第44話 天下統一?

(弘治4年(1557年)10月11日)

後奈良院の崩御に伴って方仁みちひと親王が三種の神器を継承して践祚せんそした。

後奈良院の遺体は化粧をして煌びやかな衣装を着せられて、御所の櫬殿しんでんと呼ばれる安置所に13日間も置かれて別れを悲しむ。

わんわんと声を上げて哭き叫び、哀悼を吐き出して皆が別れを惜しむのだ。

ちょっと芝居くさかった。

死因は脳卒中か、心臓麻痺か、俺が参内した時には御逝去されていて、何もできなかった。

こうして13日を終えると、遺体はひつぎごと殯宮もがりのみやに移される。

これを『殯宮移御の儀』と呼ぶ。


この後、帝は毎日のように『殯宮日供の儀』という柩に供え物を毎日欠かさずに供え替える儀式を続ける。

これは遺体が朽ち果ててゆくのを見せ、最後は腐敗して遺体の原型が無くなるのを見せて、その先帝への思いを断ち切る儀式だ。

柩を開けて「今日は一段と腐敗が進んでいますね」なんて、心の声を掛けて供え物を替える。

死体と毎日のようにご対面って絶対に嫌だ。

心が折れる。

これが夏場だったら、悪臭だけで俺は逃げ出す自信がある。

俺が見る訳じゃないのが幸いだ。

これは鎮魂する意味らしい。

帝やそこに近い者が怨霊になって祟った記録があるので大切な儀式だ。

俺からすると馬鹿らしいけどね。


そこから色々な儀式が執り行われ、殯宮もがりのみやに移されてから45日目にして、『大喪の礼たいそうのれい』と呼ばれる国葬が行われる。

当然、これに公方様が参加しない訳にはいかない。

安芸への『御成り』が中止となった。


義輝よしてるの事などどうでもよい」


関白の近衛-晴嗣このえ-はるつぐがそう吐き捨てる。

他の公家衆もうんうんと頷く。

公方でありながら『大喪の礼たいそうのれい』を執り行わないのであれば、もう公方ではないという感じだ。

公方様、頑張れ!

ちゃんと取り仕切らないと首をすげ替えろという空気になるぞ。

新しい帝を盛り立てて行かねばならない。


「で、どういたします。土葬に致しますか、火葬に致しますか?」


継体帝から天武帝まで土葬だ。

古式伝来を復興させる土葬がよいと言われる方もいれば、持統帝が採用された火葬こそ相応しいと言う方もいる。

京の都を造られた桓武帝も土葬だが、9代前の崇光帝からずっと火葬なので、火葬が相応しいなどと意見が分かれた。

参議の俺はこの下らない議論を延々と聞かされていた。


魯坊丸ろぼうまる殿のご意見を伺いたい」

「若輩者ゆえに、何と答えればよいのか判りません。皆様の意見に従います」


俺的には火葬の一択なのだが、土葬でも別に構わない。

結局、火葬に決まった。

それより帝の墓の選定の方が気になった。

他の陵に見劣らないモノを造りたがる者が数多いたが、俺は後奈良院が清楚な方であられた事を何度も強調し、華美に走らない事が先帝の望みだと主張した。


「余も魯坊丸ろぼうまるの意見に賛成である」


最後に帝の一言で決定した。

湯水の如く、銭を出すつもりはない。

伏見の草坊にある第89代後深草ごふかくさ帝の隣に深草北陵ふかくさのきたのみささぎを築く事になった。

それが終われば、内外に帝が替わった事を知らす『即位の礼』だ。

そして、それが終わると。


「では、『改元の儀』は魯坊丸ろぼうまるに任せる」

「また、私(俺)ですか?」

「他に適任者もおらん」

「どうか他の方に御回し下さい」

「仕方ない。内大臣に位を上げて、即位の礼の責任者になって貰うか」

「お待ち下さい」


俺はにっこりと微笑んで晴嗣はるつぐを睨んだ。

晴嗣はるつぐの目が「1つくらいは責任者になれ」と雄弁に語っていた。

氷高皇女ひだかのひめみこの婚約者であり、帝が義理の父になる。

俺が新しい帝を支持しているというアピールが欲しいのだろう。


「関白様、費用の方はどう致しましょうか?」

魯坊丸ろぼうまる、無理ではあるまい」

「無理とは申しません」


ほぉぉぉ、下層にならぶ公家衆から感嘆かんたんの溜息のうめき声が上がる。

その1つ儀式事に費用が3,000貫文、8,000貫文という試算がぽんぽんと飛び交った後だ。

皆が予算を心配する中、山科卿をはじめ、殿上人らは織田家の財力をよく知っているので当然という顔で頷いていた。

俺は一人でも出せなくはないという意味で言ったのだが…………。

敢えて訂正する必要もない。


「すべてを織田家が出せば、後で遺恨となりましょう。まずは公方様を通じて、各諸大名に献金をお願いするのがよろしいかと存じ上げます」

「判った。そうしよう。足りぬ分はそなたが出すという事でよいか」

「結構でございます」

「帝、そのように決まりました」

「うぬ、よきにはからえ」


帝がもがりで嘆き悲しんでいる間に『大喪の礼たいそうのれい』、『即位の礼』、『改元の儀』が始まった。


 ◇◇◇


(弘治5年/永禄元年(1558年)2月28日夜)

俺は忙しい日々に追われた。

公方様の大号令で弘治4年11月26日に先帝の葬儀『大喪の礼たいそうのれい』が終わると、翌年の2月22日に『即位の礼』が執り行われた。

そして、同じ月の28日に『改元の儀』を執り行って、永禄元年に変わった。

俺は公家として大忙しだ。

誰が蟄居中だって?

もう、皆忘れているよね。


「終わった。千代、茶を持って来てくれ」


一部が完成した織田邸に戻ってきた俺は部屋に入ると転がった。

警備を考えると知恩院を出るのは危険なのだが、上洛する者が多過ぎて場所を開ける必要になった。

兄上(信長)は警備を兼ねて武衛屋敷に入ったが、信勝兄ぃや信広兄ぃらはこちらに入った。

そして、あの尼子-晴久あまご-はるひさも上洛して公方様に頭を下げた。


全部、悪いのは彼奴だ。

俺や公方様が忙しくなったからと言って、三好-長慶みよし-ながよしが喪に服す訳もない。

むしろ、利用した。

長慶ながよしは自ら京に一度戻って体裁を整えると播磨に帰った。

次に播磨、但馬の領主に上洛させ、備前、美作の領主に強制したのだ。

名代で済まそうなどは不忠である。

直ちに上洛し、幕府への恭順と朝廷への忠義を示さない者は朝敵である。

上洛に同意した領主を労い、まごまごと決断できない領主を朝敵と認定して懲罰を与えた。

見せしめだ。

長慶ながよしは年を越す前に備前と美作の調略を終えてしまった。


「電光石火とは、正にこれでございます」

「見せしめを除くと、ほとんど兵を使わずに落としてしまったからな」

「尼子の許可を貰って上洛した体裁を取っておりますので、幕府と尼子への両属でございます」

「確かに両属だ。だが、代官を置く事を認めさせたので幕府の命なしに兵を集める事ができない」


代官を無視すれば、その領主は罰せられる。

畿内で起こったように、公方様が自ら出陣して懲罰に当たるだろう。

畿内の『鬼伝説』を流布しておこう。


「当然ですが、長慶ながよし殿は備中びっちゅう伯耆ほうき因幡いなばへ手を広げました」

「上洛させぬ為に晴久はるひさは兵の動員を掛けた」


領主自らが出陣してくるように命じて、年明け早々の正月に備後へ出兵を決めた。

安芸を滅ぼして、その返す刀で全軍を持って上洛する旨を伝えた。

長慶ながよしが求めた上洛だ。

晴久はるひさは安芸を含む中国地方のすべての領主を引き連れて上洛すると宣言した。


「毛利を滅ぼせば、あとは三好しか残っておりません」

「公方様は動けないからな」


毛利と三好に連戦連勝すれば、有利な条件で上洛を果たせる。

晴久はるひささいを振った。

鉄砲も揃えた。

焙烙玉ほうろくだまに似た物も用意した。

尼子3万人に対して、毛利は7,000人だった。

毛利-元就もうり-もとなりは精鋭3,000人のみを引き連れて決戦に及んだ。


「見事な初戦の勝利でございました」

「勝ったと言っても前衛千人を全滅させただけだ」

「小雨が降る。鉄砲が使えない野戦で勝った事に意味があります。しかも同日に兵糧を積んだ荷駄隊が襲われ、街道の各所が爆破されたと聞けば、参陣している兵が浮き足立つのは必然です」

晴久はるひさは和議を申し出て、元就もとなりもそれを受けた」

「背水の陣、あるいは窮鼠きゅうそ猫を噛む事を恐れたのでしょう」

「2万9千人の鼠か」


元就もとなりも負けない自信はあっただろうが被害も大きくなる。

尼子領に逆侵攻して数多の敵の大将の首を取っても、幕府の許可なしで与える土地もない。

元就もとなりは算盤を弾いて和議に合意した。

こうして、兵のみを領内に引き返させた後に晴久はるひさはそのまま上洛してきたのだ。

勝手に安芸に侵攻した罪状が加わって、出雲一国を残して幕府がすべて没収する事が決まった。


こうして、『大喪の礼たいそうのれい』では名代を送ってきた九州の諸大名らが、拙いと思ったのか、大挙して『即位の礼』にやってきた。

これで皆が帰ってくれればよかったのだが、『改元の儀』まで半分くらいの大名が残りやがった。

俺はその手配で大忙しだ。

天下が統一されたというのに、公方様はずっと不機嫌な顔をしていた。


「若様もずっと不機嫌な顔をされております」


だってさ、殿上人らが大嘗祭おおにえのまつり(だいじょうさい)も復活させると意気込んでいる。

大嘗祭おおにえのまつりは即位した最初の新嘗祭にいなめのまつりの事を言う。

新嘗祭にいなめのまつりは11月の二の卯の日に行われる。

また、9ヶ月も拘束されると決ったら不機嫌にもなる。

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