第43話 君に扇を贈る。

(弘治4年(1557年)9月27日)

きみがゆく船路ふなぢにそふるあふぎにはこころにかなふ風も吹かなむ。


京の夏は暑かった。

日照りになるのではと心配したがそんな事もなく、無事に稲穂の秋を迎えた。

阿呆な公方様が尼子-晴久あまこ-はるひさとの決戦に備えて張り切っているので必要以上に疲れた。

別に尼子討伐に行く訳ではない。

決戦になるだろうけど………?


晴久はるひさは幕府の方針や毛利家への賠償金の支払いに応じないだけであり、幕府への恭順を誓い、朝廷への献金を続けている。

まだ、石見・出雲・伯耆ほうきの三国を残し、他を幕府に返還するようにとの交渉が続いている。

晴久はるひさは出雲・隠岐・備前・備中・備後・美作・因幡・伯耆の八ヶ国守護に加えて、長門・石見・周防の三ヶ国を手に入れた。

単純に考えると、150万石を越えて3万人から4万人の兵を動員できた。

しかも安芸を手に入れれば、中国を統一だ。

簡単に幕府に屈する訳に行かない。

奉公衆の上野-信孝うえの-のぶたかなどが必死に擁護していた。

しかも石見銀山の『銀』を使って、軍備の増強も抜かりない。


隣の右筆が仕事を続けながら、俺に話を合わせてくれている。


「昨年の小競り合いでは毛利家の鉄砲隊に痛い目に遭いましたから、南蛮人から買い漁っているようです」

「堺や国友から売って貰えなくなったからな」

「若様がお教えになった十字砲火が効果的だったようです」

「教えたというほどの事ではない。基本だ。基本」

毛利-元就もうり-もとなり殿はその戦術を『女郎蜘蛛じょろうぐもの間』と名付けたそうです」

「大袈裟だ」

「わずか300人程度の小競り合いでしたが、突撃した100人が誰一人も生き残らない全滅です。尼子勢は戦意を失って退却したそうです」


2,000丁の鉄砲を一人に三丁ずつ渡して連射させた結果であり、見事に運用した元就もとなりを褒めてやるべきだ。


「また、魯坊丸ろぼうまるの名が上がった訳か」

晴嗣はるつぐ、用事がないのならば帰ってはどうですか?」

「何もする気が起きんから、ここに逃げて来ておる」

「やる気がないのは俺も同じなのですが…………」

義輝よしてるはやる気があり余っておるからな」

「御成りを来年に延ばせませんか?」

「もう発表したので、余程の事がないと取り消さないだろうな」


公方様は安芸への『御成り』を決め、備前・備中・備後の山陽道を平定するつもりだ。

来年の夏まで遅らせれば、晴久はるひさも諦めて参陣してくるだろう。

それでは面白くないようだ。

晴久はるひさの求心力が失われて、一戦する事なく終わる事を嫌がった。

おそらく備中のどこかで一戦し、その戦果を持って要求を通す。

関東でも同じ事をやったので尼子麾下の家臣もやる気になってくれるだろう。

天下分け目の大決戦だ。


「銭の無駄です」

「一気に終わらせる方が楽ではないのか?」

「備前の攻略が終われば、尼子麾下の家臣も動揺して晴久はるひさは兵を上げる事もできなくなります。おそらく、武力を鼓舞する為に安芸に侵攻するしかない。そこで毛利が引き分け以上ならば尼子は終わりです」

「ほぉ、毛利が勝つのか?」

「勝つとは言えませんが、鉄砲と焙烙玉ほうろくだまで必死に抵抗するでしょう。尼子がどんな大軍でも簡単に勝てません」

「安芸一国を落とせない晴久はるひさは信頼を失って凋落するか」

「それが嫌ならば幕府に屈するしかありません。幕府が大金を掛けて軍を派遣する必要などありません」


仮に、晴久はるひさ三好-長慶みよし-ながよしとの決戦を望んだとしても、備前ならば兵をすぐにかき集められる。

長慶ながよしは直接対決を避けて播磨まで撤退するだろう。

そこで幕府軍の援軍と合流して短期決戦だ。

銭が掛からなくて助かる。


晴久はるひさはそれを選んでくれるか?」

「毛利との戦に勝てば、挑んでくれるでしょう」

「毛利に負ければ?」

「もう降伏するしか生き残る手はありません」

「ほほほ、それでは義輝よしてるが戦わずに勝ってしまうな」

「それが嫌なのでしょう」


最終的に公方様は周防国府まで足を延ばし、諸大名を参陣させる。

土佐の一条家やその配下の島津もやってくるだろうし、間違いなく北九州の諸大名は一堂に会する。

これで『天下統一』を為す事になる。

めでたし、めでたしだ。


「そんなに巧く進むのか?」

「進むでしょう。天下統一はほぼ決まりです。ですが、その後の方が難しいと思います。尊氏公も身内の反抗から南北朝を許す事になりました」

「確かに、その通りだ」


公方様の手腕に期待だ。

俺の為にも早く戦のない世の中にして欲しい。

そう思いながら次の手紙を開いた。

伊豆水軍の頭領である梶原-景宗かじわら-かげむねが尾張に到着したとあった。

帆船(織田丸)の四番艦が完成した。

これをこの『御成り』では北条家の旗艦として貸し出し、北条水軍10艘300人が参加する事になっている。

信勝兄ぃも騎馬隊300騎で参戦すると意気込んでいるらしい。

西遠江から参戦はなく、信広兄ぃが残念がった。


一方、武田家から嫡男の義信よしのぶが500人のみを連れて参加する。

景虎かげとらが奥州勢一万人を連れて参戦するとか言った。

却下だ。却下だ。

そんな大軍を引き連れて来て兵糧はどうする?

銭はどうする?


『天下統一を決める一戦ならば、我らも参加を』


やる気は判るが、そんな余力が奥州にあるのか?

兵だけ出して兵糧はこちら持ちとか、都合のいい事を考えているのだろう。

却下だ。却下だ。


公方様を説き、奉行衆からも説得させ、そんな銭が余っているならば、帝が譲位して上皇になる費用を捻出しろという使者も出した。

奥州勢には兵の代わりに兵糧や献上品を贈らせる事で妥協して貰った。

あぁ、面倒だ。

戦好きが多すぎる。

暑い最中にうろうろとして熱中症で倒れるかと思ったぞ。


「麿もこき使われた」

「俺の為に使ったのでありませんから」

「判っておるわ」


宮中は暑い最中も頑張った為か、涼しくなってもまだダレていた。

ごろりと寝転がっている晴嗣はるつぐのように…………。


「若様、大変でございます」

「千代、どうかしたか?」

「帝がお倒れになったと大騒ぎになっております」

「昨日はお元気であったぞ」


晴嗣はるつぐががばっと起き上がった。

俺も着替えて朝廷に出頭した。

帝、まだ早い。

まだ扇を送るつもりはないぞ。


享年、62歳。

追号、後奈良院。

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