

「火の玉ですか?」

「火の山から吹き出した火の玉のようだったそうだ。それが荷に付くと辺りから燃え上がり、浴びた敵兵は鎧を付けた儘で焼けのたうち回った」


まだ見ぬ兵器に皆がごくりと唾を飲んだ。

織田の忍びの監視の下で新兵器はすべて使い切って、どんな中身か確認できなかった。

だが、織田には、まだ知らぬ新兵器が隠されている事がはっきりした。

街道の崖を壊したのは、畿内でよく使われている火薬筒と呼ばれる物らしい。

崖の切れ目に幾つか配置して爆破すれば、街道が土に埋もれた。

戦のやり方が違い過ぎる。

常識が通じない。


「よいか、織田家とだけは戦ってはならぬ。肝に命じよ」


元就もとなりは思った。

公方様はまだ若い。

30年、あるいは、40年近くは織田家との共闘が続くかもしれない。

その先は危うい。

自らが死んだ後、遠い先に幕府と織田家が雌雄を決する。

そんな未来がうっすらと浮かんだ。

元就もとなり、61歳。

そのときまで生きている事は無理だろうと、目を閉じて息子らの無事を祈った。

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